仕事人の叫び

2017年07月09日

「我が人生、今が最良の時かもしれない」と思う今日この頃

高尾山の山頂からの風景
(人生最良の時はいつ?)
今日は日曜日。
今朝は午前5時起き。
外の空気はちょっと冷んやりしていてすがすがしい気分でした。
今日は仕事がお休みの人も多いと思いますが、接客業の私は出勤です。
5月で学校給食のパートの仕事は辞め、6月下旬からは、日中、夕方別々の勤務先でダブルワークをしています。
いずれも飲食店の仕事です。
飲食の仕事に最初に就いた時は、肉体労働で長時間立ちっ放しだったのできついと感じていましたが(最初はいきなり腰を痛めた経験あり)、数年経験したら次第に体が慣れたようでこの頃はあまりきつさを感じなくなりました。

ところで、よくこのブログでも書いていますが最近の私は貧乏暮らしをしています。
貧乏というのは金銭面においてですが、一方で、精神面においては自分で言うのも何ですが幸せを感じております。
それというのも、私は独身一人暮らしで金銭は自分の生活だけを支える分があればいいし、田舎の年老いた両親は同居している姉が面倒を見てくれている、仕事は好きなことをしてあまりストレスを感じない、今のところ健康面での大きな不安事項はない、といったような感じで環境に恵まれているからかもしれません。
何て言うんでしょう、今は自由に、楽しく生きている、とでも言いましょうか。
「我が人生、今が最良の時かもしれない」と思う今日この頃であります。

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2017年07月03日

働き方改革?、採用の現場で起きている低賃金労働者の増加という現実

いつの頃からか国が音頭を取って号令を掛け出した“働き方改革”。
この言葉を最初に聞いた時は、説明が抽象的で当たり前のことを言っているようにしか感じられなかったので、「なんじゃ、それ?」と正直呆れたのですが、メディアでもこの言葉がよく取り上げられ、どこぞやの企業では働き方改革の施策を取り始めたといったニュースを聞くにつけ、「本当にこういう流れに向かうのかな」なんて思うこともあったりします。
ただ、自分が働く職場の実態、他社の取り組み施策などのニュースなどから、働き方改革の中心の一つが、“労働時間を短くする(残業時間を減らす)”なのかなと思います。
これ自体は多くの会社がずっと前からやってきていることで、表向きは、従業員を長時間労働から解放し、心身をリフレッシュさせる、家族の団欒時間を増やす、自己啓発の時間を増やす、余暇を増やして消費を活性化させる、などいかにも美しい言葉が並びますが、一方で、裏の本音の部分では、企業にとっての大きなコストである人件費を削減したいという思惑も働いています。

基本給の高い大企業などを除けば、残業代をあてにして生活設計している人はまだたくさんいるし、パート、アルバイトなどの非正規雇用者にとっては、時給制なので労働時間の削減は即収入減になり死活問題です。
だから、有利な雇用条件で働いていて給料もそこそこもらっている正社員の中には、「あー、よかったよかった。会社が残業を規制してくれるなら、自由時間で好きなことを思いっきりやろう」と喜ぶ人もいるかもしれませんが、正社員に比べ労働条件が圧倒的に不利な非正規社員や基本給が安く残業代をあてにしている人は、「ふざけるんじゃないよ、減った給料分をどうしてくれるんだよ!」と腹を立てる人のほうが多いでしょう。
そういえば、かつて勤めた大企業で、20代前半に仕えた当時40代半ばから後半ぐらいの係長が、ある時私に、「今月は残業が多かったので給料が多かったんだ」と嬉しそうな表情でそっと給与明細を見せてくれたことがありました。
その月の私の給料が額面で20数万円だったのに対し、その人の支給額は50数万円でした。
その人は、長い間出世もせず万年係長でしたが、残業をよくやっていたので、そして会社はきちんと残業代を払う会社だったのでそれなりの高額所得者でした。
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2017年06月28日

