世の中を斬る!

2019年10月11日

不安心理を煽れば商売繁盛?

台風の爪跡3
(あなたが現在関わっている仕事は人の不安心理を煽るものですか?)
私は現在東京に住んでいますが、明日(土曜日)直撃すると予想されている台風19号の情報影響がすでにあちこちで発生しています。
昨日、夜の仕事を終えてから職場近くの24時間営業のスーパーに立ち寄ったら、一部の商品(パン等)が商品棚からほとんどなくなっていました。
想像ですが、おそらく、台風対策として多くの人が買い溜めに走ったからではないかと思います。
最近の例では、千葉県が台風被害でインフラに深刻な被害が発生して多くの人が日常生活に支障をきたしたというのがあるので、そういった巷の情報がインプットされている影響もあるのでしょう。
東京に長年住んでいますが、都会の住人は本当に災害に弱いというのを実感します。

私が生まれ育ったのは南の島で、そこは毎年大型の台風が何度も襲う地でした。
だから、島で暮らしていた頃は、停電、断水は台風の度にありましたし、お店の棚から商品がなくなることもよくありました。
でも、一時的に不便を強いられても、待っているうちにはいろんなものが元通りになったので、台風が来ればそういうことが起きるのは当然で、そして待てば状況は改善していくと考えています。
そんな生き方をしてきたので、今回の台風についても事前情報がどうあれそれほど心配はしていません。
多少の食料は冷蔵庫等に入っていて、それだけで3、4日は持つと思っているし、最悪の場合は、消費量を減らせば1週間は持つだろうと思っています。
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2019年08月16日

誇張された、偏った情報に気をつけよう。鵜呑みにせず自分自身で調べ確かめることが大事だ。

靖国神社
(本当に自分のためになる情報を見極める力、仕事人ならぜひ身につけたいものだ)
私たちの身の回りにはいろんな情報が氾濫しています。
それが現代社会です。
そして、その情報には多くの、誇張された、偏った、真偽が怪しい(あるいはまったくのデタラメ)、誰かの思惑で流された、自分には役に立たない、ものも含まれています。
この世を賢く生き抜くためにはそういった情報に振り回されないことが大事です。
私はいくつかのSNSのメンバーになっていますが、つながっているメンバーの中には、自分がその道の専門家でもないのに、また自分で調べ確かめたわけでもないのに、自分が興味を持ったからという理由だけでネット上の情報をひたすら拡散している人がいます。
まぁ、どんな情報が拡散されようと受け手側にそれをしっかり見抜くだけの力があればいいのですが、見抜く力がなく鵜呑みにしやすいタイプの人は哀れです。

昨日は8月15「終戦記念日」でしたが、この日には大手メディアでよく靖国神社の報道がなされます。
そして、決まったように出てくるのは政府の閣僚の誰それが参拝したとか、中国や韓国の反発があったとか、といった話題です。
またTVで右翼団体や左翼団体の行動シーンが放映されているのもしばしば目にしました。
自分自身が靖国神社に行ったことがなかった頃は、そういう断片的な情報でこの場所をイメージしていたこともあり、靖国神社というところは怖いところで敷地に近づくと危害が及ぶ危険性があるかもしれないと思い込んでいました。
一方で、そんな場所なら一度は行ってみたいという好奇心もありました。
そして、好奇心のほうがまさり、過去2回、8月15に靖国神社で参拝しました。
いずれも真夏の暑い日でしたが、多くの参拝客で賑わい、参拝客は行列をつくって静かに自分の順番待ちをしているといった平穏な状況でした。
たしかに、周辺には街宣車などもいましたが、しっかり警備されていました。
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2019年02月14日

過度のネット依存は行動力を落とすので要注意

早朝の風景(秋葉原)
(ネット依存には危険があるから気をつけるべし)
私は現在パートタイムで夜の仕事に就いておりますが、日中は仕事をしていないので正直なところ暇です。
そして、私は基本的に自宅に引きこもって何かやっているのが好きなタイプなので、自炊派ということもあってへたすりゃ仕事のない休日なんかは終日自宅で過ごしていることもあります。
もっとも、休日は自宅近くの銭湯に行くのを楽しみにしているので少しは外出をしますけどね。
そんな私は大のネット好きです。
時間があれば机に置かれたネット接続のノートPCの前に座ってネットばかりしています。
情報取集、情報発信、動画鑑賞等で活用しています。

