2007年08月27日

“負ける”経験ってすんごく大事

人間を勝ち組だとか負け組に単純に分けるのはあまり好きではありませんが、ただ、競争社会の中では、ある基準を設けて人を選別しカラーをつけるのはよくあることです。
競争といえば、スポーツの世界では勝ち負けがはっきりしていますね。
自らもスポーツをし何かの大会などに出場している人は、きっと大会で勝利をつかむことが目的でもありましょう。
スポーツの世界がいいなぁって感じるのは、勝っても負けてもお互いに相手の健闘を讃え合うことですよね。
勝った側は傲慢にならずに謙虚な姿勢であることが必要だし、負けた側は悔しさをバネにより一層の努力が必要だと思うのです。

もちろん、勝負には、競争には勝つことが大事です。
なぜなら、そのために日頃から努力もし、勉強もし、訓練もしているわけですから。
その一方では、私はね、“負ける”経験もすんごく大事だと考えているんです。
スポーツの試合であれ何であれ、負けるというのはとても悔しいことです。
利益追求の世界では損をするということにもつながります。
勝者がいるということは敗者がいるということであり、世の中の現実を見れば、どういう基準を設定するかにもよりますが、何かの勝負、競争において敗れる人のほうが多いような気がします。
仕事人の世界であれば、市場争いでライバル会社に負けたとか、新規顧客開拓のためのコンペに負けたとか、出世競争に敗れたとか、いろいろあると思います。


しかし、もし多くの人が負けた経験を持っているのが現実であるなら、自分自身が負けた経験を持っていないと負けた人の気持ちが理解できないでしょう。
“悔しい”という単語は知っていても、これが実際はどういう心理状態なのかは実感できないにちがいありません。
人生の中で常に勝った経験しかなければ(そんな人はめったにいないかもしれませんがね)、負けた相手に対しどう接すればいいのかわからないかもしれないし、傲慢な人間なら相手を見下してしまうかもしれません。

一時期、『負け犬の遠吠え』なんてな本が売れて“負け犬”という言葉が流行しましたが、メディアで大々的に使われたこの言葉からは“負ける”という言葉の重みを感じませんでした。
むしろ、その流行にのって多くの人が気軽に使ったがゆえに、負けることが軽々しく受け止られたような気がしてならないのです。
もちろん、何に負けたかによっても言葉の重みは違うものなのでしょうが。

私のこれまでの人生を振り返ってみると、たくさんの“負け”経験があります。
子供の頃はいろんなゲームに負け、学生時代はいろんなスポーツの試合で負け、社会人になってからは、仕事を通しての負けを何度も経験しました。
私は過去3回転職していますが、それも見方を変えれば負けといえなくもありません。
就職・転職活動では何度も挫折を味わいました。
けれども、今、それらの過去の経験を後悔しているかといえばその逆で、そういった負けの経験があったからこそ、人間としての成長ができたんだと強く確信しているのです。

だから私は言いたいのです。
周囲から負け犬と呼ばれようが、メディアが伝えるところの世間一般の基準で負け組に入っていようが、自分自身の中で敗北感をバネにして「よし、頑張るぞ!」、「いつか見返してやる!」という上昇志向に結び付けていくだけのエネルギーを保持していればいいのです。
「あー、もう自分はダメだ」、「誰も私を認めてくれない」、「自分自身が嫌いだ」と思った瞬間から本当の負け犬、負け組へと落ちぶれていくのです。
負けたっていいじゃないですか。
その悔しさを大事にし、次のステップを目指して頑張ろうじゃありませんか、人生はまだ先があるんだから。


yoron at 13:11│Comments(2)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 人間バンザイ! 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by minapon   2007年08月27日 21:17
今日、ちょうど会社に落ちてしまいました。
ちょっと落ち込んでますけど、
次に向けて頑張らないとですね。
2. Posted by ヨロン/竹内富雄   2007年08月28日 23:02
>minaponさん
人間だもの、誰だって落ち込むことはあるものです。
落ち込んだら、後は気持ちを切り替えて少しでも上昇を目指しましょう。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字