こんな自分でも必要としてくれる、仕事人としてとても嬉しいことだよね

夜明けの風景(船倉海岸)
(一夜が明けた朝、今日も頑張ろう!という気分で)
「私は何をやらせても(どんな仕事をさせても)うまくできる自信があるんだ」という自信満々の人は別でしょうが、人は、「こんな私でもうまくやれるだろうか」、「私の能力・実力はどこまで通用するだろうか」とやや不安に思っているところに、「ぜひあなたにお願いしたいんです」とか、「ぜひあなたのお力をお貸し下さい」なんて言われると嬉しいものです。
いい例えではないかもしれませんが、例えば、あなたは今70代で、仕事人としてバリバリ活躍していたのはもう遠い過去のことだったとしましょうか。
そんなあなたは昔を懐かしみながら、「ああ、私の人生も終わりに近づくのか。もう私なんかの出番はないなぁ」と、来る日も来る日もそんなことばかりが脳裏に浮かんでいたとしましょう。
そんなあなたの口からはいつも後向きな言葉しか出てこないかもしれません。

そんな時、ある人があなたの目の前に現れて、先程のような言葉を掛け、その人に真摯な姿勢を感じたとします。
現実的には老いた自分は大したことはできないとわかっていながらも、心の中では喜びを感じとても嬉しいはずです。
そして、こう思うかもしれません。
「こんな自分でも必要としてくれる人がいる。こんな私でもまだ活躍できる場面がある。よしっ、いっちょ頑張ってみようか」と。
こういう気持ちというのは人を前向きにさせます。
その日以来、あなたの口からは以前と違い前向きな言葉のほうが多く飛び出すかもしれません。

今朝はふとこんなことを思ったわけですが、なぜかといえば、私は今日から新しい仕事に就きます。
50代の私を雇ってくれる人がいて嬉しく思っています。
雇用条件など欲を言えばキリがありませんが、とにもかくにも働ける場所を与えてもらえたことには素直に感謝しています。
40代の頃の転職活動で多くの会社から不採用通知をもらって落ち込んでいた時に、「仲間になって一緒に会社を盛り上げてくれませんか」と声を掛けてくれ採用してくれた会社に出会えた時の喜びを思い出します。
もちろん、まだスタート地点に立ったばかりです。
活躍できるかどうかはすべて自分次第。
今月も今週で終わりですが、今月は私の誕生月でこんなタイミングで新しい仕事のスタートを切れることに運命のようなものを感じます。
さー、頑張るぞー!

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2017年06月27日

環境、目指すものが違い過ぎると話は噛み合わないもの。わかり合える仲間のネットワークが大事だ。

かつて、大企業を辞めて無職生活を送っていた頃、従業員数が10名未満の小企業の社長から仕事を手伝ってくれないかと声を掛けられたことがありました。
この社長とはそれ以前に少し面識がありました。
私も小企業の事業に興味があったので一度この社長とじっくり話をしたことがあります。
ただ、この社長は私の話を聞きながら自分の会社向きではないと判断したのでしょう、仕事を手伝う件は立ち消えになりました。
うろ覚えですが、当時、私はこの社長にやや上から目線で(大企業の視点から小企業の実力を侮る態度で)、会社経営はこうあるべし、経営戦略はこう立てるべし、事業遂行には綿密な計画・仕組みが必要、社内ノウハウの文書化は必須、などと偉そうなことをとうとうと語ったように思います。
たしか相手は私より一回り以上年長だったでしょうか。
きっと、相手は私の話を聞きながら呆れたんだと思います。
そして、その場ですぐ判断したのかもしれません、この人はまったく使いものにならないと。

その後、何社か大企業勤めした後、創業間もないベンチャー企業(私が事業参画当時のスタッフ数3名)含め数社の中小零細企業に勤めましたが、その経験から先程例に出した社長の気持ちがよくわかりました。
はっきり言って、経営資源、いわゆる人・物・金・情報などに恵まれている大企業に比べ、それらに圧倒的に恵まれず日々の資金繰りに四苦八苦している小企業では、求めれる仕事のし方がまったく違うんですよね。
大企業であれば社命に基づき組織の中で与えられた仕事を周囲の協力も得られながら仕事ができますが、ないないづくしの環境のベンチャーなどの小企業では、仕事そのものを自分で創って収益化しなければならない状況もありえます。
大企業では経理部門の一部署に所属して経理機能の一業務だけを担当していればよかったかもしれませんが、管理業務を一人でやらなければならない小企業では、経理担当者といっても他に人事総務やら広報宣伝やら社内のIT化業務などもこなさなければならないし、場合によっては自分で営業して注文を取ったり、後工程の成果物をつくる仕事まであったりします。
最初に一人で起業した人などはこれらすべてを一人でやっていたりするものです(もちろん、外部のネットワークをうまく利用する場合もありますけどね)。
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2017年06月26日

