仕事人の叫び

2018年09月22日

自業自得、それはやっぱりその人の日頃の言動の結果だね

『二軒目』(目黒)瓶ビール、お通し
(他人の失敗を見て、「そりゃ、自業自得だな」と思うことありませんか?)
先日、職場の責任者が「私に現場の報告があがってこない!、現場は何やっているんだ!」と怒り気味で言っていました。
その人は、日頃から現場では細かいことまで口を出し厳しくあたる人でした。
この責任者の言葉を聞いて、私は“自業自得”という言葉を思い出しました。
自分で行った悪い言動の報いを自分で受けるという意味の言葉です。
現場のことにあれこれ口を出すこと自体は決して悪いことではないかもしれませんが、それによって結果的に現場が委縮してしまい責任者に報告しないことが多くなったとしたら、それはやっぱりその責任者の言動が悪かったということになります。

同じ口を出すのでも、現場の人たちが納得しどんどん報告してくれるようなコミュニケーションのし方をしていたら結果は違ったものになるでしょう。
かつて勤めた大企業で、現場たたきあげのある取締役がよく現場に顔を出していました。
ふつう、お偉いさんが現場に顔を出すと緊張するし内心迷惑に感じる人も多いものですが、その取締役は比較的歓迎されていました。
なぜかと言えば、第一声は現場の人たちを労い、そして口を出すのもさりげなく、そして現場の人と同じ目線で話したからです。
決して権力を笠に着たもの言いのし方をしませんでした。
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2018年09月21日

残念、弱い者イジメをして逃げの仕事人人生を歩む大人たち

8ed76aa8.jpg
(残念な人に出会ったら反面教師にしよう!)
私がまったく未経験の飲食業界に飛び込んで働き出してから、かれこれ5年程の歳月が過ぎました。
「料理人になろう!」と一大決心をしてこの道に進んだのが50歳が近づいてきた時でした。
挑戦といえば聞こえはいいのですが、ある面では無謀といえば無謀です。
長年の仕事人人生で培ってきたものをすべて捨ててゼロから再出発したのですから。
それはさておき、この5年の間に7社勤務先を経験しましたが、この業界がブラックと言われるゆえんがよくわかりました。
腕の立つ料理人になるんだ!とか、将来自分のお店を持つんだ!といった夢を抱いて頑張っている人もいるので業界全体をネガティブには言いたくありませんが、ただ、現場に身を置いていると残念なことを頻繁に経験します。

その一つに、弱い者イジメをして逃げの仕事人人生を歩む大人がけっこういることです。
忘れもしません、それは私が最初に飲食の仕事を経験した時の出来事でした。
希望を胸に飛び込んだ職場で責任者から言われたことはこういったことでした。
「大学まで卒業していながら、いろんな良さそうな会社勤めまでしていながら、よくまぁこんな最低の業界にきたもんだな」、「大学までいかせてやった両親は、お前がこんな仕事に就いていると聞いたらきっと泣くぞ」、「大学まで卒業していながらこんなこともできないなんてお前は余程のバカなんだな」と。
その責任者は、「俺の最終学歴は中卒だ」が口グセでした。
私より年長だったその責任者がどういう仕事人人生を歩んできたのか知る由もありませんでしたが、コンプレックスの塊のような人だったような気がします。
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2018年09月20日

名刺を持たない仕事人人生は本当に楽でいいね!

8月11日抜けるような青空1
(名刺を持たなくなってわかったことがあった)
私は2013年5月から今日までの約5年間、名刺を持たずに仕事をしています。
それ以前は会社側から自動的に支給されていたので持っていました。
2013年5月以降に就いている仕事は飲食店の厨房の仕事で、職場の責任者以外は名刺を誰かに渡す機会もありません。
また、飲食業界で働き出してからは一度だけ正社員として働きましたが、あとはすべてパートもしくはアルバイト勤務なので名刺はまったく不要でした。
そんなわけで仕事上の名刺は持っていません。
ただ、プライベートでは趣味の活動用として作ったのがあります。

