2024年11月10日
「私は頭が良い」と思い込んでいる人は判断を間違う可能性がある
(おっと、その判断大丈夫ですか?)
私がやっているSNSの一つであるFacebookでつながっている人の学歴はほとんど大卒です。
中には、東大卒でハーバード大学留学といったような一見華々しい学歴の人もいますし、勤務先が有名企業とか官公庁とかの人も多く、またその人が仕事をしている分野では有名な人もいます。
Facebookは実名登録が基本であることから、安心できる人間関係にしたいということでこういうつながりにしているわけですけど、メンバーの日々の投稿を読みながら感じる特徴があります。
それはね、私が主観的に感じていることではありますが、ほとんどの人が頭が良く、文才があり、誰かに自分の投稿に関心を持ってもらうためのスキルを身につけているということです。
ここで言っている“頭が良い”というのは、何もアインシュタインやエジソンのような天才的なものではなく、自分以外の他人が言っていることを理解する力を持っているということです。
なんだそんなレベルのことかと思う人もいるかもしれませんが、それは、おそらく、あなたが企業の中で正社員として働き、日々他人とのコミュニケーションをとりながら頭脳を鍛えているからでしょう。
それに、組織の歯車的存在ではあっても組織に属することによって得られる情報、ノウハウやスキルというのは世の中を正しく見る頭の良さを作る上で大いに役立ちます。
私はこれまでいろんな業界、いろんな企業(組織)で働いてきましたが、この経験は今日の自分の人間形成に役立っていると思っています。
一方で、この10年ほど非正規雇用の立場(パートタイムやアルバイト)で仕事をしてきましたが、その間いろんな同僚と付き合ってきて感じていることがあります。
特に、仕事柄付き合ったのが家庭の主婦(40〜60代)が多かったのですが、正社員時代とは違うものを感じました。
例えば、正社員時代は、同僚たちとの会話で、政治経済の話題、ビジネスの話題、実務に関する話題等が多かったのですが、非正規雇用の立場になってからは、TVのワイドショー的な話題(芸能ネタ、世間の事件ネタ等)、ショッピングの話題、地元絡みの話題、家庭の話題等が多くなりました。
もっとも、不平不満や悪口の類は両方に共通していますけど(笑)。
私が同僚の主婦の言動で驚いたことの一つにこういうのがあります。
例えば、書類に記述する文書がほとんどひら仮名文字しか書けないとか、誰でもが容易に書けそうな一般的な物品名が正しく書けないとか、簡単な計算をよく間違うとか。
それでも、仕事自体は単純作業で組み立てられているからそれなりにこなせると。
正社員の世界だと、もし大卒で入社しても、仕事人として鍛えられた諸先輩たちが何かにつけ指導教育をするのでさらに成長していけますが、非正規雇用の世界では、体系的な教育制度などないのでなかなか成長できません。
例えは悪いかもしれませんが、家庭が貧しくまともな教育を受けられなかった子供が、中卒の学歴である企業に就職し非正規雇用のまま働き年だけ取っていったらどうなるでしょうか。
そういう人に高度な判断を求めることができるでしょうか。
タイトルで、“「私は頭が良い」と思い込んでいる人は判断を間違う可能性がある”と書いたのは、世の中にいるいろんな人たちの現実を正しく知っていなければ、自分が知っているあるいは持っている限られた情報を基に物事を判断し、それが誤った結果を生み出してしまうということを言いたかったのです。
(自分としては極力平易な表現にしたので)この程度のことは誰でも理解できるだろうと思って作成した文書を発信しても、実際はその内容は多くの人に伝わっていなかったというのはありがちです。
事実、スマホを多くの人が所有する時代環境において、私の会社では従業員への連絡事項をメールで送ってくるのですが、私の周囲の同立場の同僚(中高年の家庭の主婦)たちは、自分の給与明細以外の項目には目を通していない現実があります。
これでは、会社方針など会社が全従業員に周知徹底したい事柄が浸透するわけがありません。
末端の現場の現実を知らない本部の頭の良い人たちはきっとこう思っているのでしょう。
