2017年06月13日

現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいい

雪に覆われた嵐渓荘1
(目の前の現実・・・)
『武士は食わねど高楊枝』ということわざがあります。
武士は貧しくて食事ができなくても、人前ではあたかも食べたかのように楊枝を使って見せるということで、 武士の清貧や体面を重んじる気風をいい、また、やせがまんすることにもいいます。
精神論的には立派でも、時代劇では、本業では食えないから破れ傘の修理を請け負う内職をしているシーンがあったり、どこかの用心棒をやっていたりするシーンがよく登場します。
むしろ、こういうシーンが出てくるほうが共感はできますね。
人間は仙人じゃあるまいし霞を食って生きられるわけではないので、何としてでも食べ物にありつく必要があります。
理想というか現実的には、生活できるだけの収入を確保できる仕事があり、住む場所があり、着る衣服があり、、、よく言われる衣食住が満たされることが大事ですね。

私が以前働いた飲食店には、若い頃から舞台女優を志し、飲食店の仕事のかたわらで劇団に所属して活動している女性がいました。
ただ、聞いたところによれば、何年もやっているのに出番が少なくマイナーな役割しかないのだとか。
飲食店にはわりとこういう人って多いんですよね、他にやりたいことがありつつ収入を得るために働いているみたいな。
で、そんな彼女も30代が間近に迫り悩んでいました。
これまで飲食の仕事しかしたことがないので他の仕事へ転職できる自信もなく、かといって、このまま自分の目指す分野で芽を出すことができなければどこかで断念せざるをえなくなるが、その後の人生をどうするか、本人にとっては深い悩みのようでした。
周囲の人はいろいろ言っているようでしたが、人の悩みというのは他人にはわかりにくい面もあるもの。

日頃人生について真剣に考えている人ほど彼女の悩みは自分自身にも当てはまると思うでしょう。
同じような局面を経験した人にとっては身につまされるかもしれません。
私自身、頭の中ではいろんな構想がありながらも、現実の生活を営むために現実世界の中で現実的選択をしながら生きています。
何せお金が天から降ってくるわけでも、誰か善意の人が私の衣食住の面倒を見てくれるわけでもありませんからね。
他人は、言葉を口に出すのはタダだから何でも言ってきますが、自分が生きる道は自分で決めそれを自分で実行するしかありません。
若い頃は、自分の実力や可能性を過大に思い込んで輝く自分の姿を妄想していたこともありますが、さすがに50代にもなると常に頭の中には現実的選択肢があります。
夢を抱くことはもちろん大事なことではありますが(自分のモチベーションも上がるし)、現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいいと一オジサンは思うのであります。

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yoron at 05:46│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

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