長年の習慣は簡単には変えにくいが、変えられないわけではない『半沢直樹』人気にみるサラリーマン心理

2020年09月21日

自分の“死”を待つということ

お墓7
(いずれは誰にでもやってくる“死”、どんなふうにその時を迎えたいですか?)
最近、メンバーになっているSNSで、私が「年とともに時の流れの早さを身にしみて感じる。年を重ねるというのはこういうことなんだろうな。私より上の世代の人たちはもっとそう感じるのではないだろうか」といった趣旨の発言をしたところ、今は無職暮らしをしている元上司の70代の男性がこんなコメントをくれました。
「50代、60代の若い人と違い、そういう思いはない。今は、人生の残り時間を意識し引き算しながら生きている。来年も今年と同じように迎えられるだろうかといった感じで」というような趣旨の。
おそらく、現役仕事人を引退し、特に没頭できるようなライフワークを持っていない人にとっては、毎朝起きて、何となくいろいろやりつつも夜を迎えて就寝し、再び翌朝を迎えるような日々を送りつつ年をとっていくは憂鬱なものかもしれません。

私が生涯現役(仕事人)を目指しているのはそういう人生を送りたくないからです。
91歳で没した父は、ずっと農業を営み死ぬ直前まで野良作業をしていました。
一緒に暮らしていた家族には、日頃から「私が死ぬ時は、畑仕事の最中に死んだと他人には伝えてくれ」と言っていたそうです。
これは私の想像ですが、晩年の父は、老いていく中で自分の死期が近いことを感じつつ、憂鬱な気分を吹っ切るためにも従来通りの仕事に時間を費やしていたんだと思います。
この気持ちは何となくわかります。
私は、現在東京都内の賃貸マンションで一人暮らしをしていますが、70代、80代で仕事もなく、特にこれといってやることもなく、自宅にひきこもる時間が長い生活をしていたら、年々自分の“死”が近づくことを恐れ、憂鬱な日々を送ることになるでしょう。

最近はすっかりご無沙汰していますが(特にコロナ以降は)、近所に行きつけの居酒屋があります。
そのお店は地元の常連客が大半を占めているのですが、特徴的なのは高齢者が多いことです。
自営業を営んでいる人や年金生活者が多い感じでしょうか。
そして、お客さんの中には、相方と既に死に別れて現在は一人暮らしをしているとか、ずっと独身で一人暮らしをしているとか(私もそう)、そういう人もいます。
そういう人たちにとっては、気が滅入りがちなひきこもり生活をなるべくしないために、近くに他人と会話(交流)しながら飲めるお店があるというのはとてもありがたいのでしょう。
「私はもうすぐ死ぬのか」と自宅で一人で悶々と思っているのと比べ、他人の前で「私はもうすぐ死ぬかも」と言いながら酒談義ができればずいぶん気が楽です。
私は50代から自分なりの終活に取り組んでいますが、それはある程度の心のゆとりをもって自分の“死”を待ちたいからです。
あなたは、自分の“死”についてどんな思いをもっていますか?

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yoron at 06:01│Comments(0)人間バンザイ! 

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