「今やDXの時代。従業員は全員がスマホを所持している。ならば、伝達事項はメールで配信すれば効率的・効果的だ」と。
でも、この人たちはこんな現実までは知りません。
スマホを使いこなしている人(特に若い人)ならいざ知らず、仕事で必要だからととりあえず購入したものの、使い方は子供などに教えてもらい、で、使うのは仕事で毎日使うタイムカードのアプリだけ、見るのは給与明細のメールだけ。
そんな状況なのに、スマホというプラットフォームがあるからとそれで何でもかんでもやってしまおうというのはかなり無理があるというものです。
繰り返しになりますが、頭の良い人なら、世の中にいるいろんな人たちの現実を正しく知る努力をし、その上で正しく判断をするほうが賢明だと思う次第です。
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特に、仕事柄付き合ったのが家庭の主婦(40〜60代)が多かったのですが、正社員時代とは違うものを感じました。
例えば、正社員時代は、同僚たちとの会話で、政治経済の話題、ビジネスの話題、実務に関する話題等が多かったのですが、非正規雇用の立場になってからは、TVのワイドショー的な話題(芸能ネタ、世間の事件ネタ等)、ショッピングの話題、地元絡みの話題、家庭の話題等が多くなりました。
もっとも、不平不満や悪口の類は両方に共通していますけど(笑)。
私が同僚の主婦の言動で驚いたことの一つにこういうのがあります。
例えば、書類に記述する文書がほとんどひら仮名文字しか書けないとか、誰でもが容易に書けそうな一般的な物品名が正しく書けないとか、簡単な計算をよく間違うとか。
それでも、仕事自体は単純作業で組み立てられているからそれなりにこなせると。
正社員の世界だと、もし大卒で入社しても、仕事人として鍛えられた諸先輩たちが何かにつけ指導教育をするのでさらに成長していけますが、非正規雇用の世界では、体系的な教育制度などないのでなかなか成長できません。
例えは悪いかもしれませんが、家庭が貧しくまともな教育を受けられなかった子供が、中卒の学歴である企業に就職し非正規雇用のまま働き年だけ取っていったらどうなるでしょうか。
そういう人に高度な判断を求めることができるでしょうか。
タイトルで、“「私は頭が良い」と思い込んでいる人は判断を間違う可能性がある”と書いたのは、世の中にいるいろんな人たちの現実を正しく知っていなければ、自分が知っているあるいは持っている限られた情報を基に物事を判断し、それが誤った結果を生み出してしまうということを言いたかったのです。
(自分としては極力平易な表現にしたので)この程度のことは誰でも理解できるだろうと思って作成した文書を発信しても、実際はその内容は多くの人に伝わっていなかったというのはありがちです。
事実、スマホを多くの人が所有する時代環境において、私の会社では従業員への連絡事項をメールで送ってくるのですが、私の周囲の同立場の同僚(中高年の家庭の主婦)たちは、自分の給与明細以外の項目には目を通していない現実があります。
これでは、会社方針など会社が全従業員に周知徹底したい事柄が浸透するわけがありません。
末端の現場の現実を知らない本部の頭の良い人たちはきっとこう思っているのでしょう。
「今やDXの時代。従業員は全員がスマホを所持している。ならば、伝達事項はメールで配信すれば効率的・効果的だ」と。
でも、この人たちはこんな現実までは知りません。
スマホを使いこなしている人(特に若い人)ならいざ知らず、仕事で必要だからととりあえず購入したものの、使い方は子供などに教えてもらい、で、使うのは仕事で毎日使うタイムカードのアプリだけ、見るのは給与明細のメールだけ。
そんな状況なのに、スマホというプラットフォームがあるからとそれで何でもかんでもやってしまおうというのはかなり無理があるというものです。
繰り返しになりますが、頭の良い人なら、世の中にいるいろんな人たちの現実を正しく知る努力をし、その上で正しく判断をするほうが賢明だと思う次第です。
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yoron at 09:41│Comments(0)│仕事人の叫び