かつて、どこかの組織の一員として名刺を配っていた頃は、どこか誇らしいところがあったり、安心感があったり、その組織の一員としての責任感みたいなものがありましたが、正直なところ、現在はそういったものはまったくありません。
現在はひたすら与えられた仕事を淡々とやり、気にするのは自分の腕を磨くことのみ。
現在の仕事は外部のお客さん(飲食店の来店客)と直接接することがほとんどないので、「私はこういう者です!。以後お見知りおきを!」と自分をアピールする必要も機会もありません。

名刺を持っていた状態からまったく持たない状態で仕事に就いた最初の時は多少違和感があったし、プライベートで友人・知人から名刺を求められ渡せなかった時はやや卑屈な気持ちもありました。
しかし、今は、「名刺を持たない仕事人人生は本当に楽でいいね!」というのが率直な気持ちです。
たまに、大手企業を定年退職した人などに出会うと過去の栄光話を聞かされることがありますが、それはその人が在職中でその会社の名刺を持っていた頃なら説得力もあったでしょうが、辞めてしまった後では「だって、あなた、今はただの(その会社とは関係ない)人でしょ」と思うだけです。
やっぱり、一個人、仕事人としての魅力とか力は所属する組織とは関係ないんでしょうね。
あなたは今自分が持っている(持たされている)名刺についてどういう思いがありますか?

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2018年09月18日

ワークライフバランス?、心のバランスがとれていればいいだけだと思う。

『駿』(新橋)ボウリング大会(全体風景)
(どんなスタイルであろうが人生が充実していればその生き方は間違っていないと思う)
いつの頃からか流行語になったような“ワークライフバランス”という言葉。
この言葉が出てきた背景には、日本人は働き過ぎ、結果、自分の私生活、家庭、健康等に悪影響を与えている、仕事以外何もできない、みたいなネガティブなイメージがあったからなんだろうと思いますが、この言葉一つとっても言葉が一人歩きしまうということはよくありがちです。
この言葉を正しく使うならば、本当に働き過ぎて他に悪影響を与えている人向けに使うべきでしょう。
真面目に仕事しているわけでもなく、成果らしい成果も出せず就業時間中はダラダラ過ごし、就業時間が終わってから残業代稼ぎのために夜遅くまで居残っている人に対しこの言葉を使っても意味がありません。
こういう人に対し言うべきなのは、「就業時間中はしっかり働いて、仕事が終わったらさっさと帰れ」ということでしょうか。

自ら起業して面白そうに楽しそうに仕事をしている人を例に出すまでもなく、仕事が好きという人は世の中にたくさんいます。
自らの意思で一日の大半を仕事時間に充てている人もいます。
一方で逆の人もたくさんいます。
仕事が嫌で嫌でしょうがないにも関わらず、周囲の視線が気になって何となく居残り残業をしていたり長時間労働に付き合っている人もいます。
中には、過酷な労働を強いる経営者や上司のもとで不本意な仕事のし方をしている人もいるでしょう。
いずれにしても、仕事が人生のすべてというわけではないし、あるいは仕事を人生のすべてにしてもいいし、それは自分が決めることです。
奴隷制度のある国ではないのですから、仕事、仕事のし方は自分でしっかり決めるべきです。
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2018年09月17日

経験の蓄積がないうちは、一切反論などせずに学びを増やすことが賢明

早朝の風景(秋葉原)
(相手に反論して何かいいことありましたか?)
自分の意に反することを言われたり、やらされたりすると、ムッとして反発したり、拒否したくなるのは人間の自然な感情です。
本来なら他人がやるべきことをその人がやらないばかりに自分がやるはめになったという経験をした仕事人も多いはずですが、こういう時って、上司命令でしぶしぶやりつつも、内心では「どうして私がやんなきゃならないのよ!、まったくもう」なんて腹が立ってしょうがないですよね。
中には、「おっ、チャンスが回ってきた!」というふうに前向きにとらえられるすごい人もいるのでしょうけれど。
年輩者の中には、自分の意に反することを言われたり、やらされようとした時にあからさまに抵抗する人もいます。
こういう人たちはなぜそういうことができるのか(そういうことをするのか)といえば、それまでいろんな人生経験を積み重ねているので、抵抗することのメリット・デメリットをちゃんと自分の中で考えることができているからです。