私のこれまでの仕事はほとんど内勤だったので仕事柄PCを使うことが多かったのですが、特に環境がネット接続になってメール等が仕事ツールになってからは動き回ることが少なくなりました。
これは現在のライフスタイルにも通じる点があるのですが、便利だからといって過度にネットに依存するようになると明らかに行動力は落ちますね。
ネットのない時代なら相手先に出向いて直接会って話しをするとか、相手の表情を見ながら話し方を変えるとか、電話口で相手の声を聞きながら間合いの取り方を工夫するとか、そんなことを当たり前のようにやっていたのに、ネットを活用するようになってからはそれらの必要性を感じなくなりやらなくなりました。
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2019年01月20日

コメントのし方で、事情に詳しい人かそうでないかはすぐるわかる

IMG_0198
(あなたはネットで誰かの投稿によくコメントを付けますか?)
ネット社会の特徴の一つに、誰でも自由に何かについてものを言えることがあります。
ネット上には、評論家になったつもりで社会的な出来事のニュースに対してコメントを付けている人がたくさんいます。
中には自分の論評こそが正しいのだという姿勢の人もいたりします。
まぁ、日本では表現の自由が許されているのでそれはそれでいいとは思いますが、ただ、私からすれば、コメントのし方で、事情に詳しい人かそうでないかはすぐるわかりますね。
もっとも、わかるのは私自身がある程度事情を知っている分野に限定しますけど。

私は、基本的に、ネット上にあふれているコメントの閲覧にあたっては、事情に詳しい人が的を射たコメントを付けている場合は興味深く読みますけれど、何も知らないのに個人的な感情とか思い付きで付けたようなコメントはほとんどスルーしています。
私のこのブログの記事に対するコメントでも、経験を積んでいるプロの仕事人が付けたコメントとプロ意識のあまりなさそうな仕事人の付けたコメントでは、例え短いコメントでも付け方で違いがわかります。
逆に言えば、誰かの発言や主張にコメントを付ける場合は、それなりに考えて練って付けないと他の人に自分の力量を見抜かれてしまう可能性があるということです。

“たかがコメント、されどコメント”。
コメントは気軽に付けられる一方で、コメントの付け方で相手や他人があなたに対し持つ印象が決まります。
いつもは辛口のコメントが多いのに、たまにうまいジョークコメントが付くと、「へぇ、この人はこんな才もあるんだぁ」と見直したり、あるいはいつもジョークばかり言っている人が時に役に立つ的確なコメントを付けると、「おお、この人は実はすごい人なんだ!」と信頼感が増したりとか。
今朝は、仕事の話題ではありませんでしたが、自分が日々経験しているネット上のコメントについて思うところがあったのでちょっと書いてみました。

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2018年10月21日

相手の立場に立ってものを考えるって、言うは易し行うは難し

レゴ1
(あなたは本当に相手の立場をわかっていますか?)
相手の立場に立ってものを考えることは大事、なんてことをよく言いますね。
それはその通りなのでしょうが、でもね、実際にやるとなるとかなり難しいものなんです。
頭の中でシミュレーションすることぐらいはできるでしょうが、本当に相手の立場に立ってみると初めて実感できることはいくらでもあります。
昨今、飲食店の予約ドタキャンが問題としてクローズアップするようになってきています。
私は現在飲食店で働いているので、こういう傾向はいいことだと思っています。
なぜなら、かつてもそういう問題はいくらでもあってお店側はかなり損失を被っていたはずで、それがやっと世間でも問題だと認知されるようになってきたからです。

