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2019年09月29日

「降りてゆく生き方」と「落ちてゆく生き方」はまったく違うものだ

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(長い人生、いつかは降りてゆく生き方で幸せになりたいものですね)
数年前に武田鉄矢さん主演の映画『降りてゆく生き方』を観てとても共感したことがありました。
ストーリーは、競争社会で生きていた主人公がその生き方を辞め、自分の生きがいを求めて違う生き方をするというものです。
そこには、競争で負け敗北感を感じながら落ちぶれてゆくといった惨めな姿ではなく、自分らしさを求めてそしてとうとう自分が活躍できる場に出会えたことで生き生きした表情を取り戻していく姿がありました。
この映画が直接のきっかけになったというわけではないのですが、私も40代の頃に降りてゆく生き方を選択し今日にいたっています。
自らの意思で選んだ生き方ゆえか、今は「私は幸せです」と心から言えます。

世の中には、自分の思惑がはずれてそれまでとは違う環境に身を置くことになった時、その環境が以前より悪ければ悪いほど、自分は落ちぶれてしまったと嘆き、自分は負け犬だと自身の人生を哀れむ人がいます。
そして、生活習慣までが自分をより堕落させるものになってしまう人もいます。
例えば、それまで年収1,000万円だった人が人事異動で降格して年収700万円になったとか、大企業を定年で退職し中小企業に再就職したら年収が300万円だったとか、あるいはそれまで本部長という肩書で何人もの部下がいたのにポストをぱずれたら部下がいなくなったとか、本社(本部)勤務だったのに上司から嫌われて地方へ左遷させられたとか、そしてその状況を嘆くとか。
定年が近づいてきて、役職もはずれ、仕事も減り、会社から期待もされなくなったので毎晩仕事帰りに飲み歩いているとか。
こういうのは、私に言わせると明らかに「落ちてゆく生き方」です。


いつだったか、郷里の実家に帰省した際、兄弟姉妹や親族の人から、「大学出て大きな会社に就職したのに、今じゃ名もない会社に入ってしかも給料が激落ちだなんて、あなたもずいぶん落ちぶれたものね」と言われたことがありました。
私は自分では降りてゆく生き方を実践しただけと思っていたのでこの言葉は適当に聞き流しましたが、内心、「そういう考え方しかできないあなたたちはずいぶん心が貧しいね」と思ったものでした。
私ぐらいの年齢(50代)になると、友人や知人の中には大企業の役員になっていたり、中小企業の社長になっているような人たちもそこそこいます。
そういった人たちならば、私の兄弟姉妹や親族たちは、「いやぁ、ご立派になられて!」なんて言うんでしょうね、きっと。

でもね、私は知っているんです。
その人の仕事人人生で頂点まで行き着いてしまった人がそこから降りるのに苦労していることを。
「いやぁ、すごいですねぇ、XX社の常務ですかぁ」などと周囲から羨望の眼差しで見られ続けていた人が、ある日を境に無職の一般人になったらそりゃ心折れますよね。
世間の人は現金なもので、自分たちと立場が同等の人が過去の栄光話(例えば、かつてXX社の常務だった)をしてみたところで、「あー、そうですか」と聞き流すだけで、人によっては、「この人、自慢話ばかりして嫌な性格だな」と悪く受け取ってしまいます。
そうならないためには、日頃から「降りてゆく生き方」を実践するか、将来自分が今の立場から降りてゆく時の姿を想像しながら生きていくことが大事かなと思います。
私自身の経験からいえば、過去の思考に慣れてしまった人ほどこれってなかなか難しいんですよね。
さて、あなたは今の仕事の延長線にいない自分の姿を想像できますか?

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yoron at 08:21│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

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