2004年11月30日

人生観に影響を与えたもの〜母校精神〜

2b5bfab6.jpgこれまでの人生において、あなたの人生観に影響を与えたもの(こと)は何かありますか?
私の人生観に影響を与えたもの(こと)はいくつかありますが、その一つが「母校精神」です。
特に大学の影響は大きいですね。

プロフィールにも書いてありますが、私の出身校は明治大学です。
キャンパスは、神田駿河台、和泉、生田の三ヶ所にあります。
私は文系(政治経済学部)でしたので、教養課程の2年間は和泉キャンパスで過ごし、専門課程の2年間は神田駿河台のキャンパスで過ごしました。
先日、次に入社予定の会社へ卒業証明書を提出する必要があったため、神田駿河台のキャンパスに足を運びました。


久々に見る母校は、すっかり変貌を遂げていました。
学生の頃見慣れたシンボルだったレンガ造りの記念館は姿を消し、代わりに近代的なビルが建っていました。
昔仲間とよくたむろしていた食堂なども場所が変わり、シャレたレストランになっていました。
とはいえ、母校というのはいつまでも懐かしく感じるもののようで、書類を取得した後、しばらくキャンパス内をうろつきました。
学生さんって、ほんと、若くて初々しいですね〜。
うろうろしている私を見た人は、きっと、「なんや、このおっさんは」と思ったかもしれません(笑)。

最近の大学生はスマートな感じがしますが、私の時代は、まだ私のように田舎っぺ丸出しの人もおりました。
明治大学は、どちらかといえば、質実剛健がモットーの大学で、学生も他の大学に比べると硬派な人が多かったような印象があります。
私は、母校の校歌が好きで、歌詞を読むだけで身が引き締まる思いがしたものです。
以下のフレーズなんかもう最高ですね。
・撞(つ)くや時代の暁(あけ)の鐘
・高き理想の道を行く
・我等に燃ゆる希望あり

校歌を実際に聴いてみたい方は、こちらからどうぞ。
明治大学校歌

私の学生時代といえば、真面目に授業に出席して勉強したというよりは、自宅か図書館で読書に耽っていたという感じです。
とにかく、時間さえあれば手当たり次第に様々なジャンルの本を読んでいました。
どれぐらい読んでいたかといえば、ペースにして1日1〜2冊ぐらいです。
その他には、クラス、サークル、ゼミの仲間と青臭い議論をよくしたもんです。
「資本主義 vs 共産主義」、「昨今の社会問題」、「日本の政治」などなど話題は多岐にわたっていましたが、今聞くと恥ずかしくなるぐらい地に足のついていない現実離れした中身だったと思います。
また、専門課程は国際関係のゼミを選択し、当時そのゼミが参加していた十大学合同セミナー(早稲田、慶応、上智、明治、ICU、一橋、津田塾、聖心女子、成蹊、神奈川)で他大学の学生たちと交流し、国際関係のテーマをめぐって大いに議論し意見交換を行いました。

私自身はそういう明治の雰囲気というか校風が好きで、「進取の気概」みたいなものには常に憧れていました。
明治大学には硬派な人が多かったと書きましたが、明治といえば“スポーツの明治”といわれるぐらい学生スポーツが盛んで、現在活躍しているOB・OGもたくさんいます。
アテネオリンピックで活躍した選手の中にも、明治出身者がそこそこいます。
体育会が有名で勢力があったせいか、文科系のサークルまでその影響を受けていました。
新入生の時にESS(英語部)に入ったのですが、想像していた文系の華やかなイメージはなく、まるで体育会のように上下関係の厳しいサークルでした。

スポーツといえば、明治は伝統的にラグビーが強く、大学の看板にもなっています。
明治ラグビーといえば、故北島監督が教え込んだ「とにかく、前へ出て押しまくれ!(猪突猛進)」というのが伝統的攻撃パターンで、生で見るとかなり圧巻です。
残念ながら、攻撃パターンがワンパターンなので他校から研究され尽くしてしまい、早稲田の横展開(パスをつないでいく)攻撃によくやられていましたね。
しかし、それでも恐れず、正面から力で正々堂々と突破しようという姿を見ると、素直に感動したものです。
「明治ラグビーよ、ありがとう。私は明治の学生で本当によかった」と。

私より5歳年下の弟も明治大学の出身です。
ただ、弟のほうは今風の学生に近く、母校に対する思い入れや思い出はあまりないようです。
私は、官営の大学とは一線を画し、独立自治を掲げ、時代を担う人材を輩出しようとした母校の建学精神がとても好きなんですけどね。
そのせいか、学閥で人事が決まる世界は好きではありませんが、同じ明治出身者には親しみを感じますし、OB・OGにはいろんな分野で活躍してほしいと願っています。
もちろん、私自身も頑張ります。

今年もまたラグビーシーズンがやってきました。
私はスポーツをするのは苦手ですが、TVや現地で観戦するのは好きです。
最近の明治ラグビーはかつてに比べ勢いがないように見えますが、それでも、伝統の明早戦や明慶戦には胸が躍ります。
(つまらないことかもしれませんが)通常、早明戦、慶明戦というほうが言いやすく圧倒的にそう表記されることのほうが多いのですが、明治関係者は、あえて明早戦、明慶戦と言うのです。
もっとも、実際にはそう言わない人も多いのですがね(笑)。
不撓不屈の精神で目標に向かっていく強い相手にも恐れず勝負を挑む、古くさい発想かもしれませんが、私の中には今でも息づいているようです。





yoron at 09:41│Comments(4)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 歴史&思い出 

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この記事へのコメント

1. Posted by わんわん   2004年12月01日 11:09
いなかっぺで悪かったわね!
明治大学出身のわんわんです。

私は短大だったので、茶水だけですが、
確かにまったく洗練されていなかったですね〜〜。
なんだったんだろう、あの当時の校風って。
2. Posted by ヨロン/竹内富雄   2004年12月01日 21:36
わんわんさん、こんにちは。ヨロンです(^_^)。

おや、わんわんさんは田舎っぺだったんですか(笑)。
最近の母校の様変わりにはきっと驚きますよ。
お時間をつくれる時にでもぜひ行ってみてくださいね。
お店なんかもけっこう変わっていると思います。
3. Posted by グッチ   2004年12月02日 08:07
ヨロンさん、お久しぶりです。
私は、明治の近くにあった(ヨロンさんの時代には移転してありませんでしたね)中央大学の出身ですが、中央も田舎者の集まりでした。

当時はまだ学生運動の名残が残ってまして、うちの学校で試験が始まると、よくロックアウトになってたんですが、その時に学校内に立ち籠もる学生の中には、不思議と明治の学生が混じってましたね(^^;)

明治の変わりぶりには私も驚きましたよ。
立派な高層ビルになってて、一体何処の会社か、と思いました。
学校が近かったこともあって、明治には親しみを感じています。

新しい仕事に就かれて、日々新鮮なお気持ちで過ごされていることと思いますが、ブログの方でも頑張って行って下さい。
4. Posted by ヨロン/竹内富雄   2004年12月02日 22:58
グッチさん、こんにちは。ヨロンです(^_^)。

おぉ、グッチさんは白亜の殿堂の中央大学でしたか。
たしかに、明治と中央の学生は気質が似ているかもしれませんね。
そちらも学生運動が盛んでしたか、今どき珍しく。
明治の学生は目立ちがり屋だったかもしれません(笑)。
ブログも頑張りたいと思います。

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