仕事人の叫び

2018年05月24日

知識だけではうまくいかないことも多い、だからこそ経験を積むことが大事なんだ

アジフライ
(知識は生かせるようになってこそ意味がある)
知識というのは、持っているだけでは宝の持ち腐れで、それを使ってみて、最初はうまくいかなくてもだんだんうまくいけば役立っていきます。
知識が知恵になっていくにはそういうプロセスが必要です。
私は以前から仕事人は経験を積むことが大事だと言ってきましたが、他人に話をする際に自分の経験がベースにあると説得力を持ちます。
これは逆に他人の話を聞いてみるとよくわかると思います。
特に自分が経験したことのある事柄について相手が経験もないのに話をしているのを聞くと、「ははぁ、この人は何もわかっていないなぁ」と直感的に気付きます。

例えば、自分に何らかの不利益があった時に誰かにそのことを相談すると、「訴訟を起こすべきだ」などと知ったかぶりで言う人がいます。
私はかつて仕事上で原告側の立場で訴訟を起こした経験がありますが、当時のことを振り返ると、「裁判って面倒だなぁ」とつくづく思いました。
膨大な証拠集め、多くの書類作成、手続き、結審に至るまでの長い所要時間などなど。
数百万円の売掛金を支払ってくれない顧客に対する訴訟でしたが、自社が大企業であれば訴訟など起こさず損失として会計処理したほうがいいのではと思ったほどでした。
実際、かつて勤めた大企業では、経理部長が少額の焦げ付きなら損失処理したほうが経営上はいいなんてことを言っていましたから。
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2018年05月23日

自分の思いとは違う他人の意見は参考程度に聞くか、無視すればよい

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(他人の意見を真に受け過ぎていませんか?)
私はこのブログで自分の思いや考え方を自由気ままに書き綴っています。
誰かの依頼を受けて書いているわけでも、このブログをお金儲けのために使っているわけでもありません。
そういう点では何の制約も受けないので本当に好き勝手なことを書いております。
こんなブログでも(私からすれば)たくさんの方にお読みいただいているようで大変ありがたく思っております。
時には共感コメントをいただいたり、耳は痛いけど参考になるコメントもいただきます。
中には皮肉たっぷりで誹謗中傷する内容のコメントもあります。
いずれのコメントも目は通しますが、参考にするか無視するかは自分で判断しています。
私のスタンスはこういう感じですので、読者の皆様も私の書いたブログの記事を参考にするしないはどうぞご自由になさって下さい。
まったくバカバカしいと思えば無視していただければと。

私は、基本的に、「自分の思いとは違う他人の意見は参考程度に聞くか、無視すればよい」という考え方を持っています。
例えば、私は現在飲食業界で料理人の仕事をしていますが、他人に料理人をやっているという言うと、「じゃ、とことん調理技術を磨いて一流の料理人を目指すべきだ」などとアドバイスをする人がいます。
しかし、残念ながら、私の思いはそういうところにはなく、そこそこの調理技術は身につけたいけれどある程度までレベルが到達すればいいと思っています。
たぶん、こんな本音を言えば、相手はきっとこう言うでしょう。
「そんな甘い考えじゃダメだ。料理人をやるからにはプロ意識を持って徹底的にその道を究めるべきだ」と。
私は自分の思いが通じそうにない人に対しては多くを語らず、通じない相手の意見は聞き流すようにしています。
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2018年05月22日

嗚呼、勤め人、汝、雇われ先を飛び出す勇気・覚悟・力はあるか

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(ある日突然、勤務先から「出ていけ!」と言われたら・・・)
かつて勤めた会社での話ですが、当時上司だった役員と仕事帰りにもう一人の同僚と三人で飲みに行った席で、その役員から愚痴を聞かされたことがあります。
役員といってもその人は担当部署の部長も兼任している従業員の身分でもありましたが、その日、経営トップと打合せした際に、ダメ出しをされ、「お前の代わりなんかいくらでもいるんだ!」と屈辱的なことを言われたらしいのです。
それがそうとう頭にきたみたいで、私ともう一人の同僚の前で、「まったくよー、こっちだって一生懸命やっているのにあんな言い方はないよな。人の気持ちもわからない経営者は最低だな」などとボヤいていました。
その人も経営者という立場では雇用者側に入るのですが、叩き上げの社員でかつ従業員としての仕事もしていたので雇われ人の感覚が強かったのかもしれません。

