“仕事”は待つな、とれ!“出し惜しみ”は結局損をする

2004年12月11日

自分で問題を解こう

仕事の現場に身を置いていると、学校で教わらなかったような問題が次から次へ出てきます。
人間関係一つとっても、心理学の本に書かれたことをマニュアルチックに実践しようとしてもなかなかうまくいきません。
そういう点では、仕事の現場で起こる問題に対しては、実際に経験し、悩み苦しみながら一つひとつ解決していくしかないのかもしれません。

ところで、世の中には、そういう問題を解決するためのノウハウ等について書かれたビジネス書がごまんと出版されています。
あるいは、ビジネスで使える各種ノウハウや知識を教えてくれるビジネススクールなどもあります。
問題に直面した時、こういったビジネス書やビジネススクールでヒントを得たいと考える人は多いのではないでしょうか。


実は私もその一人です。
ビジネススクールで学んだことはありませんが、ビジネス書はかなりの量を読みます。
時々大きな書店へ足を運んで適当な本を物色したり、日経新聞の書籍広告を見て面白そうな本を見つけたら買って読んでいます。
不思議なもんで、本を読んで新しい知識や考え方を知ると、何となく自分が賢くなったような気がします。

ただ、新しい知識や考え方を知ったにしても、それらを自慢気に話したり、書類上の文言として書くだけでは、たんなる評論家になってしまいます。
評論家にならないためには、実際にそれらを仕事の現場で実践・応用したり、自分なりに咀嚼して自分流に使いこなしていくことが大事です。
「元気のいい挨拶が交わされる会社は伸びる」という考え方を本で学んでも、自分の職場で自らが早速実践しなければまったく意味がありません。
自分で実践する気もなく実践もできないのであれば、本を読んだって何の役にも立たなかったことになります。

本を読んで知識や考え方を身につけたり、ビジネススクールで学ぶということは、いってみれば、「他人から問題の解き方を教わる」ということでもあります。
それはたしかに参考になります。
問題にぶち当たり、悩み苦しみ続けている中で、「おっ、そういう考え方、やり方があったのか!」ということがあれば、それこそ、机上の知識、考え方だったものが活きてくるのです。
他人から教わったことは、自分が同じ状況を体験した時に意味を持ってきます。
「あの時学んだ(教わった)ことは、こういうことだったのか」ということを実感できた瞬間、学んだ(教わった)ことは自分の血となり肉となります。

大学卒業後、今日まで18年間仕事人をやってきましたが、最近つくづく感じるのは、「自分で問題を解く」ことの大切さです。
ビジネス書を読んだり、ビジネススクールで学ぶのもいいのですが、安易に他に解のヒント(あるいは解そのもの)を求めないで、うんうんうなりながらでも自分で解を見つけようとする姿勢がいかに大事かということです。
以前の記事にも書いた記憶がありますが、こういう姿勢を身につければ、目の前に立ちふさがる困難な問題に対しても、立ち向かっていこうとする“地力”が身につきます。

人事評価の能力評価の項目を見ると、対外折衝力だの企画力だのコミュニケーション力だの、○○力といったような美しい言葉が並びます。
人事評価の時期になると、上司と部下の間で、こういう項目をめぐってやりとりする会社も多いのではないでしょうか。
しかし、私の経験だけであえていいますが、こういう評価って実は曖昧なものです。
なぜなら、その組織内での評価が他の組織でも通用するとはかぎらないからです。

例えば、こういうケースを考えてみてください。
Aさんは、大企業の中でソツなく仕事をこなし、周囲との協調性もよかったので、その組織の人事評価では各項目ともいい評価を得ました。
一方、Bさんは、一匹狼で動き回り、組織の後楯を持たない苦労をしながら、自力で仕事を覚えました。
これだけの情報だと、AさんとBさんの仕事人としての能力比較はできませんが、仮に、Aさんが主体的というより言われたことをうまくやるだけ、八方美人の人間で、Bさんが主体的に仕事をやり、成果を出すことにこだわる人間だったらどうでしょうか。
明らかにBさんの能力が上であるといえないでしょうか。

Bさんは、きっと、次から次に困難な問題を抱えては、試行錯誤しながら問題を解いていったはずです。
組織に頼ることもなく、自分一人で解を求めて模索した結果、解を求めるプロセスをしっかり理解し、再度同じ問題が起きた時には迷わず解を導ける力、まさに地力を身につけたと思います。
「自分で問題を解く」ことが当たり前になると、世の中のいろんな事象を“原因と結果”という面から結び付けられるようになります。
毎朝目を通す新聞記事一つとっても、自分にどう影響してくるかがわかるので興味深く読むことができます。
仕事人としての力をつけていくためにも、問題を解くにあたっては、まずは自らがその努力をしてみませんか、安易に他人に頼る前に。








yoron at 10:11│Comments(2)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by Deeploveyou   2004年12月18日 21:55
「自分で問題を解く」まさにそのとおりだと思います。
自分の部署では、同僚が自分の問題をどう解決するか、メイルでコピーしてその取り組み方、解決の仕方など、共有しあいます。でも、実際に自分の担当しているところで、その問題にぶち当たらないと、それに自分が直接、向かわないと、わからないのです。人によって、やり方もちがうし、相手も違う。だからこそ、自分でどんどん、ぶち当たって、解決して初めて、「場数を踏む」ことになり、それが次回への自信にもなるのだと思います。上司や人に意見を聞くのもいいでしょう。でもやるのは、自分。それを楽しんでいきたい。今度はどういうやりかたで解決しようかなあ、なんて。
2. Posted by ヨロン/竹内富雄   2004年12月18日 23:56
Deeploveyouさん、こんにちは。ヨロンです(^_^)。

そうですね。
他人のノウハウややり方は他人のものだし、それは参考にはなっても、最終的には自分で解かないと実感できないのではないでしょうか。
実感できないということは、自分のノウハウややり方になっていないということです。
自分で直面し、自分で苦労して解いていってこそはじめて自分のものになります。
その状況を楽しめるようになれば、もう最高ですね。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
“仕事”は待つな、とれ!“出し惜しみ”は結局損をする