仕事人の叫び

2017年06月11日

物事を早く有利に進めるには、キーマンを探り当てキーマンにアプローチすべし

どんな世界にもキーマンがいるものです。
キーマンの中には地位は高くなくても影響力が大きい人もいるので、そのあたりは見極めが大事です。
かつて、ある外資系企業の人からこんなことを教えてもらったことがあります。
その会社では、営業の効果を高めるため、営業会議ではそれぞれの担当者の情報をもとに客先のキーマンを探り当て、そのキーマンにどうやってアプローチするかということに多くの時間を割いているそうです。
どういうふうにするかといえば、例えば、営業マンのAさん、Bさん、Cさん、Dさんがいたとします。
で、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんが同じ客先の違う部署を担当していたとして、それぞれが日々の営業活動をしていく中で、客先のXさんという取締役が実は社内で大きな権限を持っていて、その人の了解が得られないと多くの事柄が決まらない実態があるという情報をつかんだとします。
そこで、営業会議では各営業マンの情報から客先のX取締役を重要キーマンと位置づけ、今後の展開ではX取締役へのアプローチを強化していく方針を決定するわけです。

この話を聞いて、さすがは外資系、戦略的で論理的な考え方をするもんだなと感心したものです。
どこかの会社などに初めてアプローチする時は、何のつてもない時はとりあえずは窓口を経由する場合も多いでしょう。
受付に飛び込んで自己紹介から始まり関係部署(担当者)に取り次いでもらうとか、あるいは電話やメールして関係部署(担当者)に取り次いでもらうとか。
ただ、窓口では素っ気ない対応をされるのは一般的です。
「うちでは要りません」(ガチャ)と電話を切られてしまうとか、何とか担当者に会うことができても、「必要になったら連絡します」の一言で終わってしまうとか、きっと経験した人もいるのではないでしょうか。
“本当の営業は断られた時から始まる”とも言われるように、本当の営業力を試されるのは最初の瞬間なんですけどね。
やりとりで目の前の担当者が何の力もないと見抜いたら、作戦を変更して今度は何とか上司に会えないかあの手この手を使ってみるとか、そういったあたりが営業担当者の腕の見せ所だったりします。
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2017年06月10日

人脈という大袈裟なものでなくても人の輪は広げておいて損はないと思う

私が現在会員になっているSNSは、Facebook、mixi、趣味人倶楽部の三つ。
他に利用しているネットサービスといえば、LINE、twitter、ブログ。
これらの中で今もっとも活用しているのはFacebookとブログです。
私にとってFacebookのいい点は実名主義というところでしょうか。
Facebookの前はmixiをよく利用していましたが、人の輪が広げられるといっても匿名でのつながりだったのでもの足りないところがあり(趣味人倶楽部も同様)、実名でつながれるFacebookを利用し始めてからはFacebook中心になりました。
今日(2017年6月10日)時点でFacebookでつながっている友は約540名ですが、これまでの私の付き合いを反映しいろんな人たちとつながっています。

Facebookでの私の人の輪をみてみると、ざっと以下のような感じです。
・郷里(鹿児島県最南端の島“与論島”)在住時代に付き合った人(親戚含む)
・郷里の学校(小学校、中学校、高校)時代に付き合った人
・大学時代に付き合った人
・これまで勤めた会社時代に付き合った人
・外部の勉強会を通して付き合った人
・パソコン通信にはじまりその後利用したインターネットサービスを介して付き合った人
・いろんな飲み屋で付き合った人
・社会人になってから通った専門学校時代に付き合った人
・友人や知人に紹介されて付き合った人
年齢、職業、性別、国籍はいろいろです。
年齢・性別でいえば、20代から80代までの老若男女といった感じでしょうか。
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2017年06月09日