以前、こんなことを経験したことがあります。
飲食業界で働く前の頃、かつての勤務先の元同僚から、「大勢の人数の宴会をしたいのだが、金曜日のため会場が確保できなくて困っている。ついては、飲み歩いていていろんな飲食店を知っているあなたに協力をお願いできないだろうか。適当なお店があったら会場として確保してほしい」と依頼を受けました。
困っている状況がわかったので、何とか力を貸してやろうと思い、いくつかのお店にあたりやっと一軒のお店を確保できました。
こちらもホッとして相手に連絡すると、相手も喜んでくれて感謝されました。
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2014年09月29日

老人漂流社会、他人事ではない

昨日、NHKの『老人漂流社会』という番組を見ながら、これからの時代、老後は生きるのが大変そうだなとしみじみ思いました。
大手企業に20年勤めたという80代の一人暮らしの男性は、国民年金や厚生年金をもらいながら、それでも生活は苦しく、貯蓄も底をつきかけてきたため日々の食事も満足に摂れていませんでした。
80代の一人暮らしの女性は、病気で足が不自由になったため外に出ることもできず、介護サービスを頼むもその費用がばかにならず、その上年金の給付金が切り下げられ苦しい生活を送っていました。
老人になると収入と病気の不安が襲ってきます。
親子が同居するのが当たり前だった時代であれば子供が親の老後を支えたのでしょうが、今は親子が別々に暮らすケースが多いので老後を一人で過ごさなければならない人が増えています。
夫婦も歳をとればどちらかが先に死ぬので、やはりどちらかは一人暮らしを強いられることになります。

今の日本は4人に1人が65歳以上という超高齢社会。
人口に占める高齢者の割合は、今後どんどん高まることはあれ低くなることはありません。

ということは、当然のことながら、国の政策としては老人の生活をサポートする体制の強化が求められますが、国の予算にも限界があるので、多くの老人が自立型、つまり自分のことは自分でやるという生き方をしなければならなくなります。
TV番組で紹介されたケースは他人事ではなく、まさに自分自身のことかもしれないのです。
20代、30代の人には老後なんて遠い未来のことのように思えるかもしれませんが、40代に差し掛かるとそろそろ意識し始めるかもしれません。
50代、60代になればさらに強く意識するでしょう。

私は現在50歳ですが、50歳になる直前に別の生き方をしようとそれまでの路線から方向を大きく変えました。
大学卒業後、20数年間にわたって会社勤めをしてきましたが、老後の人生を思い浮かべた時に、食と健康のことが気になり、また勤め人は定年で仕事が一旦終わってしまうことも気になり、これらの不安を解消できないものかと考えました。
私が今歩んでいる道は、自分の老後を強く意識した結果選んだ道なのです。
いずれ必ず直面する事態なのであれば、早め早めに自分なりにできることをやっておくに越したことはないですからね。
個人的なことですが、数年前からずっと歯医者さんに通っています。
老後の人生を送る上で歯の健康はとても大事になると考え、今のうちからメンテナンスしてもらっているのです。
老後に備え、できることから少しずつ、そして健康で長生き、可能であれば収入の不安もなく、私の理想です。
あなたは自分の老後に備え何かやっていますか?

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2014年01月23日

2055年の日本、全人口の40.5%が65歳以上、この未来に何を思う

50年後の日本、、、私のような中高年世代の人の中には、「どうせその頃は生きていないよ、考えるのがバカバカしい」と思う人もいるかもしれません。
しかし、若い人はその頃老後を迎えているかもしれません。
小さい子供やこれから生まれてくる子供は確実にその時代を生きることになるでしょう。
50年後の日本はどうなっているのだろうか。
一人の女性が15歳〜49歳の間に産む子供の平均数のことを合計特殊出生率といいますが、この率が2.08を下回ると人口が減少するといわれており、今の日本の現状はどうかといえば1.41です。
このまま推移すれば人口はどんどん減り続けていくわけです。
一方で、社会が豊かになり、医療技術の進歩等によって日本人の平均寿命は伸び続け、今や65歳以上の人が全人口に占める割合は25%(4人に1人が65歳以上)にも達しています。
つまり、日本は超少子社会・超高齢社会になっているのです。