これはあくまでも私個人の経験を踏まえて言うのですが、“経験の蓄積がないうちは、一切反論などせずに学びを増やすことが賢明”なのかなと、年齢に関わらず。
ある分野(仕事)でのノウハウやスキルを増やそうとする際、経験もないうちから経験者の言うことや指示することに対しあれこれ反論していたら、相手はその人と付き合いたいと思わなくなり、その結果その人は相手から何も教えてもらえなくなるでしょう。
相手だって、その人がその分野(仕事)において十分なノウハウ・スキルを有しているとみれば反論も真剣に受け止めてくれるかもしれません。
逆に大したノウハウ・スキルもないのに口では偉そうなことを言うと判断すれば、この人と付き合うのは面倒だと見放してしまうでしょう。
世の中にはたくさんの分野(仕事)に関するコンサルタントが存在しますが、自分で得意とアピールしている分野(仕事)でも、その分野(仕事)を専門としている人からみれば、「この人はよくわかっているな、利用のしがいがある」というコンサルタントもいれば、「この人は何もわかっていないな、利用する価値はない」というコンサルタントもいます。
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2018年09月16日

意見を言うのは自由だが、意見の付け方は慎重であれ

気持よさそうな猫
(口は禍の元?、あなたが正しいと思い込んで言った意見が、、、)
言論の自由という言い方をするまでもなく、意見を述べるのは個人の自由です。
個人の意見が求められる場面などでは大いに意見を述べたほうがいいでしょう。
ただ、これは私のこれまでの人生経験も踏まえた上での考え方ですが、意見の付け方は慎重であったほうがいいと思います。
特に誰か(相手)に意見を求められているわけでもないのに、「いっちょ、私の意見でもいってやるか」みたいに自分勝手に判断して言う時は、この慎重さを持ちえていないと他人(相手)の心証を悪くする危険性があります。
例えば、AさんとBさんが二人だけの意見交換を楽しんでいるところに、両者が望んでもいないのにCさんという第三者が割り込んで、「面白そうだから私にも意見言わせろや」と勝手に意見を言い出したら、Aさん、Bさんはどう思うでしょうか。
表向きは「どうぞどうぞ」なんて歓迎するふりをしながら、本音では「邪魔なやつだ」と思い、次回からは極力Cさんに気付かれないように意見交換をしようとするかもしれません。

私自身、かつてはCさんのような行動をすることがよくありました。
そういう行動が自分の中で当たり前の感覚になってしまうと、何かにつけ勝手に意見を言わなきゃ気がすまなくなります。
意見でも相手から歓迎される意見ならまだしも、勝手に首を突っ込んでおきながら自分の意見を押し付けようとすれば相手から嫌われるのは当然です。
こういうブログは、不特定多数の読者を意識しつつそれこそ言いたい放題で自分の考えを述べているにすぎず、ある意味個人が世の中に情報を発信している個人情報誌のようなものです。
私が発信する個々の情報に対し、意見を述べたり、コメントを付けたり、指摘したりするのは読者の自由です。
また、それらが自由にできるようにサイトの機能設定もしています。
しかし、なんでもかんでも自由にできるようにしているわけではなく、まったく無関係な内容のコメント(特定サイトへの誘導を目的とした宣伝等)や私個人を誹謗中傷するようなコメントの類は受け付けない設定にしています。

人間関係においては意見のやりとりは日常的にありうるものです。
それによってお互いの信頼関係が深まったりします。
一方で意見のやりとり次第ではお互いに傷を付け合い関係が離反してしまうこともあります。
一般論ですが、欧米社会では議論の場でお互い違う意見をがんがんに言い合っても、議論が終われば握手して仲良くできるなんてことも言われます。
では、日本社会で同じことができるかといえば、それはケースバイケースといったところでしょうか。
欧米的な価値観を持った人同士であれば問題ないかもしれませんが、一方あるいは両者が異なった価値観の持ち主であれば、ちょっとした意見の食い違いが相手敵視につながったりしかねません。
このようにいろんなケースが考えられるので、意見の付け方は慎重であるほうが賢明というのが私の考え方です。
仕事の現場は、いろんな人のいろんな思惑が交錯する場、たまたま口から出た意見が思わぬ影響を与えたりするものです。
「思っていることは言わなきゃ相手にわかってもらえないでしょ?」というのはもっともな意見ではありますが、実際に口にする際にはそれなりに考えて発したほうがいいのではないかと思うわけです。

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2018年09月15日

自社だけでなく他社でも通用するノウハウ・スキルを身につけよう

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(あなたが今の仕事で得たノウハウ・スキルは世間で通用するものですか?)
目的意識を持たず、毎朝会社に行って自分の机に座り与えられた仕事だけをやっていると、世間でまったく通用しない仕事人になってしまう危険性があるので要注意です。
なぜならば、与えられている仕事が世間でも十分通用するような仕事だったらいいでしょうが、もしそうではなくその会社でしか通用しない、言ってみれば付加価値の低い仕事だったならば、その人はその会社に居続けないかぎり損をする仕事人になってしまいかねません。
極端な例ですが、例えば、入社以来毎日大量のコピーを取るのが主な仕事だったとしましょう。
そして、その仕事はいろんな人に頼まれるまま受動的に対応していたとします。
そりゃ、頼むほうは自分がそのような付加価値の低い仕事をする必要がないのだから楽でしょうし、嬉しいかもしれません。
でも、頼まれたほうは、言わずもがなです。

仮に、大学卒業してその会社に入社しその仕事を10年間続けたとしましょう。
その会社に22歳の時に入社していれば、10年後は32歳になります。
世間でいえば30代というのは中堅あるいはベテランとみなされ即戦力を期待される世代です。
その人がもし転職を決意し転職活動をしたらそのことを嫌というほど思い知らされるはずです。
過去の経歴はその人のせいではなくても、コピー取り10年という業務経歴を買ってくれる会社はどこにもないでしょう。
黙々と文句も言わず自分の仕事に専念した姿勢を評価してくれる人もいるかもしれませんが、相手が求めているのが募集職におけるノウハウやスキルなのであれば残念ながら採用には至りません。
この人は自分が勤めていた会社では何かしら貢献していたのでしょうが、その経験は社外では通用しなかったということです。
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yoron at 08:20|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2018年09月14日

その仕事で「何を得たいのか」を明確にしたほうがいい、でないと愚痴や不平不満が多くなる。

父と牛
(なぜあなたは愚痴や不平不満を言うのですか?、よくないとわかっていながら)
私は現在ある飲食店でパートタイマーとして働いています。
労働時間が短いというのもありますが、労働条件はあまりよくありません。
労働時間✕時給=収入という以外は何の保障もないので、社会保険等は全部自己負担しなければなりません。
これだけ聞くと、「そんな労働条件の悪いところでは働かないほうがいいのでは?」と言う人もいるかもしれませんが、実は私にとってはあえてこのお店で働くメリットもあるのです。
料理人という仕事に関わりながら料理をまともに作れない私に、料理を作る機会を与えてくれきちんと教えてくれる人がいるので自分の成長に役立つのです。
これだけでもこのお店で働く意義があります。

かつては、仕事(会社)を選ぶ上では、その仕事で「何を得たいのか」をそれほど明確にせず、給料(賞与)はどうか、福利厚生はどうか、休日はどうか、社風はどうか、といったような諸々のことを総合的に考えて決めていました。
これまでのたくさんの転職経験を通して気付いたのですが、「何を得たいのか」が明確になれなばなるほど他の要素は二の次三の次になるんですよね。
例えば、極端な話、世間ではブラック企業と噂されていても、そこでしか自分が得たいものが得られなければそんなことはどうでもよくなるんです。
で、そこまで自分の中で「何を得たいのか」を明確にして仕事を選ぶことができた人はかなりの実力を持った仕事人になれます。
職人の世界に身を置いているとそのことを強く実感します。

自分の仕事で「何を得たいのか」が明確になっていない人と話していてよく感じるのは、愚痴や不平不満が多いということです。
会社の悪口、上司や同僚の悪口、自分の評価が低いのは納得できないという不平不満、正しいはずの自分の言動が受け入れられないという不平不満、等々。
世間的には安定企業、優良企業と見られているような企業(組織)で働いている人の中にもそういう人はたくさんいます。
私はかつては現在の勤務先とは比べものにならないほど待遇的には恵まれた大企業で正社員として働いていましたが、その当時のほうが愚痴や不平不満が多かったですね。
今のあなたはいかがですか?
もし、愚痴や不平不満をこぼずことが多いと自覚していてそんな自分を改めてたいと思っているなら、まずは、仕事で「何を得たいのか」を明確にすることが大事です。
明確になった途端、あーら不思議、あなたの口から出ていた愚痴や不平不満がどんどん減っていくでしょう。

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2018年09月11日

上辺だけの言葉に気をつけろ、職場では誰でもが鎧を身につけている。

新宿歌舞伎町一番街
(あなたの近くの同僚のこと、どれぐらいわかっていますか?)
ある職場で働いていた時のこと、その職場にはお局的存在の中年女性がいました。
勤務年数が一番長く、後からその職場に入ってきた人はその人の顔色を伺いながら仕事をする風潮がありました。
こういう風潮というのは、私の経験からいえばいろんな会社にありますね。
肩書上は上司にあたる人でもそういうお局的な人にはペコペコしご機嫌を取りながら仕事をするみたいな。
特に同性だと気を使うのが半端ないという。
そのお局的存在の女性が、ある時人事異動で他の事業所へ移ることになりました。
その時は、他の女性たちは口々に言いました。
「いやぁ、XXさんがいなくなったらこの職場は大変です!。戦力の大幅ダウンです!。他の誰もXXさんの仕事やれないんですよねー!」なんてね。

周囲の人たちから散々こう言われたこのXXさんは、「そんなことないわよ〜。私がいなくなっても仕事はちゃんと回るから安心して〜」などと返しつつ、表情は勝ち誇ったような感じで、「そうよ、この職場は私で回っていたのよ。今頃私の実力に気付いたの」なーんて語っているようでした。
ところが、彼女がいなくなった翌日から職場ではほとんど彼女の話題はなくなり、仕事も通常通り回っていきました。
いや、変に気を使わなきゃいけない人がいなくなった分仕事がスムーズに回るようになったといったほうがいいかもしれません。
ずばり言いますが、組織というところは構成員一人がいなくなったところで仕事が止まるということはありません。
いなくなればいなくなったでいろんな方法でその穴は埋められていくのです。
だから、去る側は「私がいなくなったらこれまで私がやっていた仕事は誰がやるのだろう」などと余計な心配をすることは一切必要ありません。
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2018年09月10日

“辞める”のを躊躇する気持ちはわかるけど、嫌な仕事なら辞めたほうがいいと思う。

赤羽駅構内
(あなたは今、どんな気持ちで仕事に臨んでいますか?)
『石の上にも三年』ということわざもありますが、たしかに、一つの仕事をするにおいてある程度の年月関わったほうが力がつくのはたしかです。
それに、転職活動の際に、過去の転職回数が多いと一般的に不利になるのもたしかです。
そのことはわかった上であえて言いたいのは、今やっている仕事が嫌で嫌でしょうがないという精神状況にあるなら辞めたほうがいいということです。
人それぞれいろんな事情があるでしょうから、「さっさと辞めたほうがいい」というふうに軽くは言いませんが、ただ、嫌な思いをしながら仕事を続けていると精神的健全さを失っていく危険性があり、最悪心を病んでしまう可能性もあるでしょう。

私は現在54歳ですが、転職経験はけっこうあります。
現在の勤務先を入れると勤務経験のある会社数は13社に及びます。
5社までは正社員待遇や勤務年数にこだわっている面もありましたが、一大決心をして大胆にキャリアチェンジをしてからはそういったものにあまりこだわらなくなり、ある勤務先で自分が達成したいと思っていた事柄について自分の中で達成したと思ったら、次のステップに進むためその勤務先は辞めて転職するという仕事人人生を歩んできました。
6社目以降の勤務年数についていえば、1年2ヶ月、1年、4ヶ月、4ヶ月、10ヶ月、6ヶ月、10ヶ月(現在の勤務先)といった感じです。
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