現実のリーダー業は泥臭く難しいもの、理想論のようにはなかなかいかないものだ

書店に足を運ぶと、理想のリーダーについて書かれた本をたくさん目にすることでしょう。
これはきっと、それだけ多くの人が理想のリーダーを求め、あるいは職場その他で何かしらリーダー的役割を担うことになりどう振る舞うべきか参考にしたがっている人が多いということなのかもしれません。
また、それらの本を読んで将来のリーダーを目指して今からその訓練をしようと考えている人や、リーダーとしていろんな困難な問題にぶつかりそれらの本に解やヒントを見出そうとしている人も多いということなのでしょう。
リーダーに関する本があふれている背景には何があるにせよ、リーダーというものに関心を持っている人が世の中にたくさんいるということだけは間違いありません。
自分の職場に目を転じれば、「うちの課長、まったくリーダーの資質ねーよなー」だの、「うちの会社はリーダーが無能だから業績が悪くなるんだ」だのといった陰口を耳にすることもあるのではないでしょうか。
私自身、過去の仕事人人生を振り返れば、自分の振る舞いは棚に上げ、リーダーかくあるべしというような持論を偉そうに述べてきたこともあります。

偉そうにと反省気味に言ったのは、実際自分がリーダーとしての立場に立った時、頭の中だけで考えていたような自分の理想論に基づくリーダー業が実践できない場面も多かったからです。
「リーダーならこういう場面ではこうすべきだ」、「リーダーは決断・行動力が大事だ」などと言葉で言うのは簡単ですが、いざ自分が当事者としてそれをやらなければならなくなると躊躇してしまう、逃げてしまう、自分を正当化し言い訳がましいことを言ってしまう、一度はやってみるものの痛い目に遭ったのでその後は用心してやらなくなる、そういう事例は自分自身を含め身近にあふれていました。
人というのは本当にわがままなもので、自分が困るとそれを助ける役割をするのがリーダーの役目だと思うところがあります。
もちろん、自分がそのリーダーのもとにいるのならそれもリーダーの役目の一つではあるかもしれませんが、「そんなことぐらい自分で何とかしろよ」といったレベルまで持ち込まれてしまう、そういうことも現実的にはよくあります。
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2017年06月25日

「無理するなよ」と人は言うかもしれない。しかし、無理しなきゃならない時もあるし、無理しなきゃ得られないものもある。

サトウキビの収穫2(お母さん、輝雄)
(「無理するなよ」と言われても、ねぇ・・・)
ガムシャラに頑張っていると、高い目標に向かって挑戦していると、納期に間に合わせようと必死になっていると、遅い時間まで仕事していると、周囲から「あまり無理するなよ」とか、「無理し過ぎると体壊すよ」などと言葉を掛けられた経験がある人もいるのではないでしょうか。
声を掛けた人に悪気はなく、相手のことを心配して言った人も多いでしょうし、相手の状況をよく知らずに軽い調子で言った人もいるかもしれません。
中には、相手が頑張り過ぎると自分の状況が不利になるので足を引っ張る意味で言う人もいるかもしれませんがね。
声を掛けた人にはそれぞれの思いがあるのでしょうが、掛けられた相手にもまたそれぞれの思いがあってそういう状況になっているのです。
たぶん、同じ状況を経験したことのある人であれば、「あー、あるある、そういう時あるよね」とか、「あー、わかるわかる、その気持ち」となることは多いに違いありません。