超高齢社会への突入スピードは世界で日本が断トツです。
未来にはいろんな不確定要素があるので正確な予測は難しいでしょうが、今から50年後の2055年には全人口の40.5%が65歳以上になるという予測もあります。
こういう社会は成熟社会として喜ぶべきなのか、それとも老化社会として憂うべきなのか。
少なくとも、体力が衰えた高齢者が増えれば健康問題が増えるでしょうし、それに伴い医療費や介護関連費など社会保障費が膨らむのは避けられないでしょう。
そして、経済活動においては生産性が低くなり、若い労働者の多い他国との競争に負け、その結果、経済力が弱まり、国民一人ひとりの富も減って今日のような生活レベルは維持できていないかもしれません。

今を生きる私たちは、人類の長い歴史の中で先人たちから多くのいろんなものを引き継いできました。
先人たちはその人たちが生きた時代においていろんな有益なものを創り出し、それを後世に遺してくれました。
この世から人類が絶滅しないかぎり、私たちもまた子孫、後の世の人たちのために何か有益なものを遺す義務があるでしょう。
それについては、国レベル、集団レベルで考えなければならいものもあるでしょう、個人レベルで考えなければならないものもあると思います。
身近なところでは、子供のいる人であれば、「子供のために何をしてやるか」、「子供が生きる時代のために何を遺しておいてあげるか」ということがあるかもしれません。
今回は大きなテーマを取り上げてみましたが、自分の生き方を見つめ直すために、時々、こんなことを考えてみるのもいいのではないでしょうか。

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2013年11月25日

4人に1人が65歳以上の老人社会の到来が目前、今後の生き方を考えちゃいますね

前回の記事でも書きましたが、日本はこれから4人に1人が65歳以上という社会がやってきます。
人口の多い団塊の世代(1947年〜49年生まれ)がその年齢に達したら全人口の4分の1を占めるので、避けて通れない現実です。
これも前回の記事で書いたことですが、高齢者が増えると、健康リスク、社会負担、財政問題、生産性などの面で心配事が増えます。
NHKが2回にわたって認知症の特集番組を放映していましたが、老人大国にあって認知症の人が大量に出現するのも大きな社会問題です。
若い人には他人事にしか思われないでしょうが、生命体としての人間の一生は同じなので、いずれ自分も経験することだし、こういう現実については年とともに自ずと関心が高まっていきます。

私は現在49歳ですが、40代の半ばあたりから、健康とか、食生活とか、残りの人生の過ごし方とか、心からヤリガイを感じられる働き方とか、そういったことを考えることが増えるようになりました。
食に関心を持って調理専門学校に通い出したのも、やはりこういうことがベースにあります。
現時点では健康不安もそれほどないし元気なのですが、近い将来、4人に1人が65歳以上の老人社会が必ず到来することを思い浮かべると、今後の生き方を考えちゃいますね。
健康で長生きしたいと多くの人は望むでしょうが、そのためには、今の生き方と今後の生き方をどうするかがとても重要になります。


40代、50代といった世代になったら、それまでもし不摂生な生活を送っていたなら改善したほうがいいでしょう。
若い時は多少無茶や無理をしてもリカバーできますが、年をとってくると難しくなりますし、健康を害すると日常生活で支障をきたすこともありますから。
私が飲酒の頻度を減らしたのもそういう理由からです。
現在は、規則正しい生活を心掛け、食生活にも気配りをしています。
生活習慣を変えるのは急にはできないので、常に意識しながら徐々に変えていくやり方がいいと思います。
老人人口の少ない昔の日本なら、周囲の人たちが老人の生活を支えることができたでしょうが、今後の社会はそれがますます難しくなるような気がします。
そうなった場合、もっとも重要なことは、老人が自分の生活を自己管理することです。