身を置く環境、身近な人から学べることは多い。ぜひ、生きるヒントを得よう。

昔の街並み
(生きるヒントは身近に)
私はこれまで何度か転職していますが、40代以降の転職では新しい職場は私が最年長かそれに近い状況でした。
考えてみれば、求人力のある会社というのは成長しているケースが多いのですが、そういうところはどうしても若い社員が多いんですよね。
逆に言えば、成長性のある会社に入ってみたら年輩の人が多かったというのはないということです。
比較的年輩者の多い古い大企業でも割合からいえば圧倒的に若い人のほうが多いでしょう。
以前勤めた飲食店は30代の店主と私を除けばスタッフが全員20代で当然ながら生まれは平成世代、この時は、「ああ、昭和というのはもう昔なんだぁ」としみじみ思ったものです。
ただ、こういう環境に身を置いたことで、若い人たちとの交流を通じて今どきの若者の感覚を多少なりとも学べたことはたしかです。

ところで、私が現在住んでいる地に引っ越してきて約1年近く経ちましたが、周囲の環境にも慣れてきたところで、いろんな気付きがあってここでも学べていることがたくさんあります。
例えば、これまでいろんな地に移り住んできましたが、それらの地と比べて今の地でかなり違うことの一つに、地域住民に高齢者が多いということがあげられます。
日本はどんどん高齢人口が増えているとは言われていますが、この地に住んでいると都市の住民が高齢化した状況というのはこんな感じかなと思い、近未来の日本のモデル都市のように思えてきます。
街中を歩くとたくさんの高齢者とすれ違い、近所の銭湯に行くとたくさんのお年寄りが入浴を楽しんでいて、また、繁華街や公園の清掃仕事や朝夕の子供たちの通学時の横断歩道誘導係の仕事に関わっているのは高齢者ばかり、また近所に飲み屋を見つけて行きつけになってみればお客さんの大半は高齢者、聞くところによればお客さんの大半が年金生活者というお店もあるそうで、、、こんな環境の中で暮らしているとある意味自分の今後の生き方を考えることも多くなります。

行きつけのお店で親しくなった高齢の常連さんたちとはいろんな話題で会話することも増えてきましたが、聞いてみると人それぞれいろんな生活スタイルがあることがわかり興味深いものがありました。
既に仕事人人生は卒業して趣味に興じながら過ごしている人、一日の多くの時間をTVを見ながら過ごしている人、交際範囲が広くいろんなところに出掛けていろんな人と会い忙しく過ごしている人、政治活動に勤しんでいる人、老々介護で手一杯だという人、自営業で働き続けられるうちは働くという人、いろんな遊びをして日々充実しているという人、ほんと、10人いたら10通りの人生の送り方がありますね。
今の地に住んでまだ1年ぐらいなのに、ご近所さんが集まるお店の常連になったせいか、最近は近所や街中を歩いている時、「こんにちは」だの「どうも」などと顔見知りから挨拶されることもちょくちょくあります。
私も地域に溶け込んできた感じでしょうか。
若い頃は近所の人と挨拶を交わし合う習慣はなく、また近所の人と親しくなりたいとも思いませんでしたが、今はこれとは逆の状況に心地良さを感じています。
きっと、身を置いた環境、身近な人から自分なりの生きるヒントを得たんだろうな、と思う今日この頃です。

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2017年06月08日

経験がないうちは経験を積むことを優先すべし、特にキャリアチェンジした時などは

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(まずは経験することからスタート)
長年自分の得意分野のノウハウやスキルを生かして仕事をしてきたのに、生きているうちにやりたいことをやっておこうと決意して行動を起こし、まったく経験のない業界の仕事人になってかれこれ3年ほど。
どんな仕事でもそれなりにこなせるようになるまでは苦労の連続だし自助努力が必要なのはわかってはいても、やっぱり苦労しますね、と経験すればするほど実感します。
私が身を置く世界は、言ってみれば職人技が求められる世界なのですが、この世界はノウハウ・スキルの有無が他人が見てわかりやすいんです。
例えば、包丁を使う料理人は包丁を使わせると上手かへたか誰でもわかります。
仮に10年経験を積んだという人同士を同じ土俵で競わせてみると、素人が見ても優劣をつけられます。