例えば、事務所に残って深夜遅くまで仕事をしている日々が続くと、それを知っている同僚から「あまり無理するなよ」と言葉を掛けられることもありますが、それが納期の都合でどうしてもそうならざるをえない時はしかたがないのです。
仕事には必ず納期があるし、順調にいっていない時などは何とかしようと必死になるのは当然です。
大きなイベントを成功させなきゃならない時にその職務の中心人物になっていれば、それこそそのイベントが成功裡に終わるまでは気が気ではなくいろんな無理を重ねることだってあるでしょう。
起業し事業を拡大して軌道にのせたいと頑張る事業家にとっては、誰が何と言おうととにかく死に物狂いで頑張るしかないのです。
仕事の段取りがよくどんな仕事でも要領よくできる能力を持った人なら問題ないでしょうが、凡人はなかなかそうはいきません。
一般論的に言えば、多くの仕事人は、「無理するなよ」と人から言われることがありながらも、本人は頑張るしかないと思いつつ仕事をしているというのが実状ではないでしょうか。
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2017年06月24日

仕事人人生、節目の年齢というのは何かを決意するタイミングでもあるようだ

いつだったか、銀座の駅のホームを歩いていたら、少し前を歩いていた会社員風の二人の男性の会話が漏れ聞こえてきました。
一人の男性がこんなふうなことを言っていました。
「会社を辞めるにしても、辞めるタイミングは50歳過ぎのほうがいいと俺は思うな。50歳まで勤めていれば退職金などの条件もまぁまぁいいし、それに起業するにしても、転職するにしてもまだ頑張れそうじゃないか」と。
もう一人の男性は、
「なるほどなぁ、たしかにそうかもしれないなぁ」と返していました。
この会話を聞きながら、やっぱ、会社勤めしている人って、日頃こういうことを考えていたり、誰かとの会話の話題にしているもんだなぁと思いつつ、自分自身も同じだと共感したものです。

話変わりますが、私の仕事人人生もかれこれ30年ほどになりますが、先程の二人の男性の会話に出てきた50歳という年齢ではありませんが、節目の年齢というのは何かを決意するタイミングになりやすいんだろうなと思います。
振り返ってみると、私はこれまで何度か転職していますが、30歳とか、35歳とか、40歳とか、45歳とか、50歳とか、こんな感じのわかりやすい節目の年齢が近づくと、自分の人生設計についていろいろ思うところが出てきて(迷いも生まれてきて)、こういう年齢の前後で決断・行動を起こしていました。
流行語みたいなものでもある「アラサー(30歳前後)」とか「アラフォー(40歳前後)」という言葉を使って、「私もアラサーだからさ」とか「もうアラフォーだからやばいんだよね」などと言ったりしているのを耳にすることもありますが、これなども節目の年齢が個人の心境に与える影響が大きいことの証なのでしょう。

あなたの場合はいかがですか?
ご自身のこれまでの人生を振り返ってみた時、節目の年齢で大きな決断や行動はありましたか?

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2017年06月23日

一つ歳を重ねたところで思うことなどをつらつらと

お父さん
(今も元気な現役仕事人の父)
6月23日、、、いろんな記念日があるでしょうが、私自身にとってはこの世に生を受けてからちょうど53回目の誕生記念の日。
日々淡々と生きているとそれほど自分の誕生日は意識しないのですが、周囲の人から「お誕生日おめでとうございます」などと声を掛けられると、「あっ、そうか、今日は自分の誕生日でまた一つ歳を重ねるんだ」と改めて気付かされます。
といっても、自分自身はそれほど感慨に耽るわけではなく、毎回なんとなくその日が過ぎていくだけですけどね。
最近流行のSNSは自分の生年月日を登録しておくと、そのSNSつながりの人たちに自動的に「今日はこの人の誕生日ですよ〜」と丁寧にお知らせする機能がついています。
半分余計なお世話だとは思うものの、こういう機能を話題づくり、盛り上げ用に活用しているんでしょうね。