それを目標とするなら、今のうちに何をしておくべきか、将来に備えどういう準備を始めるかなど、今後の生き方についてあれこれ考えるはずです。

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2013年09月27日

情報は自分から取りにいき、かつ吟味しないと騙される危険性がある

私たちの周りにはあまりにも多くの情報があふれています。
ネットができる人はどんな情報だって簡単に入手できるような錯覚に陥ることもあります。
今やお手軽な端末でネットができますから、情報を入手するのに何の苦労もありません。
しかし、このことが情報に対する感度を鈍らせている危険性があるのです。
どういうことか。
例えば、こういうことはないでしょうか。
調べたいことがあったので検索エンジンで関連用語を入力したらヒットしたサイトがいくつか出てきた。
そのいくつかに書かれていたことをざっと流し読みして頭の中に情報をインプットし、それで目的を達成したと考えた。
よくよく考えてみて下さい。
それらのサイトに書かれていたことは本当のこと、事実、真実だったのでしょうか?

情報というのは、一次情報、二次情報、三次情報、と、伝わる過程でかたちを変えていくものです。
ある人が自分で見聞きした情報を発信すると、その情報を受け取った人はその人の受け止め方で情報を発信します。
中には、何らかの意図を持って最初の情報に変更を加えて情報を発信する人だっているかもしれません。
ネットなんかでよく見かけますが、自分が直接確かめたわけでもないのに、他人が発信する情報を鵜呑みにしてそれをベースに自分の意見を組み立てている人がいます。
もちろん、自分一人でありとあらゆる情報源を確かめることはできないので他人の情報を参考にせざるをえないのはわかりますが、問題は自分なりに検証することを一切せずに単純に鵜呑みにしてしまうことです。

facebookやtwitterなどで流されている情報で、事実だと思い込んでいたら真っ赤なウソだったというのがよくあります。
感動的な話、かわいそうな話だと思い自分の仲間に広く拡散したら、実はそれは作り話だった、プロパガンダだったといったことを後で知り落胆した経験のある人もいるかと思います。
情報というのは吟味しないとこういう罠にはまる危険性があるのです。
他人が発信する情報に対しては、「この情報はどこまで本当だろうか?」、「この情報を発した背景には何かあるのではないか?」、といったことを考えてみる必要があります。
ネットで多くの情報(つぶやき含む)を発信している人は、そのことによって自分を広報し自分のイメージをつくろうとしています。
それは私も同じで、このブログもそのために活用しています。
情報が氾濫する時代において大事なことは、情報は受け身ではなく自分から取りにいくこと、かつ得た情報はすぐ鵜呑みするのではなくきちんと吟味すること、だと思うわけです。

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2013年08月13日

動く前に、世の中の動き、周囲の動き、相手の動き、環境を見極めよう

平和ボケ”という言葉があります。
ずっと続いた平和な状況に慣れてしまって危機感をなくしてしまうこと、その結果、その状況が今後もずっと続くと錯覚してしまうことです。
平和を希求すること自体は間違っていないし素晴らしいことですが、何もしないほうが平和になれるというものではないし、むしろ多くの人が努力して力を合わせるから平和な状況がつくり出せることも事実です。
家族は仲良く幸せに暮らしたいとお互いに望むものでしょうが、成長していく過程でお互いの間にいろんな葛藤が生じたり、不幸な事件や事故が発生することもあり、それぞれが思い描く理想の家族の関係をつくるのは難しいものです。
社会を形成する最小単位の家族でさえそうなのですから、ましてや、企業などの組織や国家といった大きな単位になると理想的なかたちをつくり維持するのは大変難しいものです。

多くの仕事人は既に気付いているでしょうが、今の時代、一旦身を置いた環境がそのままずっと変わらずに維持されるということはなく、逆にあっという間に変わってしまうこともしばしばあります。
その時に将来有望と見なされていた企業に就職しても、その後環境の変化で急激な業績悪化に見舞われ、他社に買収されてしまったり、最悪倒産してしまうなんてこともありうるのです。
私が過去に勤めた会社の中には、急成長して業界大手の一角をしめるまでいったのに、その後事業がうまくいかなくなり競合他社に吸収されてしまった会社もありました。
勤め人は平和ボケしたら生き残れない時代です。
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yoron at 14:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック