仕事人の叫び

2017年06月22日

人材不足の背景を知り、考え方を変えないと人材は採れない

今、多くの業界で人材不足がいわれています。
現場では、「一日も早く優秀な人材を採ってくれよ!」と会社に、関係部署にお願いしているかもしれません。
人材不足に陥るのは当然の成り行きだったような気がします。
日本社会はもう何十年も前から少子高齢化の流れになり、それに伴い生産年齢人口は減っていくばかり。
企業がもっとも欲する若者の人口の減少は言わずもがな。
こういう世の中の変化をわかっていれば人材採用が難しいというのはわかるはずです。
そうなると、従来の考え方を変えない限りますます人材の確保は難しくなるでしょう。
人材業界でも働いた経験を踏まえていうと、今後はさらに人材確保が難しくなり、優秀な人材はをめぐっては企業間、業界間でし烈な争奪合戦が繰り広げられると予想しています。

かつて人材会社に勤務していた頃、こんな仕事をしていたことがあります。
企業から人材採用活動の業務の一端を委託され、まずは人材の募集と書類選考・一次面接を行うという業務でしたが、人材の募集においては、数多くの人材紹介会社から人材の紹介を受けるという方式をとっていました。
当時勤務していた会社は他社で人事採用系の業務を長く経験したベテランスタッフばかりでした。
顧客企業が要望した人材の中には転職市場の現実からいってなかなか採りにくい要件の人材もいました。
それでも各人材紹介会社は苦労して自社のデータベースから何とか探して紹介してくるわけです。
それに対し、例えば私がさらに選考を行って厳選の上で顧客企業に紹介するという流れでした。
こう言っては何ですが、それなりのプロの目を通った人材を紹介するわけなので、紹介した候補者については少なくても面接して可否を判断して欲しいと思っていました。
ところが、ある大手企業などは担当者レベルで書類を見ただけですぐ不採用の連絡をしてくるところがありました。
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2017年06月21日

社員は意外と自社のことを知らない。裏ではいろんなことが起きているものだ。

週刊誌やら新聞などのメディアに他社の暴露系のネタが載ると興味津々で読む人は多いと思います。
また、週刊誌やら新聞などのメディアに自社の暴露系のネタが載ると、真偽のほどはさておき、「えっ、うちはこんなことやっていたの?!」と驚くこともあるかもしれません。
かつて勤めた会社で、当時中東の戦争で使われた兵器に自社の部品が使用されていたなんてな記事が週刊誌に社名入りで載ったことがあって驚いたことがありました。
まぁ、汎用性のある部品でどこでどういうかたちで使われていても不思議ではなかったわけですが。
大勢の人が働いている組織というところは、いろんな人たちがそれぞれの立場でいろんな思惑で動いているので、すべての情報がすべての社員に共有されているわけではありません。
情報によっては秘密扱いで一部の関係者しか共有されないものもあるし、それこそ経営に関わる秘匿性の高い情報はほとんどの社員が知らないのがふつうです。

会社(組織)が意図的に行う社内広報や各部署が社内周知のために流す情報などを除けば、社員は意外と自社の情報を知らないものです。
極端な例では、自社が倒産したのを朝出勤して事務所に張り出された告知文で知ったとか、業績が悪化した要因をまったく知らなかったとか、そういうことだってありえます。
私がこれまでの仕事人人生で長く関わった総務系の仕事は、会社が抱えるやっかいごとを処理する仕事もありました。
そういった事柄は社内外に知られたくないことも多いので秘密裏に事を進めるのです。
だから、当然一部の関係者を除けば多くの社員は知らないわけです。
場合によっては、社員が知らないのはまだしも、経営者が現場で起きている重大なことを知らないというケースもあり、こういうのは会社としてはまずい結果を生んでしまいかねません。
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2017年06月20日

その組織、その立場だから人は言うことを聞く。一個人としてはそれを知っておくべし。

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(一個人としての意識の持ち方は大事)
会社(組織)の看板で仕事をするという言い方がありますが、これは、一個人だったら到底できないことを会社(組織)の名前がバックアップしてくれるということです。
ある一人の人間が学校を卒業して就職する場合、その人が世の中の多くの人が知っているような大企業や官公庁に就職する場合と、名もないような中小零細企業や組織に就職する場合では、その後のその人の外からの見られ方は大きく変わってきます。
前者の場合は、「ほぉ、XX社(XX省庁)なんですか」というふうに少し敬うような姿勢で相対されることが多いでしょうし、後者の場合は、言い方は悪いのですが「あっ、そうですか」と歯牙にも掛けないような態度をとらえることもあります。
職業に貴賤なしという言葉はありますが、他人の見方という点では差別があるのは厳然たる事実です。
どういう道に進むか(どういう仕事に就くか)は本人の自由だし、その後どういう仕事人人生を歩むかもその人自身の問題ではありますが、一個人である自分を大事にし一個人として世の中に認められる人間でありたいと思っているなら、今自分がどういう組織に属し、どういう立場で仕事をしているのかをわかっておいたほうがいいでしょう。

例えば、あなたが大企業の入社数年の若手社員だとして、あなたの部署に出入りしている中小企業の社長があなたにペコペコを頭を下げてくれるとしたら、それは明らかにあなたの実力を認めてというよりあなたの所属する会社(組織)に対し頭を下げているのです。
あなたが所属する会社(組織)が盤石であり相手に大いなる利益をもたらしていればいるほど周囲はあなたをちやほやしてくれます。
ぶっちゃけ、あなたが金づるになると思えば、百戦錬磨の人間ほど手練手管を使ってあなたを取り込もうとします。
腹の中では「この世間知らずの若造が」と思っていても、愛想の良い表情で「はい、かしこまりました」なんてへりくだった態度で接してくれたりします。
中小零細企業で働いた経験があったり、中小零細企業の社長(創業者)たちと個人的に付き合った経験がある人はある程度わかるかもしれませんが、彼・彼女らはそうとうしたたかです。
目の前の相手とやりとりしながら瞬時に頭の中で自社の利益を計算するなんてことはお手のものです。
極端な話、儲かる思えば一挙に勝負を仕掛けてくることもあります。
何せ大企業の一勤め人と違って全権限を持っているので判断・決断・行動はスピーディです。
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2017年06月18日

日曜日ぐらいゆったりと、、、「仕事だよ!」という人はお疲れさまです。

高尾山の山頂からの風景
(たまには仕事のことを忘れ、、、)
今日は日曜日。
ということでゆったりと起きる感じで。
私の住む地域はあいにくの雨予報の天気ですが、午前6時現在はまだ雨は降っていないようです。
「仕事だよ!」という人はお疲れさまです。
日曜日ぐらい全国民が休んで心身ともにリラックスできればいいのでしょうが、誰かが休んでいる時こそビジネスチャンスの仕事だったり、休めない仕事(個人は交替で休めても)なんてのも世の中にはありますから、休める人だけでもゆったり過ごせるといいですね。
まぁ、休みの日は休みの日でプライベートな予定で忙しいんだという人もいるかもしれませんが。

今日の記事は仕事ネタを離れて、、、
ブログに関するデータをちょっと見てみると、
・このブログを始めたのが、2004年7月4日で、かれこれ13年近く経ちました。
(もともとは他のサイトで書いていたのを移行したので記事を書き始めたのはもっと早かった)
・これまでの記事の総投稿数は、昨日(6月17日)現在で3,493件
・これまでの訪問者数の累計は、552,369人
我ながらけっこう続いているなぁ、けっこうたくさんの人が訪問してくれたんだなぁと感慨ひとしおな感じです。
仕事が忙しかったり、疲れて書く気力がなかった時期には記事数が減ったりもしたんですが、逆に適当に更新を休んだりしたことが継続という点ではよかったのかもしれません。

これからもマイペースで関心の赴くままに駄文を書き綴っていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2017年06月17日

言う立場から言われる立場になってメンタルが強くなる。それが一皮むけるということだ。

他人の批判はがんがんするのに、自分が批判される側になると急に言い訳が多くなり逃げ腰になる人、あなたの身近にいませんか?
中には舌鋒鋭く評論するのに実行力はまったくない人とかね。
何を隠そう、私自身の仕事人人生を振り返ってみれば実は私もそんなタイプの人間だったかもしれません。
若い頃はビジネス書を読みまくる人間だったので知識だけはみょうにあって、他人を批判したり、他人のやることにけちをつけるのは得意だったんです。
自分で言うのも何なんですが、しょうもない人間だったなと(笑)。
最近は、誰かが他人を批判している言葉を発している時は、その言葉がよほど的を射たものと思わない限りスルーしていることが多いですね。
「そこまで言うんだったら、あなたがやればいいじゃないか」、「他人を批判している時間があるんなら、もっと生産的なこと(自分の役に立つこと)に時間を使ったほうがいいんじゃないですか」と思ってしまうわけです。
何もできないのに、何も自分にメリットがないことを言っているというのは、たんに自分のストレス発散のためというのが本当のところなんだろうなと思うわけです。

仕事人経験をそれなりに積んでいる人なら実感としてわかると思いますが、言う立場から言われる立場になるとメンタル的に辛いというのがありますよね。
例えば、会社で他部署に大きな影響を与える仕事を当事者としてやった時、状況によっては他部署からクレームが殺到するなんてことがあります。
社内のシステムを大幅に変える仕事などを経験した人は身に覚えがあるのではないでしょうか。
システムが計画通りに動かなかったなんてことになったらもう大変です。
あるいは、会社の人事評価制度を大幅に変えた際は、人事担当者や責任者は社内のあちこちから文句を言われることが多いでしょう。
きっと、当事者は「会社のために(会社の指示で)やっているのに何でこんなにあれこれ批判されなきゃならないんだ」と不満を抱くことだってあるかもしれません。
また、それまでは肩書もなく(低く)責任者ではなかったので言いたいことを言うだけだったが、マネージャーだのプロジェクトリーダーだのといった重責を担う立場になったら、逆に、部下からメンバーから他部署からさらに上の立場の人から言われることのほうが多くなり、本音では「こいつら、こっちの苦労も知らないで言いたいことばかり言いやがって、チクショー!」なんて思うことも多かったりしてね。
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2017年06月16日

思わず本音?、でも、その他人を見下した態度で人心は離れるのだ

他人との信頼関係の構築には長い年月と多大な努力を要するが、その信頼関係を壊すのは一瞬でできるなんてことをよく言います。
やや大袈裟な言い方に聞こえるかもしれませんが、そういったことを身を持って経験したことがある人にとってはまったくその通りだと思うでしょう。
そういうことがわかっている人は、日頃から自らの言動に注意し言葉を選びながら他人に接していると思います。
一方で、そういうことに無関心でいつでも他人とうまくいかない人は、なぜか人間関係においては失敗ばかり繰り返しています。

かつてある飲み屋街のいろんなお店の常連として飲み歩いていた時の体験談ですが、あるお店にそのお店の常連さんのほとんどから嫌われている人がいました。
お店の店主からさえ嫌われていました。
嫌われていた最大の原因は何だったのか、それは、その人がその場にいた他のお客さんの職業を聞いた途端、職業によっては急に馬鹿にした態度をとったからです。
その人はお酒を飲んで酔っ払い冷静な思考ができなかったのかもしれません、その人の職業は世間から羨ましがられる知名度のある職業だったのかもしれません。
しかし、その人のそういった態度のせいで周囲の人心は離れていったのです。
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2017年06月15日

自分が「年とったなぁ」と感じる時、それはかつての上司や先輩の老けた姿を見て

IMG_5702人生において、自分自身が「年とったなぁ」と感じるのはいろんな時にあると思います。
例えば、自分の容姿を鏡で見た時、若い頃に比べ体力が落ちたのを実感した時、親や兄弟姉妹の年とった姿を見た時、身近にいる子供たちや若者たちから「おじさん」・「おばさん」呼ばわりされた時、食事が少食になった時、好きでがんがん飲めたお酒がほとんど飲めなくなってしまった時、若い人たちと話が合わなくなった時、小さい字がびっしり詰まった本や文書が読めなくった時、何かに対し感動することが減ったと思う時、同窓会やOB会などに参加して同級生や同期生の姿を見た時、、、などなど。
人は誰でも老いていくのだからそれはしかたがないことですが。

仕事人の新人だった頃、当時勤めていた会社の先輩が「男ってのは、気持ちの上では永遠に20代なのさ」と言って笑っていたことがありますが、この気持ちは50代の今でもよくわかります。
何かのきっかけがないと自分は若いつもりでいるんですよね。
詩人サミュエル・ウルマンの詩として知られる「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ」の一節で始まる『青春の詩』を読んで感銘を受け、「そうだよなぁ、年をとろうとも気持ちの持ち方が大事なんだよな。自分が若いと思って行動すれば老け込むことなんてないんだ」と思った人は多いでしょう。
そういえば、かつてよく飲み歩いた新橋の行きつけのお店には、壁にこの詩が掲げられていたっけ。

私も自分が年とったことを実感する場面はいろいろありますが、その一つに、かつての上司や先輩の老けた姿を見て強くそう感じる時があります。
私が20代の時に40代だった上司、会社つながりがなくなった後に会う機会はなくなりましたが、年に一度もらう年賀状にご本人の姿が映った写真があると、その姿を見ながら「あぁ、この人もこんなに老けてしまったんだぁ。年月の経つのは早いもんだなぁ」と当時の上司とのやりとりを思い出しながら感慨に耽ることもあります。
それは当時の先輩たちについても同じです。
最近は、出てきたお腹がなかなかへこまないので、こんなことでも年を感じています(笑)。
あなたは、最近、自分が「年とったなぁ」と感じたのはどんな時でしたか?

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2017年06月14日

実力以上の仕事に関わる時は覚悟と人一倍の努力が必要、それがないと挫折しかねないリスクもある

人は“挑戦(チャレンジ)”という言葉が好きです。
高い目標や難題に挑戦して成功した人を周囲は賞賛します。
例え失敗してもその人の努力を知っていれば労いの言葉をかける人もいます。
だからでしょうか、人は時に何かに挑戦しようと試みます。
一方で、その挑戦は失敗に終わることも多々あります。
ふつう、人はちょっと手を伸ばせば手の届くようなことやちょっと努力すればやれてしまうようなことを達成してもそれを挑戦とは認めてくれない傾向があります。
ちょっと手を伸ばせば手の届くようなことやちょっと努力すればやれてしまうようなことは、その人が持っている実力の範囲内でできてしまうことだからです。

私はこれまでの仕事人人生で何度か転職してきましたが、その転職経験の中では実力以上の仕事に就き、そうとうの覚悟と人一倍の努力が必要になったこともありました。
転職では、自分の仕事人としての力をさらに付けるためにあえて実力以上の転職をねらうこともあります。
人によっては大幅な年収アップをねらっての転職に挑戦する人もいるでしょう。
特に若い時の転職は経験不足もあり転職自体が実力以上の挑戦になっていることもあります。
ただ、採用する企業側は、若い人(20代から30代前半あたり)に関しては、経験不足、実力不足は承知の上で、将来の成長の可能性を見込んで採用するケースがよくあります。
これに対し、仕事人経験もそこそこある中堅、ベテランになると見る目が厳しくなり、即戦力を期待するようになります。
その点で、転職というのは若いうちはともかく、中高年になるとリスクの高いものになるのです。
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2017年06月13日

現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいい

雪に覆われた嵐渓荘1
(目の前の現実・・・)
『武士は食わねど高楊枝』ということわざがあります。
武士は貧しくて食事ができなくても、人前ではあたかも食べたかのように楊枝を使って見せるということで、 武士の清貧や体面を重んじる気風をいい、また、やせがまんすることにもいいます。
精神論的には立派でも、時代劇では、本業では食えないから破れ傘の修理を請け負う内職をしているシーンがあったり、どこかの用心棒をやっていたりするシーンがよく登場します。
むしろ、こういうシーンが出てくるほうが共感はできますね。
人間は仙人じゃあるまいし霞を食って生きられるわけではないので、何としてでも食べ物にありつく必要があります。
理想というか現実的には、生活できるだけの収入を確保できる仕事があり、住む場所があり、着る衣服があり、、、よく言われる衣食住が満たされることが大事ですね。

私が以前働いた飲食店には、若い頃から舞台女優を志し、飲食店の仕事のかたわらで劇団に所属して活動している女性がいました。
ただ、聞いたところによれば、何年もやっているのに出番が少なくマイナーな役割しかないのだとか。
飲食店にはわりとこういう人って多いんですよね、他にやりたいことがありつつ収入を得るために働いているみたいな。
で、そんな彼女も30代が間近に迫り悩んでいました。
これまで飲食の仕事しかしたことがないので他の仕事へ転職できる自信もなく、かといって、このまま自分の目指す分野で芽を出すことができなければどこかで断念せざるをえなくなるが、その後の人生をどうするか、本人にとっては深い悩みのようでした。
周囲の人はいろいろ言っているようでしたが、人の悩みというのは他人にはわかりにくい面もあるもの。

日頃人生について真剣に考えている人ほど彼女の悩みは自分自身にも当てはまると思うでしょう。
同じような局面を経験した人にとっては身につまされるかもしれません。
私自身、頭の中ではいろんな構想がありながらも、現実の生活を営むために現実世界の中で現実的選択をしながら生きています。
何せお金が天から降ってくるわけでも、誰か善意の人が私の衣食住の面倒を見てくれるわけでもありませんからね。
他人は、言葉を口に出すのはタダだから何でも言ってきますが、自分が生きる道は自分で決めそれを自分で実行するしかありません。
若い頃は、自分の実力や可能性を過大に思い込んで輝く自分の姿を妄想していたこともありますが、さすがに50代にもなると常に頭の中には現実的選択肢があります。
夢を抱くことはもちろん大事なことではありますが(自分のモチベーションも上がるし)、現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいいと一オジサンは思うのであります。

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2017年06月12日

同じ立場・状況を経験していない人からの批判は話半分で聞くか、無視してよい

若い頃、平社員の立場で仕事をしていた時、上司や会社批判を散々やっていたことがあります。
ある会社で当時の上司からこんなことを言われたこともあります。
「お前はどんな時でも(どんなことに対しても)反対意見ばかり言うんだな。もっと素直になったほうがいいぞ。そういう態度を続けていたら、自分自身では何もできない(行動できない)人間になってしまうぞ」と。
20代、30代頃の私はビジネス書を読みまくり、仕事場は経営企画など経営者に近い部署だったので、今ふうの言い方をすればやや意識高い系仕事人でした。
その頃は、「世界はこうなっている、日本はこうなっている。だから我が社はこうすべきだ(世の中から遅れている)」などと口にし、自社のビジネスの最前線(現場)を見たことも経験したこともないくせに、言うことだけはいっちょまえに偉そうなことを言っていたような気がします。
今思い出すと恥ずかしいかぎりですが。

そんな私だったので、例えば、上司が現場叩き上げの人で私と正反対のビジネス書を読まない人だったりすると立場は上司が上なのに見下してしまう傾向がありました。
「なんだよ、世の中を知らない人が上司かよ、やりづれぇな」と。
PC操作がまったくできない上司から手書き書類の作成を依頼され、「世の中はITの時代、一人一台のPC環境で自ら文書を作成する環境だというのに、うちの上司ときたらまったくどうしようもないね」と腹立たしさを感じるみたいなものだったでしょうか。
しかし、よく考えてみると、現場叩き上げということはそれだけ現場を熟知しているということであり、会社のビジネスのことをよくわかっているわけであって、だからこそそれを買われて責任ある立場に就いた人なのです。
“現場が大事”ということは本を読んで知識としては持っていながら、自らは現場経験のない人が現場経験者を批判するという矛盾、というか愚かな姿勢に気付いていなかったのです。
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