2017年07月31日

資産なく無職無収入の身の上は辛い。できるだけ収入の道を確保し、身の丈に合った生活を心掛けることが賢明だ

貧すれば鈍す』ということわざがあります。
貧乏をすると日々の生活のことばかり考えるようになるから、人は知恵や頭の回転が衰えてしまい賢い人でも愚かになる、暮しが貧しくなれば心までも貧しくなるものだという意味です。
金銭的貧乏人が愚かな人ばかりだとは思わないものの(世の中には金銭に重きを置かずそれ以外のことに価値を見出して生きている人もいるので)、金銭的収入によって現実的に生きていかなければならない世の中においては、貧乏になるとどうしても日々の生活のことを考えざるをえないのはたしかです。
実際、私は今金銭的貧乏状態にあり、生活費を何とかしなきゃならないためダブルワーク(アルバイト)をしています。
50代でダブルワークを始めたと言うと、「健康を害しては元も子もないから無理しないほうがいいよ」だの、「ハードな仕事なら仕事を変えたほうがいいよ」だのとありきたりなことを言ってくる人がいます。
もちろんその人たちに悪気がないのはわかっているのですが、そういう人たちはそういう状況になったことがないから私のような立場の人の気持ちがわからないんだろうなと思うのです。

誰だって自分の健康が大事なのはわかっていることです。
多くの人はできることなら自分に負荷がかかり過ぎないような仕事をして十分な収入を得たいと願うことでしょう。
でもね、現実的にお金を払わなければならない状況の時に手元にお金がなかったらどうしますか?
浮浪者になってもいいやと割り切りますか?
現在住んでいる地を離れ生活費があまりかからないような地に移住しますか?
高齢などで仕事の選択肢が少ないのにどうやって理想の仕事を選ぶんですか?
見つかるまで仕事探しを続けますか?
仕事を選んだほうがいいよと言う人はそのような仕事を紹介してくれますか?
結局、自分をどうにかするのは自分しかできないし、頭ではわかっていても現実の前で不本意ながらやらざるをえない場面・事柄もあるわけです。


仕事人を応援するブログで今回はやや暗めの記事ではありますが、ただ、理想や正論も大事なれど、自分が現実に直面した時にそれとどう向き合うかはもっと大事だということを言いたいのです。
今後の日本社会を考える時、高齢者がどんどん増え、それに合わせて貧困に陥る高齢者も増えることを想像すると気持ちがややブルーになります。
何せ、これは何も他人事ではなく“明日は我が身”、いや、“今日の我が身”だからです。
老後の貧困について書かれたサイトに以下のようなことが書かれていました。

“(中略)65歳時点で3000万円の貯蓄があっても、長生きすると貯蓄が尽きた時点で生活保護水準以下の「老後貧乏」「下流老人」「老後破綻」の状態になるのは確実なのです。”
<出典:Business Journal http://biz-journal.jp/2015/07/post_10749.html

“(厳しい高齢者の現実の例)
77歳男性、1人暮らし、年金を納めていないので収入なし、貯金を切り崩して生活中
80歳男性、1人暮らし、年金10万円、家賃は7万円、食費1万
80歳男性、無料低額宿泊所暮らし、年金3万円、3食付だが生活保護費でほぼ支払い
67歳男性、1人暮らし、年金8万円、夜間警備職で時給850円
60代男性、妻子あり、年金と給与合わせて12万円、週に数回アルバイト”
<出典:年金老後.com http://年金老後.com/oldage/poor-elderly/

私はこれまで9回転職していますが、転職の際、次の就職先が決まるまで無職無収入の期間を経験しています。
無職だった期間を通算すると4年以上になります。
無職無収入になると心理的に不安になるとよく言われますが、実は40代まではそれほど不安はなかったんです。
私は30代まではわりと手堅く貯金していたのでそこそこ貯金があったし、辞めた会社によっては希望退職制度で割増金を出してくれるところもあったのでそれも貯金残高を増やしてくれました。
それに40代前半までは希望職で転職する自信もあったので、会社を辞めた後は、解放感に浸り、自由の身を謳歌していました。
定年後に自分への褒美として好きなこと(趣味等)に時間を使いたいという人も多いでしょうが、私の場合は、金回りがよかった若い頃にそれをやった感じです。
旅好きなわけではありませんが、個人主催のオフ会を通して全国各地に出掛け遊び回りました。
交通費、宿泊費、遊興費、いったいいくらつぎ込んだか。
その当時の記録はこちら
好きだったお酒の趣味が昂じて、東京都内の酒場を飲み歩くなんてこともやりました。
その当時の記録はこちら

こういう生活をしていた結果、今は貧乏生活をしています(笑)。
イソップ童話のアリとキリギリスの関係で言えば、キリギリスのようなものでしょうか。
まぁ、やりたいことをやり切ったという点では「若い時にあれをやっておけばよかった」みたいな後悔はないですけどね。
これまでの人生に後悔はないものの、今は生きるために額に汗して働く運命にあります。
昨年は半年間無職無収入の期間がありました。
貯蓄がかなり減ってきている状況下での無職無収入は正直辛かったですね。
日本年金機構から時々将来の受取年金額の予想が記載されたねんきん定期便が届きます。
これを見る限り年金だけでは生活できないことが明々白々なので、仕事で不足分を補うしかないなと思っています。

それに、年金受給対象の高齢者が増えれば増えるほど現状の年金制度は維持が困難になるでしょうから、何とか維持するために受給年齢を引き上げたり、受給金額を引き下げる施策が採られるのは可能性としては予想できます。
そういう予想をするにつけ、50代の今はまさに頑張り時だなとつくづく思います。
会社などの組織で定年がある場合、そこでその組織を去ってもその後の余命を考えたらそうとう長い人生が待っています。
人生の後半は加齢とともの体力、記憶力が落ち、病気のリスクも増えるでしょうから、若い頃よりも「資産なく無職無収入の身の上」はもっと辛いはずです。
武士は食わねど高楊枝』(意味:武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。 武士の清貧や体面を重んじる気風をいう。 また、やせがまんすることにもいう)ということわざはありますが、時代劇を見ると、生活に窮した武士は、破れ傘の修繕を請け負うなどの内職をしたり、どこかの用心棒をしたり、大事な刀を質に入れたりと、いろんな方法で収入を得ています。
やっぱり、資産なく無職無収入の状態は最悪の状況で、生活の維持を考えるなら、できるだけ収入の道を確保し、身の丈に合った生活を心掛けることが賢明だと思う次第です。

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yoron at 10:44│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

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