ある飲食店の店主から聞いた話ですが、10年和食料理人の経験があるという人を採用したそうです。
採用時点では、10年も経験を積んでいれば和食の基本的なことは多少はできるに違いないと思っていたそうですが、魚を卸させてみたら、包丁を使って卸すことができなかったそうです。
店主は嘆きながらこんなことを言っていました。
「10年の経験を積んだといっても、自分を高めようという意識を持って努力しながら経験を積まないとノウハウやスキルは身につかないものだ。何人もライバルがいるような有名店などにいたら、それこそ10年間ほとんど下働きしかさせてもらえなかったなんてこともあるからね」と。
まぁ、この店主は採用してから気付いたわけですが、厳しいお店なんかは実地試験で腕を見るところもあります。
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2017年06月07日

やる気だけ、頭の中のイメージだけではどうにもならない現実もある

ある中小企業で働いていた頃、大手企業から転職してきた私より少し年長の同僚がいました。
前職時代に重職を経験した人だけあって、パワーポイントでのプレゼン資料作成はうまいしプレゼンテーションもうまい人でした。
人当たりも良かったので私はその人に好印象を抱いていて、お客さんの対応も悪くはない感じでした。
どうやら当時勤めていた中小企業の社長がその人が勤めていた大手企業と取引していた頃からの知り合いで、その縁で半ばスカウトしたようなかたちで入社したようでした。
そういう人でしたが、社内では他の同僚たちとうまく関係を築くことができず、その結果だんだん行き詰っていって最後は寂しく去っていきました。
私は個人的にこの人と親しかったのでよく一緒に飲みに行きましたが、その場でよく愚痴を聞かされたものです。

大手企業で活躍した人材なのになぜ転職でつまづいたのでしょうか。
“郷に入っては郷に従え”ということわざもありますが、一言でいえば、前職時代の成功体験があるだけにそれをベースに物事が進められると思い込み、新しい環境や新しい人間関係を軽視してしまったところに原因があったんだろうと思います。
これはあくまでも一般論ですが、私が思うに、大企業は中小企業に比べ優秀な人材が多いような気がします。
ここでいう優秀というのは、例えば、論理的思考があるとか、システマティックな仕事の進め方ができるとか、資料作成がうまいとか、プレゼンテーション力があるとか、組織的な(協調性のある)仕事ができるとか、そういったことなどです。
中小企業はそういう人材が少ないがゆえに、大企業のノウハウを取り入れたくて大企業出身者を採用したがる傾向もあります。
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2017年06月06日

他人の良い面を認める意識は常に持っていたほうがいい。人は認められると嬉しいものだから。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローの欲求5段階説は有名なので知っている人も多いのではないでしょうか。
改めてどういうものか説明しますと、人間の欲求には5段階あり、それはピラミッド型になっていて、下層の欲求が満たされるにしたがい欲求は上層の欲求へ移っていくというものです。
で、どういう段階に分かれているかといえば、「生理的欲求→安全欲求→社会的欲求→尊厳欲求→自己実現欲求」という5段階。
特徴的なのは、上に行けば行くほど他人(周囲)から認められることで欲求が満たされていくことです。
わかりやすく言えば、人は誰かに認められると嬉しいものだということでしょうか。
このシンプルな原則を知っていると、対人関係において良好な関係を築き保つコツがわかるのではないかと。

私がここ数年身を置いてきた飲食業界、特に料理人の世界は、他人から認められる一人前の料理人になるには長く苦しい修行経験が必要みたいな堅苦しい風土が残っている部分があります。
(最近はこの風土も変わりつつあるようですけどね)
私が以前働いた飲食店の中には、新米は徹底的に叩きのめして根性含め基本を身につけさせるところから鍛え上げる、そのためにはとにかく叱り飛ばすのが最適な手段だと思い込んでいる親方がいるお店もあったのですが、その人のもとでは褒められた記憶が一度もないほどでした。
そういう環境では、正直言いますが、恐怖心で言われたことだけはやるものの、自ら何かしたいといったような向上心は一切生まれず仕事に対するモチベーションは低いままでした。
ただ、厳しいのが当たり前の職人の世界にあっても、「お前もやればできるじゃないか。努力したんだな」と、たまに、さりげなく褒めてくれる親方もいて、そういうタイプの親方に仕えた時はその一言が本当に嬉しかったものです。
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2017年06月05日

利害が絡む世界では人の腹の内は読みにくいところがある。だから人間関係で疲れるんだろうけど。

『二軒目』(目黒)瓶ビール、お通し
(相手の思惑は一体・・・)
かつて勤めた会社で相性の悪い上司に仕えていた時、この上司がいない場面では私に同情したふりをして、「お前もあんなダメな上司のもとでは苦労するよな」なんてなことを言う同僚がいました。
当時、その同僚は私の気持ちをわかってくれていると思い気を許し、仕事後に一緒に飲む時は二人で私の上司の悪口をよく言い合ったものです。
ところが、ある時を境に、この同僚は上司が私の悪口を言うとそれに同調して私を悪く言い出したのです。
上司が「まったくお前は何やっているんだ。私が指示したこともやらないで手抜きの仕事をしているんじゃないか」と私を叱責すると、「いやぁ、XXさん(私の上司)も苦労しますねぇ。仕事ができない部下を持つと上司は大変ですよねぇ」などと今度は上司に同情したふりをしたわけです。
その姿を見て以来、その同僚のことはまったく信用しなくなりました。
時々親しげに話し掛けてきたり、以前のように私の上司の悪口を言って私の関心をひこうとすることもありましたが、適当に合わせたり無視したりしていました。

私はこれまで何度か転職していろんな業界、会社で働いてきましたが、似たようなことは何度も経験したり、見たりしてきたので、利害が絡む世界での人間関係ではありがちなことなんだと思っています。
権力争いなどの社内政治の当事者になることはあまり好きではありませんが、とはいえ、状況によっては否が応でも巻き込まれてしまうこともあります。
社内政治では関係者の腹の探り合いが展開されるので、冒頭で話したような出来事がいつ起きるともわからず、お互いに言動が慎重になります。
私は若い頃からお酒好きだったので会社の同僚たちとよく飲みに行っていましたが、ある時から仕事関係者とは飲まずに社外の利害関係のない人たちと主に飲むようになりました。
仕事人人生が長くなればなるほど、利害が絡む世界では人の腹の内は読みにくいところがあることがわかったため、仕事関係者との飲みは気を許して(本音など言いたいことを自由に言いながら)飲めなくなったからです。
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2017年06月04日

他人の価値観ではなく自分の価値観で生きると人生を楽しめる

両津勘吉像1(亀有)
(自分の人生は他人の価値観ではなく自分の価値観で)
達観といったら大袈裟ではありますが、50代になってから「他人は所詮他人、自分は自分、自分の思いを大事にし自分らしく生きられればいいや」という考え方をするようになりました。
40代後半でキャリアチェンジ(仕事人人生の切り替え)をして以来、不安定な仕事、不安定な収入で仕事人人生を送り始め、たぶん現在は人生最大の貧乏人生活をしています。
正確にいうと、新入社員時代の貯金がほとんどなかった頃の次ぐらいの金欠状態でしょうか。
こんな境遇を他人に話すと、人によっては、「会社勤めで正社員やっていたほうが賢い生き方だったんじゃないの」とか、「勤務先が大手企業という恵まれた環境にいたんだから途中で飛び出さないほうがいい人生を送れたんじゃないの」とか言う人がいます。
こういうことを言われると、それはその人の価値観だから否定はしないけど、私は私の価値観を大事にして生きたいからほっといてくれないかなと言いたくなってしまいます。
まぁ、本音をストレートに言うと角が立つこともあるので、そこはやんわり「そうかもしれないですね」などと返すことが多いんですけどね。

で、そんな貧乏暮らしをしている私、人生を楽しめていないのかといえばまったく逆で大いに楽しんでいるんです。
収入や貯金が少ないから生活費のやりくりは大変なのですが、そういう状況下では工夫する知恵が働きます。
以前あるTV番組で一ヶ月一万円生活というのがありましたが、ちょっとした遊び感覚でそういうことに挑戦してみることもあります。
そうすると、買い物では少しでも安い物を買おうとするので、安いお店を探すことから始まり、同じような物(同じ機能の物)であればなるべく安い物を買うことを心掛けるようになります。
生活スタイルを変えると見える風景も変わってきます。
今まで素通りしていたお店の存在に気付いたりなんかしてね。
読書のために書店で買っていた本も無料の図書館を利用するようになったり、外出中にお茶したくなったら自動販売機で缶コーヒーでも買って近くの公園で景色を眺めながら飲むとか。
こういうことを続けていると、「なんだ、これで十分じゃないか」と思えてくるのです。
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2017年06月03日

知らぬが仏ということもある。あなたが知らない本当のこと、本当に知りたいですか?

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(知らなければよかった、、、なんてことも)
知らぬが仏』ということわざがあります。
知れば腹が立ったり悩んだりするようなことでも、そのことを知らなければ平静な心でいられることもあるという意味です。
世の中にはそういうことがたくさんあります。
例えばあなたが会社員だったとして人事異動で新しい部署に異動になったとします。
在籍していた部署の責任者からは、「会社はお前の能力を見込んで異動先での活躍に期待している。我が部署にとってお前が抜けるのは痛いが頑張ってこい」とエールめいた言葉をかけられるかもしれません。
そして、異動先の部署の責任者からは、「お前の能力には大いに期待している。この部署の要として頑張ってほしい」と歓迎の言葉をかけられるかもしれません。
もし、あなた自身が異動を不服に思っていても、そういった言葉をかけられれば悪い気はしないのではないでしょうか。
「もしかしたら、かなり期待されての人事異動かもしれない。頑張らなくては!」とモチベーションが上がることも考えられます。

しかし、あなたの人事異動が決まる裏側で、在籍部署の責任者はあなたをやっかい者として早く追い出したいと思って工作活動を行い、一方で異動先の部署の責任者もやっかい者のあなたを引き受けたくなくて工作活動を行っていた、なんてことがあったらどうでしょう。
そして、その事実をあなたが知ってしまったら、、、あなたのモチベーションは急降下するのではないでしょうか。
さらには、在籍部署の責任者や異動先の部署の責任者に憎しみを抱き、会社に対しても不信感を持つかもしれません。
人事異動の趣旨は適材適所ではあるのですが、人が人を動かすのだから現実の世界ではこういうことが往々にしてあるのです。
部署の責任者にすれば、自部署の戦力強化になる人事異動は歓迎するが、戦力ダウンになる人事異動は避けたいのが本音であり、それゆえ人事異動の裏側ではいろんな駆け引きが繰り広げられたりするのです。
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2017年06月02日

結局、わかる人にしかわからん、ということって多いよね

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(世の中そうしたものだ)
自分が身を置く業界、勤めている会社ややっている仕事のことをよく知りもしないのに、ああだこうだ言ってくる人の話しを聞きながら内心うんざりすることってありませんか?
あるいは生半可な知識や聞きかじった情報をもとに、ああすべきこうすべきなどとアドバイザー気取りの人の話しを聞きながら右から左へ聞き流していたことってありませんか?
私は若い頃ビジネス書を読むのが趣味だったので、いろんな業界やいろんな仕事に関する本を読んではそれだけで他の業界や他の仕事のことをそこそこわかったつもりでいました。
だから、異業種交流会などで他業界や他職種の人と話す機会があると知ったかぶりでしゃべることがあったように思います。
今思い返すと本当にお恥ずかしいかぎりですが、聞く側はきっと、「この人、うちの業界(私の仕事)の本当の実態を知らず表面的なことを知ったかぶりで話しているな」と見透かしていたのではないかと思います。

ある飲食店で働いていた時、そのお店の店主は人材がなかなか採れなくて困っていました。
これまでいろんな方法で採ろうと努力はしていたらしいのですが、何せ全産業の中でも人材不足が著しい業界としては有名なので、名もなく、採用にお金もかけられない小さな飲食店では人材確保が難しく行き詰っているようでした。
それでもどうにかするのが経営者なので、自分やお店のスタッフのつてを使って何とかしている状況でした。
店主は、飲みにやってくるお客さん(仕事人)とその話題(人材が採れなくて困っているという話題)でやりとりすることが多かったのですが、ほとんどのお客さんは、そのお店の実状に合った有効な方法ではなく、ありきたりな方法論だけ語る人が多かったですね。
採用媒体の活用だとか、紹介機関の活用だとか、ネットでのPRだとか、あるいはお金をかければいいとか。
私が聞いた限りにおいては、アドバイスというにはお粗末なものばかりでした。
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yoron at 08:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック