採用絡みで人を紹介する時は慎重であれなかなか再就職できない中高年の特徴、プライドが高過ぎるのだ

2019年11月13日

働き過ぎは本当に悪か?、世の風潮を疑え

お茶の水駅の風景
(働き過ぎはそんなに悪いことですか?)
私は、現在非正規社員のパートタイムでの仕事をしていますが、一つの仕事では収入が少なく生活ができないので二つの仕事を掛け持ちしています。
その結果、二つの仕事の定休日がズレている関係でほぼ毎日仕事の状態で、終日の休みが取れるのはGW、夏季、年末年始などの大型連休時に両方の仕事の休みが重なった時だけです。
他人にこの話をすると、「お前、働き過ぎだよ」と言われることがしばしばあります。
特に、土日と祝祭日が完全休日な上に大型連休もしっかりあり、かつあまり残業もしていないような大企業勤務の知り合いなどはそんなことをよく言います。
かつての私なら今の自分に対して同様のことを言うかもしれません、「休みがほとんどないなんて明らかに働き過ぎだな」と。

しかし、今の私の考え方は違います。
「本人が苦痛でなければ、好きでやっているのなら別に構わないのでは」と。
今の世の中の風潮としては、“働き方改革”だとか“ワークライフバランス”といった言葉に代表されるように、いかにも働き過ぎは悪と決め付ける傾向があります。
そりゃ、本人の働き過ぎによって体を壊したり、家族や他人に迷惑をかけるような事態になっているのであれば働き方を変えたほうがいいでしょう。
本人ではどうしても変えられいのであれば周囲が助けてあげることも必要かもしれません。
でもね、多くの場合、本当のところは、自分が働き過ぎていてそれが問題になっているのであれば自分で働き方を変えるのはできるんです。
勤務先の会社が無理を強いてそれを苦痛に感じているなら、それを改善してくれるよう会社に訴えるか、それができないならその会社を辞めてしまえばいいのです。


これは私自身の仕事人人生を通して感じていることですが、仕事人は働き過ぎているぐらいの時がもっとも成長しているんですよね。
終電近くまで働き続けた、徹夜して頑張った、休日出勤して働いた、そんな経験を通して多くのものを身につけた人も多いのではないでしょうか。
「時間内に効率よく仕事を終えるほうが生産性が高い」などとかっこいいことをよく言う人がいますが(ロジカルシンキング好きな人に多い)、それは“ダラダラ長時間働くのに比べたら”という前提があっての話です。
効率よく仕事ができる人が長時間働けば成果はたくさん出せるし、その人が身につけられるものはより多くなります。
かつて仕事で付き合いのあった優秀な経営コンサルタントは、その人の勤務先での就業時間はそれほど長くなくてもプライベートタイムでは仕事での成果を出すためにむちゃくちゃ勉強している人でした。
もし勉強時間も仕事の延長とみなすなら、この人はかなり長時間仕事をしていたことになるでしょう。

現在の私の働き方は現象だけみれば一見働き過ぎのようにみえるかもしれませんが、実は、現在の働き方をする上で私はいろんなものを取捨選択したので仕事上の苦痛はほとんどないのです。
例えば、長年続けた満員電車での通勤が苦痛だったので、仕事先を徒歩圏内で選ぶことによりこの苦痛から解放されました。
また、飲食が好きだったのでそれをそのまま仕事にしたことにより純粋に仕事が楽しめています。
他にもスーツ通勤ではなく私服通勤なのもリラックスできるし、二つの仕事の間には数時間の自由時間があるのでこの間にゆっくり眠れるのは嬉しいかぎりです。
これは私が自ら望んで選んだスタイルなのであまりストレスを感じることもなく、それゆえか働き過ぎ感はほとんどありません。
人が望んで、夢中になって、面白がって働いているのを「働き過ぎなので改めよ!」なんて他人が言うのは余計なお世話だと思いませんか?
少なくとも、私は、本来自分が主体的に決める(選ぶ)べき働き方を他人がとやかく言う今の風潮を変だと思っています。
あなたはどう思いますか?

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yoron at 14:03│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

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