私もそうですが、おそらく、多くの勤め人はどこかの組織に雇われて働くにおいては、日常の仕事の中で嫌なこともあれこれ経験していると思います。
でも、生活のためもあるし、また頑張り続けていればいいこともあるかなという思いで働き続けているのでしょう。
「嫌な思いをさせられる雇われ先なんか、何も我慢して働き続ける必要はない。さっさと辞めて次へ行こうじゃないか」と言えてそういう行動が起こせるのは、その勇気・覚悟・力を持った人だけです。
多くの勤め人は、酒に酔った席などでは、「こんな会社なんか辞めてやる!」と威勢のいいことを言えても、口だけで実際の行動に移せない人のほうがほとんどです。
私も過去には何度言ったことか(笑)。
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2018年05月21日

他人の活躍を見ても(聞いても)焦ることはない、着々と自分の道を進もう

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(他人と自分を比較し焦りを感じることはありませんか?)
つながりのある友人・知人や同世代の人たちの活躍する姿を見たり、人伝に聞いたりすると、自分だけが取り残されたような気になり何となく焦る気持ちが出てくることがありますよね。
特に学生時代は自分より成績が悪かった友人だとか、自分と同等ぐらいでお互いにライバル心を持っていた友人だとか、あるいは同じ勤務先に同期で入った仲間だとか、そういった人たちがいつの間にか華々しく活躍するすごい人になっていたりすると悔しい気持ちになることもあるのではないでしょうか。
私は現在53歳ですが、50代にもなると同世代の人たちの中にはある分野で名をとどろかせていたり、事業(仕事)で成功している人がそこそこいます。
組織で出世することを成功と呼ぶべきかどうかわかりませんが、仮にそれなりのポスト、例えば大企業で部長や役員クラスまで昇進した人を成功者と呼ぶなら周囲にはそういう人たちもいます。

たまに郷里の学校時代の同級生たちの集いに参加することがありますが、かつては悪ガキで学校の成績はダメダメだった人が規模は小さい会社ながら不動産会社の社長になっていたり、飲食系企業の役員になっていたりなどして活躍していると知るとビックリすることがあります。
その時は率直にこう思います。
「あの頃、こいつはどうしようもないやつだと思っていたのに、今じゃ俺のほうがどうしようもないなぁ」と。
不思議なもので、そういう場では活躍している人は元気で周囲の人を巻き込んで楽しく盛り上がっているのに私のようにほとんど活躍できていない人は小さくなっています。
なぜそうなるのかといえば、元気な人(活躍している人)は、「よし、今日はおれのおごりだ、じゃんじゃん飲もうぜ!」みたいなことを言えるけど、私のような貧乏人は会費の高いお店に行くのは嫌だなぁとかついせこいことを考えがちだからです。
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2018年05月19日

自分の働き方改革の第一歩は、自分に正直な働き方を選ぶことから

映画『RAILWAYS』
(今の仕事、働き方、それはあなたが望んだものですか?)
国や企業の働き方改革の取り組みをマクロレベルの取り組みとすれば、ミクロレベルでの取り組みは一個人、つまり自分自身の働き方改革ということになるでしょう。
国や企業が国民や社員に働き方を変えさせようとする真の狙いが、国家づくりのための労働力の持続的確保や生産性の向上みたいなものにあるとすれば、個人が目指すのは自分や家族の幸せではないかと思っています。
そもそも仕事は何のためにするのか、もちろん生活費を稼ぐためでもあるでしょうし、高尚な言い方が好きな人にとっては自己実現のためというのもあるでしょう。
ただ、すべての人に共通していると思われるのは、どんな仕事に就いていようとも、仕事と私生活のバランスを取りながら自分や家族の幸せを常に望んでいることではないでしょうか。
私生活が充実していれば仕事人人生は不幸せでいいなんて人はいないでしょうし、また仕事人人生は不幸せなのに私生活は幸せなんてことは絶対ないはずです。

幸せな仕事人人生を送るにはどうするか、「こういう働き方をすれば誰でも幸せになれる!」という万人に効く万能薬はないとは思いますが、私が何となく思うのは、今以上に幸せ感を感じるためには、“自分に正直な働き方”を選びその方向を目指していくことが大事かなと。
例えば、あなたは職場の同僚、周囲の仕事人たちを見ていてこう思うことはありませんか?
「あの人ってズルいよな、自分ばかりいい思いして」と。
こう思う人というのは、えてして、「自分は一生懸命(真面目に)やっているのに評価されず、一方であの人は一生懸命(真面目に)やっていないのに評価されている、許せない、不公平だ」という気持ちや嫉妬が心理に含まれているものです。
しかし、世の中の現実は案外こういうものです。
そう、多少ズルいところがないと自分に負担がかかるばかりなので、ズルさも処世術としては必要なのです。
ズルさをうまく使える人は世の中をうまく渡っていくことができ、それができない人はいろいろ葛藤しながらもがくしかないのです。
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2018年05月18日

これまで培ったものが生かしにくい環境に身を置いた時、そこからが人生の正念場だ

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(人生の正念場、乗り切るしかないですね)
私の兄の一人は今年59歳で来年60歳になりますが、勤務先が60歳定年のため、定年退職後は現在住んでいる賃貸の部屋を引き払い夫婦で実家に移り住む計画のようです。
兄はそのことに関してはいろいろ悩みがあるらしく、一番大きな悩みは次の仕事(=収入源)がないことのようです。
現在兄は本土のスーパーで正社員として働いていますが、私の実家は離島にあり産業といえば観光業、農業、漁業が主で多数の正社員を雇用している企業はないのが現状です。
もっとも安定している勤務先は役場や郵便局といった感じで、地方の田舎にありがちな構造です。

60代になる兄が実際に移り住んだ際、現実的に仕事に就こうと思ったら、観光シーズンであちこちでアルバイト募集が出た時に短期でアルバイトをするか、過去の仕事人経験を生かして地元のスーパーでパート従業員として働くか、そんな選択肢ぐらいしかないように思えます。
しかし、兄はこんなことを言っていました。
「たしかに、スーパーならこれまで培ったノウハウやスキルが直接生かせるかもしれない。でも、都市のスーパーと田舎のスーパーでは社内のしくみや仕事のやり方が大きく違うはずで、たぶん、田舎のスーパーの非効率的なやり方には耐えられないだろうから同様の仕事に就くことは現時点では一切考えていない」と。
とはいえ、現実的には他に仕事先の見当がつかないかぎり、選択肢としてはあるような気はしています。
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2018年05月15日

心を癒してくれる何かを持とう、それが自分を救ってくれるはずだ

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(郷里の私のお気に入りのスポット)
以前、郷里(鹿児島県最南端の島“ヨロン島”)に帰省した際、滞在を終えて現在暮らしている東京に戻るべく空港のロビーの椅子に座って搭乗便を待っていたら、後の席に座っていた旅人同士の会話が漏れ聞こえてきました。
会話主は二人でしたが、どうやらお互いこの島の旅で出会ったようでした。
この二人を仮にAさん、Bさんとしましょう。
AさんがBさんに聞きました。
「ヨロン島の旅はいかがでしたか?」
これに対しBさんはこう答えました。
「もう本当に最高でした!。きれいな海、真っ白い砂浜、豊かな自然、親切な島の人たち、美味しい食事、何もかも素晴らしくて心が癒されました」と。
続いてAさんが聞きました。
「お仕事は何をなさっているんですか?」と。
Bさんは答えました。
「メディア関係の仕事なんです。毎日が忙しくてストレスが溜まります。だから、今回のような旅をするとストレス発散になり病んだ心が癒されるんです。次は数ヶ月先の大型連休を楽しみにまた仕事を頑張ります」と。
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2018年05月14日

諦めずやり続け努力し続けていたら光れる時は必ずくる。自分を信じることが大切だ。

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(今はきついかもしれないが、あなたにも光れる時は必ずやってきます!。もっと自分を信じて下さい)
まったく畑違いの分野から料理人を目指して飲食の世界に飛び込んで4年ほどの歳月が過ぎました。
腕はなかなか上達せずいまだに下っ端で下働きばかり、自炊レベルでもこの料理には絶対自信があるというものもありません。
職場環境は厳しく、失敗やミスの繰り返しで怒られてばかり、「お前なんか首だ!」と言われることもしばしば。
落ち込むこともあれば、この仕事は自分に向いていないのではないかと思うこともありますが、ただ、自宅で自分のための料理を作っていると楽しかったり、充実感を感じるのできっと飲食の仕事は嫌ではなくむしろ好きなんだろうなと思います。

4年のキャリアがあるといってもこの世界(料理人の世界)ではまだまだひよっこみたいなものです。
中学卒業してこの世界に飛び込んだとか、調理専門学校卒業後に飲食の仕事に就いたとか、20代からこの仕事をしているというような人はざらにいて、20年、30年、40年ぐらいのキャリアを持つ人はたくさんいます。
私は現在老舗の日本料理店で働いていますが、50代の私が最年少で私以外は全員60代、料理人歴も30年、40年以上という人ばかりです。
こんな環境だから、私の仕事ぶり、動きは素人に見えるようで板長やベテラン板前たちからはいつも怒られています。
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2018年05月13日

他人の話は共感できたり参考になる時だけ聞け、批判・非難目的ならたんなる時間の無駄だ

浅草演芸ホール
(あなたの大切な人生時間、有効に使えていますか?)
私はこうやって自分でブログをやっていますが、他人のブログもテーマや内容に関心が持てるものがあればよく読んでいます。
ただ、読みにいったブログに付いている読者のコメントは真面目に読むことはほとんどありません。
関心があるのはそのブログの記事で書かれている内容であり、その作者の人物像とか考え方です。
だから、コメントの内容がブログ主を批判するものであったり、非難や誹謗中傷する類のものであればほとんど無視するし、逆にそういったコメントを書いた人には嫌悪感しか持ちません。
もちろん、批判コメントの中には理路整然としているものもないではありませんが、所詮コメントはコメント、コメント主がブログ主のような自分力(堂々と自分の考え方を述べ、自分独自の世界をつくる力)を持っているとは思えないからです。

私の仕事人歴も数十年という年月が経ちましたが、これまでの仕事人人生を振り返ってみた時、付き合いのあった仕事人たちで、「この人は仕事ができるな!」と感じた人たちにはある共通点がありました。
それは、一言でいうと、他人の話で共感できることがあればすぐのるし、参考になる部分があればそれを自分の中に上手に取り込んでいくということでした。
そういう人たちは、誰かを批判・非難したいがための批判・非難なんてしないし、もし批判することがあってもそれは批判することで自分の利益が見込めるような場合だけでした。
現在のようにツールさえあれば誰でもネットができる環境においては、例えば、ネット上で流れる世間のニュースや誰かの主張を引用して自分の意見とばかりにコメントすることが簡単にできますが、極論を言ってしまえば、それは暇つぶしであったり、自分のストレスのはけ口になるぐらいのものです。
一個人が政府の政策を批判する意見を述べたところでそれが政府の政策に反映されるわけでもないし、多くの人はその人の意見を読みもしないでしょう。
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2018年05月12日

競争社会では負けたら退くしかない。そこで潔く負けを認め気持ちを切り替えて次を目指せる人がチャンスを掴める。

8月11日抜けるような青空1
(人生において負けは成長の肥やしになる。負けたら気持ちを切り替えて次を目指すことが大切)
昨今は学校で成績の順位を付けないなどという私の学生時代からは考えられないような教育も行われているようですが、しかし、そういう学校生活を送っても学校を卒業して就職すれば厳しい競争社会が待っています。
会社に入れば、仕事遂行の能力・成果によって序列が決まり、収入等で差が出てきます。
大きな会社に会社に入社し、若いうちは多くの同期と苦楽を共有できても、そのうちだんだんとお互いの間に出世・収入面等で差が出始め、勝ち組はそれを誇りに思い、負け組は仕事以外に自分の世界を持つことで心のバランスを保とうとしたりします。
私は人間を勝ち負けで分けるのは好きではありませんが、ただ、競争社会では競争の場面になれば勝つ人と負ける人がいるのは当然でこれは認めるしかありません。

問題なのは、というか大事なことは、自分が負けた時はそれを潔く認め、気持ちを切り替えて次を目指せるかどうかです。
偉人伝を読むまでもなく、世の中には敗者が復活した例はいくらでもあり、逆に負けを経験したことでそれをバネにより一層自分に磨きをかけ以前より大活躍している人もたくさんいるということです。
私は潔く負けを認め気持ちを切り替えられる人をとてもかっこいいと思います。
一方で、自分の負けを認めたくがないゆえに自分の正当性ばかり主張していつまでもぐちぐち言っている人はかっこ悪いと思います。
極端な話、「いやぁ、あいつには負けたよ。こちらの力不足だった。気を取り直してまた頑張るよ」とからっと言える人は本音は別にしても見込みがあると思えますが、「あいつは卑怯なやり方をした。本当なら私のほうが力は上なのだから勝っていたはずだ。私はあいつの勝ちを認めないぞ」と負け惜しみばかり言う人は人生で同じことの繰り返しでしょうから見込みはありません。
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yoron at 09:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック