人間バンザイ!

2018年09月19日

ゆるい生き方をしている私の日常生活はこんな感じだ

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(ただ今、ゆるい生き方を実践中!)
ハードワークをしたと思ったら急に(仕事をあまりしない)ゆるい生き方をする、これを人生において繰り返しているのが私です。
今年の4月までは、飲食店の仕事を日中、夜の二つ掛け持ちでやっていましたが、やや疲れを感じたことと、日中の仕事があまり勉強にならなかったので4月で辞め、以来今日まで夜の仕事一本できています。
仕事といってもパート勤務なので正社員ほどは責任は重くなく、かつ1日の労働時間は5時間と短めです。
また、時給は1,000円程度なので週一の休みで月25日前後働いても収入は10万円を少し超えるぐらいで大したことはありません。
残業が多い時期は少し収入が増えますが、それでも多くて12万円程、休みが多かった時は10万円を切ることがあります。

家賃、水道光熱費、通信費など比較的固定している出費が毎月8万円前後なので、それ以外の出費を2、3万円ぐらいで抑えないと毎月赤字家計ということになります。
実際のところは毎月赤字で、その補てんは過去の貯蓄の切り崩しです。
現状のままでいくと生活費面で行き詰るのはわかっているので、そのうち他の仕事を見つけて再びハードワークをすることになるでしょう。
ただ、それまでは現状のままゆるい生活が続きます。
では、どれだけゆるいのか、典型的な一日の過ごし方の例を以下に紹介します。
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2018年09月08日

自分がやっている(関わっている)ことを語れる人のほうが魅力を感じる

『斉藤酒場』(十条)店内
(ぶっちゃけ、私にとって魅力的な人というのは・・・)
私はいくつかのSNSをやっていますが、それらのSNSでつながっている人の数を合計するとかなりの数になります。
SNSではつながっている人たちの投稿を閲覧することができますが、私が比較的よく注目するのは、自分がやっている(関わっている)ことを語っている投稿です。
例えば、自分がやっている仕事のこと、あるいは個人的に関わっている活動のことなど。
逆にほとんど関心を払っていないのは、その人とは無関係な事柄に関する投稿、あるいはその人には何の不利益もないことがわかっていて言いたい放題で言っている投稿などです。
例えば、国際関係や政治経済等マクロ的な事柄に関する評論、自分がまったく見識のない分野についてのただの雑感など。

SNSの機能で何となく煩わしさを感じるのは、外部のサイトをリンクしての投稿です。
その人自身が一生懸命考え、自分の言葉で語っているわけではなく、他人が言っていることや他人が発信している情報をたんに右から左へ流しているだけというやつ。
本人はより多くの人に知ってもらいたいとか、手軽にアピールしたいと思ってやっていることなのかもしれませんが、私からすると、その人がたんに薄っぺらに見えてしまうだけ、その人が行動して貢献しているわけでもないのに何か自分のストレス発散のためにやっているだけに感じてしまうのです。
暇潰しでやっているのならどうぞご自由にという感じではありますけどね。
ただ、残念ながらそういう行為が多い人には魅力を感じないのです。

私がこのブログのテーマを仕事関連にしているのは、自分自身も大いに関わっていることなので自分の言葉で語れるからです。
個々の記事に対する読者(他人)の受け止め方はいろいろあるでしょうが、私は自分の体験談をもとに記事が書けるので自信を持って書いています。
ブログを書いている時の自分は心が喜んでいて、この時間はとても楽しい時間です。
おそらく、今の私の表情は真剣な中にも生き生きしたものがあるのではないかと思います。
本業に取り組んでいる際の表情もこうだったらいいなぁと思います。
人の考え方、生き方はそれぞれだということは十分理解していますが、できることなら、あなたも自分がやっている(関わっている)ことを語ってみませんか?