まぁ、そんなわけで本日52歳から一つ歳をとって53歳になりました。
広くとらえると50代ですが、この世代はなかなか微妙な世代ですね。
私は今はいわゆる正規社員としての会社勤めをやめた身ですが、どこぞやの会社の正社員として働いていたなら、定年を意識しながら、会社からはやや冷たい対応をされながら、定年で会社を去った後の自分の人生を思い浮かべながら日々を過ごしていたかもしれません。
しかし、50歳が迫りつつある頃に一大決心をして新たなことに挑戦したため、そういう黄昏的気分はなくなりました。
今はもう今を生きるだけで精一杯という生き方をしています。
しんどい面はありますが、これでよかったと自分では思っています。
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2017年06月22日

人材不足の背景を知り、考え方を変えないと人材は採れない

今、多くの業界で人材不足がいわれています。
現場では、「一日も早く優秀な人材を採ってくれよ!」と会社に、関係部署にお願いしているかもしれません。
人材不足に陥るのは当然の成り行きだったような気がします。
日本社会はもう何十年も前から少子高齢化の流れになり、それに伴い生産年齢人口は減っていくばかり。
企業がもっとも欲する若者の人口の減少は言わずもがな。
こういう世の中の変化をわかっていれば人材採用が難しいというのはわかるはずです。
そうなると、従来の考え方を変えない限りますます人材の確保は難しくなるでしょう。
人材業界でも働いた経験を踏まえていうと、今後はさらに人材確保が難しくなり、優秀な人材はをめぐっては企業間、業界間でし烈な争奪合戦が繰り広げられると予想しています。

かつて人材会社に勤務していた頃、こんな仕事をしていたことがあります。
企業から人材採用活動の業務の一端を委託され、まずは人材の募集と書類選考・一次面接を行うという業務でしたが、人材の募集においては、数多くの人材紹介会社から人材の紹介を受けるという方式をとっていました。
当時勤務していた会社は他社で人事採用系の業務を長く経験したベテランスタッフばかりでした。
顧客企業が要望した人材の中には転職市場の現実からいってなかなか採りにくい要件の人材もいました。
それでも各人材紹介会社は苦労して自社のデータベースから何とか探して紹介してくるわけです。
それに対し、例えば私がさらに選考を行って厳選の上で顧客企業に紹介するという流れでした。
こう言っては何ですが、それなりのプロの目を通った人材を紹介するわけなので、紹介した候補者については少なくても面接して可否を判断して欲しいと思っていました。
ところが、ある大手企業などは担当者レベルで書類を見ただけですぐ不採用の連絡をしてくるところがありました。
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2017年06月21日

社員は意外と自社のことを知らない。裏ではいろんなことが起きているものだ。

週刊誌やら新聞などのメディアに他社の暴露系のネタが載ると興味津々で読む人は多いと思います。
また、週刊誌やら新聞などのメディアに自社の暴露系のネタが載ると、真偽のほどはさておき、「えっ、うちはこんなことやっていたの?!」と驚くこともあるかもしれません。
かつて勤めた会社で、当時中東の戦争で使われた兵器に自社の部品が使用されていたなんてな記事が週刊誌に社名入りで載ったことがあって驚いたことがありました。
まぁ、汎用性のある部品でどこでどういうかたちで使われていても不思議ではなかったわけですが。
大勢の人が働いている組織というところは、いろんな人たちがそれぞれの立場でいろんな思惑で動いているので、すべての情報がすべての社員に共有されているわけではありません。
情報によっては秘密扱いで一部の関係者しか共有されないものもあるし、それこそ経営に関わる秘匿性の高い情報はほとんどの社員が知らないのがふつうです。

会社(組織)が意図的に行う社内広報や各部署が社内周知のために流す情報などを除けば、社員は意外と自社の情報を知らないものです。
極端な例では、自社が倒産したのを朝出勤して事務所に張り出された告知文で知ったとか、業績が悪化した要因をまったく知らなかったとか、そういうことだってありえます。
私がこれまでの仕事人人生で長く関わった総務系の仕事は、会社が抱えるやっかいごとを処理する仕事もありました。
そういった事柄は社内外に知られたくないことも多いので秘密裏に事を進めるのです。
だから、当然一部の関係者を除けば多くの社員は知らないわけです。
場合によっては、社員が知らないのはまだしも、経営者が現場で起きている重大なことを知らないというケースもあり、こういうのは会社としてはまずい結果を生んでしまいかねません。
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