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2018年09月03日

淡々と生き、淡々と仕事をし、淡々と人生を終える、それで十分ではないかと思う

PCで亡き父を見ながら食事
(日々、あなたはどんなことを考えながら、生きていますか?、仕事していますか?)
最近、“淡々”という言葉が気に入っています。
淡々という言葉には、味や色があっさりしているとか、行動にあまりこだわりがないといったような意味がありますが、50代になってからというもの、これからの人生はそんな感じでいいのかなと思っています。
このブログは約14年間続けていますが、14年というと私が現在54歳ですからちょうど40歳の頃から始まっています。
当初の頃から継続して、あるいは定点的に読まれている読者の中には、私の人生観や仕事観がだんだん変わっってきていることにお気付きの方もいるでしょう。
実際その通りで、人間、環境や条件が変わったり、経験を積めば積むほど人生観や仕事観が変わっていくものなのかもしれません。

社会人スタートを起点に、20代、30代、40代の頃は、とにかく「何者かになりたい!」という思いが強くて、必死に勉強し、仕事をしたという自負があると同時に、他人と自分を比べ競争心を抱いていました。
年収が増えた、地位が高くなったという現象には素直に喜び、逆に年収が減り、地位が落ちると落胆しモチベーションが下がったものです。
おそらく、こういうのは私だけでなく多くの仕事人に共通しているような気がします。
では、何者かになるというのはどういうことでしょうか。
その道の大家として名声を馳せたり、権力者になることでしょうか。
よく考えてみればわかることですが、政治家のトップである総理大臣になれたとして、大企業のトップになれたとして、それが一体何だというのでしょうか。
現役の時は周囲が尊敬し、指示命令に従ってくれ、話題にしてくれるかもしれません。
しかし、一旦現役を退けば、その名はどんどん人々の記憶から薄れ、後世の知らない人にとっては「誰、それ?」となってしまうのです。
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2018年09月01日

何となく憧れる生き方ってありますよね。あなたが憧れる生き方は?

年収100万円
(あなたが憧れる生き方は?)
私は貧乏家庭で育ちましたが、若い頃から「将来は大金持ちになって贅沢な生活をしたい」という気持ちはまったくありませんでした。
仕事で会社の社長になって大きな仕事をしてみたいというような願望はありましたが、それは社長になって豪邸に住み、高級車に乗り、高級料理を食べるなどして贅沢三昧を尽くしたいというのが動機にあったわけではなく、あくまでも仕事をエキサイティングにやってみたいという動機でした。
社長になれたとしても、若い頃からこんな企業トップの生活スタイルっていいよなぁと思っていたのは、例えば、当時国の行政改革で腕をふるっていた土光敏夫さんが、私生活では“メザシの土光さん”と呼ばれるほど質素な生活を送っていたというあの生き方でした。

私が理想とする生き方とは対称的に、世間には贅沢三昧とまではいかないまでもお金にものをいわせて遊びに耽り、欲しい物を手に入れて喜んでいる人たちもいます。
こういう人たちを非難はできません。
なぜならば、私もかつてはそういう類の人間だったからです。
少しばかりいい給料をもらった、賞与がそれなりにもらえたと内心ほくそ笑んでは、夜な夜な飲み歩いたり、誰かにおごってあげたり、買いたい物をどんどん買ったりなどしていた頃があったのです。
しかし、今過去の人生を振り返ってみると、そういう頃の人生が後世に残したものって何もないなぁとどこかで虚しさを感じます。
最近の私は、終活を意識して部屋の中にあるいろんな物(過去に買った物)をどんどん捨てていっているので、なおさらそういう感が強いのです。
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2018年08月17日

他人の考えで生きる必要がどこにある。自分の幸せは自分で感じるものだ。

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(自分の幸せは、自分自身で感じで自分自身でつかもう)
かつて、知人にこんなことを言われたことがあります。
「お前は本当にバカだなぁ。大学卒業してせっかく東証一部の安定感のある会社に就職したのに、そこを辞め、しかもその後の人生では転職を繰り返し、結局転落(年収落ち、待遇落ち等)していっているじゃないか。辞めなきゃよかったんだよ」と。
この言葉を聞いた時、「あー、私はこの人とは絶対合わないな」と内心思いました。
その人の中では、“世間的にいい会社の社員→待遇がいい、将来の心配がない→幸せになれる”という図式があったのかもしれません。
そして、その図式からハズれた私は幸せになる道を自ら放棄してしまったバカなやつと映ったのでしょう。

しかし、言うまでもなく人間には一人ひとり意思というものがあります。
幸福感は10人の人間がいれば10人とも違います。
もちろん人生観、仕事観だって人それぞれです。
ある人が思い描く幸せへの道は別の人にとっては不幸せへの道かもしれません。
安定している大企業で働いている友人がストレスを抱え窮屈そうに仕事をしているように見えたら、ベンチャー企業で生き生きのびのび仕事をしている人は気の毒に感じるかもしれませんが、不安定なベンチャー企業で働いている友人が収入が少ない上に休みなく大変そうに仕事をしているように見えたら、大企業で福利厚生に恵まれ収入も安定している人は気の毒に感じるかもしれません。
ただ、それは他人が見たらそう見えるというだけであって本人はそう感じていないかもしれないのです。
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2018年07月30日

“人生の旅”は、自分が落ち着くところに落ち着けばいいと思う。

農道一本道
(あなたは今落ち着けていますか?)
私はね、“人生というのは旅のようなもの”だと思っているんです。
あちこちに立ち寄りながら、いろんなところを見ながら、いろんなことを経験しながら、感動したり、ちょっとガッカリしたり、面白い発見をしたり、、、。
旅が好きでよく旅をする人でも、いろんなところへ旅するものの最終的には我が家へ戻ってきます。
そして、おそらく旅先よりも我が家のほうが落ち着くことでしょう。
人生が旅と似ていると言ったのは、人生というのは生きている間にいろんなことを経験し積み重ねで年をとっていきますが、結局多くの人が落ち着くところに落ち着いていくというあたりが。

私の仕事人人生を例にとると、私の仕事観は若い時から今日までを振り返ってみるにかなり変わってきています。
若い頃は、キャリアアップを意識し、高い年収・地位等の待遇を得たい、かっこいい仕事内容がいい、他人の前で見栄を張れる仕事がしたい、他人から羨ましがられるノウハウ・スキルを身につけたい、などと思っていました。
だから、40代前半頃までは、就職・転職するなら世間的に名の知れた会社、年収・地位はより高くと考えていました。
たぶん、この考えでいた時にはほぼその通りの仕事人人生を歩んでいたと思います。
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2018年06月25日

ふと思う、今が人生最良の時期なのではないかと

高尾山の山頂からの風景
以前から、今の生活は金銭的貧乏状態で仕事での収入は少ない、といったようなことを言ってきましたが、最近、ふと思うことがあります。
それは、もしかしたら「今が人生最良の時期なのではないか」ということです。
金銭的貧乏なので日常は節約を心掛け、お金のかかる他人との付き合いは避けているのですが、かといって生活できないほど困窮しているわけではなく(いくばくかの貯金はある)、また、実際に会って言葉を交わす付き合いはないもののネット上ではたくさんの人と付き合い続けています。
それに、満員電車での通勤の上に朝から晩まで働く仕事人人生ではなく、職場は自宅から徒歩20分圏内でしかもパート勤務なので私的な自由時間はたっぷり確保できている人生です。
かつ、仕事は以前からやってみたかった調理の仕事に就いています。

年齢は先日誕生日を迎え54歳になりました。
健康面でいえば血圧が高めなので薬を飲んでいますが、それ以外は今のところ異常なしです。
太っているのでダイエットが課題ですけど、それはまぁ贅沢な悩みでしょう。
独身なので自由気ままに暮らしていてそのスタイルを大いに楽しんでいます。
正社員として会社勤めしていた頃はなかなか晴れない悩みを抱えながら日々を送っていたこともありましたが、現在はそういったこともありません。
現在住んでいる部屋や周辺の環境には満足しています。
誰かと気軽におしゃべりをしたいと思った時は、近所の行きつけの飲み屋に行っています。
このような今の自分の生き方、状態を考えてみると、今こそが人生最良の時期のように思えてくるのです。
あなたにとって、今はどんな時期ですか?

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2018年04月04日

相手の意外な面を知って親近感を抱くことってあるよね、特にお互いに共通のものがあると

新宿ゴールデン街1
(かつてよく飲みに行った新宿ゴールデン街)
多くの仕事人には、仕事上の顔以外にプライベートな顔もあるものです。
ただ仕事だけの付き合いだとなかなかプライベートの部分が見えないので、仕事のやり方や考え方などで自分と相性が悪いと相手を嫌ってしまうことがあります。
一方で、仕事上の付き合いからこれまではその人とはまったく合わないと思っていたのに、ある時にその人のプライベートの意外な面を知ったり、過去の人生遍歴を知ったりして急に親近感を抱くようになったということもよくあります。
特に自分と共通のもの(人生経験、趣味など)がある場合はなおさらです。

かつて勤めた大手メーカー時代に、ある中小の広告代理店で課長職を務めていたという私より一回り年長の人が転職してきて私と同じ部署に配属になったことがあります。
当時私は社歴も浅く無役でしたが、彼は経験を買われ役付きで入社してきました。
彼は私の仕事のやり方を見ては、「お前は仕事のし方が全然わかっていないな」とか、「お前の考え方は世間じゃまったく通用しないぞ」などとちくちく言い、同じ仕事を一緒にした際に私がミスをして迷惑をかけると、「この野郎、もっと真剣に仕事をしろ!」と怒ったりしました。
こういう面だけを見ていた頃は、この人はなんて嫌味な人なんだうと毛嫌いしていました。
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2018年03月10日

宇宙から見ればただただちっぽけな存在なのに、人間には一人ひとり大きな人生ドラマがある

8月11日抜けるような青空1
(宇宙から見れば私の存在なんて・・・)
最近、ふと思うことがあります。
「宇宙から見ればただただちっぽけな存在なのに、人間には一人ひとり大きな人生ドラマがあるんだよなぁ」と。
一人の人間が、一人の仕事人が、日々ジタバタしながら、ちょっとしたことに一喜一憂しながら、時には深く悩んだり、落ち込んだり、もがいたり、ラッキーな出来事に大喜びしたり、大騒ぎしたり、誰かにその気持ちを伝えたくて自ら言いふらして回ったり、、、。

昨今は、ネットの普及で情報を気軽に発信できるようになったので、自分の日常の些細な出来事や思いなどを自ら発信する人が増えてきました。
でも、それはきっとその人の日常の、思っていることの極々一部でしょう。
だって、刻々変わる自分の言動や自分の思いを一分、一秒ごとに記録し発信している人なんていないでしょうから。
自分自身のことについて情報発信している人はまだしも、私生活についてはほとんど知られないように振る舞っている人の日常なんて知る由もありません。
ただ、そういう人にも日々のドラマがあるんですよね。
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yoron at 09:29|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2018年01月13日

「男子厨房に入る」のススメ。自分で作る一品料理は格別な味わいだし、人生楽しくなる。

肴
(他人のためではなく、まずは自分のために作ってみよう!)
古い時代には、男子厨房に入らずという考え方もあったようですね。
つまり、「男は、炊事に手を出したり口を挟むべきではない。あれは、女の仕事だ」みたいな。
私が生まれ育った家庭でも、父は外で仕事をし、炊事などの家事全般は母や女性姉妹の役割でした。
ただもう今はそんな時代じゃないですよね。
私の周囲には自分で料理するのが大好きという男性がたくさんいますし、腕前がプロレベルの人もいます。
私は40代半ばぐらいまでは外食中心の生活を過ごしてきましたが、50歳が近づいてくるにつれ、思うところがあって自炊に興味を持ち、調理専門学校に入学して食について基本から学び、そして仕事を飲食関係にするまでになりました。

自炊って慣れないうちは面倒くさいんですよね。
特に、長い間食事を他の誰かに提供してもらっていたり、外食で食べたいものだけを食べるという生活を続けてきていると、頭、体、時間を使ってわざわざ自分で作ろうという気にはなかなかなれないものです。
しかし、最初の慣れないうちはたしかにそうなのですが、慣れてくるといろんな工程が案外楽しくなってくるんです。
食べ終わった後の食器類の洗浄や片付けなども気を使ったり、工夫をするようになったりするようになります。
自分でやってみてそのことがよくわかりました。
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yoron at 08:42|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック