2016年12月13日

「経験したらよくわかった!」ということがよくあるものだ

12月になると忘年会などで飲む機会が増えると思います。
付き合いを重視する人の中には、ここぞとばかりに自分から企画して開催したり、誘われた忘年会には欠かさず参加する人もいるかもしれません。
私もかつては根っからの飲兵衛だったので、師走になると気分的に飲みたくなったものです。
最盛期には、平日は仕事絡みの人と頻繁に飲み、週末の休みなどにはプライベートな付き合いの人たちとの飲み、「この1年お疲れさまでした」、「今年もお世話になりました」などと言いながら飲んだものです。
そんなに飲むと体調だって悪くなることがあるのですが、不思議なもんで仕事人はそれが当然だと思うとやめられませんでした。

そんな私も数年前に仕事を変えてからほとんど飲まない生活をするようになりました。
それ以前の自分に比べたら驚くほどの激変です。
ここ数年は忘年会も1、2回とかその程度です。
今年は現時点で予定されているのは勤務先のお店の1件のみです。
あとは、年末年始の休みに身内と軽く飲むぐらいですかね。
そんな健全な日々を送っているからでしょうか、体調不良は今のところありません。
おかげさまで、「飲み過ぎ注意!」が標語になる12月、元気いっぱいで仕事をし私生活を送っています。
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2016年12月12日

プロとアマの垣根がだんだん低くなってきている今、うかうかしていたら仕事を奪われる

どこかの会社、組織に所属して仕事を与えてもらっていたら、それで仕事をしている気になっている人は多いでしょう。
それも仕事といえば仕事なので間違いではないかもしれません。
しかし、既に多くの人が気付いているかもしれませんが、今の世の中を見ていると、技術の進歩や情報流通が多いこともあってプロとアマの垣根がどんどん低くなってきています。
例えば、かつては、もの書きを仕事としていた人は本を書いたり、メディアの記事を書いたりしてその人の力を世間に認めさせることができていました。
デザイナーは独特のセンスで何かしらを描いて評価されてきました。
経理担当は簿記の知識を駆使し、数字に対する強さで周囲からの信頼を勝ち得てきました。

今はどうでしょうか。
私のようにもの書きとしてはレベルの低い人でもネットを活用して自分の書きたいことを書き、それなりの読者がついています。
私なんかよりうまい人は世の中にはたくさんいて、彼らはもの書きを職業とはしていないもののたくさんの読者がいたりします。
デザイナーについても、PCを個人で所有する人が増えた結果、便利なアプリが増えた結果、プロ顔負けのデザインをする人も増えてきました。
企業の経理の現場では、PCに入った経理ソフトで業務を行うことが増えたので、ちょっとした経理知識があってPC操作さえできれば仕事が回せるようになっています。
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2016年12月11日

生産性向上のためには、大きな組織も小さな組織も同じ考え方・同じことをする

かつて勤めた大企業時代、その会社に大手総合商社から転職してきた部長がいました。
その部長と一緒に飲んだ時、その部長からこんなことを言われたことがあります。
「大企業にいると、大企業の思考や行動は中小企業に比べ一見戦略的で高尚のように思いがちだが、戦略書などの文書類の有無の違いはあれ、生産性向上という視点においては、大きな組織も小さな組織も同じ考え方・同じことをするもんなんだよ。街角の八百屋や魚屋の店主だって、頭の中では日々戦略を考え、それを実践しているものさ」と。
この言葉を聞いた時は、「ふーん、そんなもんですかねぇ。でもなぁ、学歴が高く頭のいい人がたくさんいる大企業と学歴が低く毎日泥臭い仕事をしているような個人店の店主が、同じ思考・行動をしているとは思わないけどね」と内心思ったというのが正直なところです。

しかし、その後今日まで転職を重ねながら中小零細企業も経験してみると、この部長が当時言っていたことがその通りだということを実感できました。
最近の事例でいうと、こんなことがありました。
私は現在個人経営の小さな飲食店で働いていますが、人材不足で困っているオーナーがとった対策は、厨房スタッフとホールスタッフが両方の仕事を兼務できるようにすることでした。
飲食店では、厨房とホールの仕事を明確に分けそれぞれのスタッフは自分の役割に専念する、そして相手の領域には踏み込まないというやり方をするところも多いのですが(特に大きな飲食店では)、これだと、人材をそれぞれの側でそろえなければなりません。
一方で、私が勤務しているお店のようなやり方をすると、スタッフ全員が両方の仕事をこなせるので、どちらかが人手が足りない時は状況に応じてスタッフの再配置が柔軟にできます。

こういう組織に柔軟性を持たせるやり方、実は大手の組織でも取り入れているところがあるんです。
今はどうかわかりませんが、かつて、トヨタ自動車では、現場の人材を有効活用するために、一人の人に多くの職務を経験させ多能工を育てるという方式をとっていました。
トヨタの場合は大企業なので、これを教育制度として確立させ、ある人がある技能を修得するとその技能欄にチェックを入れ、次の未経験の技能を修得させるようにするという流れでシステマティックなやり方をしていたようです。
私の勤務するお店のオーナーは、結果的にこのトヨタのやり方と同じやり方をしていたわけです。
考えてみれば、企業は常に利益の最大化をねらって活動しているわけで、そうすると自ずと組織の大小に関わらず思考や行動は同じ方向に向かうのかもしません。
単純な言い方をすれば、大企業でも中小企業でも個人でも、生産性の向上を常に考えている人は同じ思考・行動をするということなのでしょう。

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2016年12月10日

相手が本当のことを言っているかどうかわからない、利害関係が絡めばなおさらだ

血がつながり、産まれた時から長い期間を一緒に過ごした家族の間でも本当のことを言わず嘘をつくことだってあるもの、それが利害が絡む仕事ならばなおさらそういうケースは多いと想像するのがふつうでしょう。
特に、権謀術数がうずまいているような職場であれば、表面上は親し気な素振りを見せながら裏では相手の足を引っ張るようなことをする人だっているので、相手を信用し過ぎてベラベラ本当のことをしゃべると不利な状況に追い込まれることだってありえます。
飲みの場で相手につられてその場にいない人の悪口を散々言いまくっていたら、知らないところで相手が悪口を言った本人に告げ口をしたりとかね。
肩書の高い人は悪口を言われやすい対象ですが、一方で勤め人の世界は肩書社会なので、肩書の高い人に取り入ろうとする人も多く、手のひらをかえしたような言動をする人も多いのです。

こういうのが利害が絡む仕事人の付き合いの世界なので、おそらく、多くの人は心のどこかで周囲の人に対する警戒心を持っているような気がします。
私は現在の業界で働くようになってから、以前にも増して意識的に嘘をつくようになりました。
仕事上の嘘よりもプライベートに関しての嘘が多いですね。
なぜ嘘をつくのかと言えば、この業界を知るにつけ気付いたことですが、周囲の人に自分のことを話すと、話に尾ひれがついたり、面白いようにねじまぎられて他人に言いふらされることが多いんですよね。
中には悪意を感じられるような言い方をする人もいるので、いちいち自分の言動に注意をするようになりました。
仕事上のネタだけでの会話ならあまり苦痛にならないのですが、少人数の職場で話のネタに尽きてくると個人的なことを根掘り葉掘り聞こうとする人もおり、その意図が誰かとの会話のネタに使おうとしているということがバレバレだとこちらも嘘をつくしかありません。
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2016年12月09日

対人関係のコツは、相手から得られるものを意識すること

8月11日抜けるような青空1
(対人関係がうまくいけば心は青空)
表向きの会社の退職理由はいろいろあるでしょうが、私が感じるところでは、本音でいけば、「対人関係が嫌になった」というのがトップにくるのではないかと思っています。
やりたい仕事ができない、給料が安い、休みがなかなか取れない、キャリアアップができない、、、こういった理由も突き詰めていけば、そこにあるのは対人関係なのではないかと。
対人関係というのは、仕事ばかりではなく生きている限り常について回るものであり、それがうまくいっているかいないかで人生の充実度が変わってきます。
そう考えると、対人関係のコツをつかむのは大事だということがわかるでしょう。

対人関係のコツといってもそんな難しいものではありません。
難しいから悩むのであって簡単なら誰も苦労なんかしないよという声も聞こえてきそうですが、私自身の人生を振り返ってみれば、たしかに以前は対人関係で悩むことも多かったように思います。
でも、ある時ふと気づいたんです。
対人関係であまり悩まないようにするにはコツがあると。
それは何か、一言でいえば、“相手から得られるものを意識すること”です。
相手から得られるものが何もないと思うと相手との付き合いを苦痛に感じるものです。
しかし、自分の成長にとって相手から何か得られるというメリットを感じられれば、そのメリットを感じている間は付き合ってもいいかなと思うはずです。
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2016年12月08日

仕事人にとって本当に大事なのは、職務経歴ではなく環境適応力である

進化論で有名なダーウィンの言葉にこんなのがあります。
最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である
これは仕事人にそのまま当てはまります。
おそらく身を持って実感している人は多いのではないでしょうか。
学校を卒業し就職する時は学歴はそれなりに意味を持ちます。
転職する時は過去の職歴はそれなりに意味を持ちます。
でも、それは入口だけで、一旦入って仕事の現場に身を置いたら、重視されるのは、評価されるのはその人がその人の仕事でどれだけ力を発揮するかということです。
東大卒者でもどこかの有名企業で華々しい活躍をした人でも、現に就いている仕事で成果を出せなければ誰も評価してくれません。

私が長年積み上げてきたキャリアを無視するかのごとくまったく未経験の飲食業界に飛び込んだのが約三年前、新しい職場で上司や先輩たちから散々言われたのが、「お前はそんな大学を出ていながらこんなこともわからないのか」、「これまで何十年も社会人をやっていながら一般常識も知らないのか」といったことでした。
腹の中では、「大学出たことと目の前の仕事がうまくできないことと何の関係があるんだ」、「あんたらの言う一般常識って何なんだよ。その常識のほうが間違っているよ」と反論していましたが、こちらは教えてもらわなければ何もできない状況だったのでぐっと我慢してひたすら聞く姿勢を取り続けました。
こういう環境においては、学歴とか過去の職務経歴などは意味がないというかむしろ邪魔になります。
ただ、私の場合、最初の頃はよくそんな言葉を投げつけられていましたが、環境に溶け込もうと努力しているうちに周囲の人のほうが私に対する見方を変えていったようで、次第にかわいがってもらえるようになりました。
ちょっと自慢気に言えば、私に環境適応力があったということでしょうか。

私は何度も転職しているし、組織内での人事異動も何度も経験しているし、人事の仕事も長かったので、仕事人にとって環境適応力がいかに大事であるかがよくわかります。
環境に適応するというのは言葉で言うのは簡単だし、イメージで新しい環境に自分を合わせるのはそんなに難しくないように感じる人もいるかもしれませんが、これがなかなかどうしてかなり難しいものなのです。
人によっては環境に合わず体を壊す人だっています。
かつて勤めた会社で、長年営業の第一線にいた人が管理部門の仕事が楽そうだというので管理部門に異動したことがあったのですが、数ヶ月後だか半年後だかに仕事が合わず体を壊してしまい入院したことがありました。
どんな仕事にも言えることですが、部外者として見ていた時は、簡単にできそうで楽そうに見えたのに、実際にやってみたらとても大変で自分には合わない仕事だったなんてことはよくあることです。
結局のところ、仕事人にとって本当に大事なのは、職務経歴ではなく環境適応力だということですね。

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2016年12月07日

責任を取りたがらない上司のもとではどう働けばよいのか

かつて仕えた上司で責任を取りたがらない人がいました。
私に仕事を依頼しその出来がいまいちだったり、ミスがあったりして他人から文句を言われたり、責められたリすると、「こいつのいい加減な仕事のせいでご迷惑をおかけしました」とか言ってすべてを私の責任にしたり、面倒な仕事が回ってくると、「これはお前の仕事だ」などと言って私に押し付けました。
もちろん、面倒な仕事を私がうまく処理できなくてもそれはすべて私のせいになるわけです。
こういう人にかぎって他人の前ではいいかっこうをしていい人を演じようとするからたちが悪いんです。
こういう人の体質を見抜ける人なら問題ないのでしょうが、表面上は悪い人に見えないどころかいい人に見えてしまうことがあるので見抜けない人はつい騙されてしまうこともあります。
責任を取らないという点では、恥ずかしながら、私自身が部下を持った時にも逃げようとした(逃げた?)ことがありました。
自分が知らないところで部下が自己判断でやって失敗して誰かに迷惑をかけそのことで相手から責められた時などは、「いやぁ、実は私もよく知らなかったもので」とやや言い訳めいたことを言ったことがあります。

自分の仕事人経験を振り返って思うのは、やはり責任を取りたがらない上司のもとでは働きにくいということです。
部下をかばってくれる(守ってくれる)、部下の失敗やミスをカバーしてくれるはずの上司がそれをしなければ、部下は自分で自分を守るしかなくなり、立場上何の権限もないと苦しい状況に追い込まれたりして辛い思いをすることになります。
さきほど言った上司のもとで働いていた時は精神的ストレスがかなりたまったような気がします。
役割・権限・責任が分担されている組織で働くにおいては、一人で全部の責任を負う必要はないかもしれないし、うまく責任回避をするのも処世術として身につけておけば立ち回りやすいかもしれません。
ただ、部下の立場にすれば、常に自分を守ってくれ、仮に上司の知らないところでやってしまったことで失敗やミスがあってもフォローしてくれる上司なら、その人を尊敬し、信頼し、「この人についていこう」という気持ちになるものです。
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2016年12月06日

「私は頑張っている!」と思っていても、「評価するのは他人」というのを忘れてはいけない

私自身もそうなのですが、人は自分の仕事に関しては「私は頑張っている!」と思っていることが多いものです。
一見暇そうに見える人に、「あまり忙しくないのですか?」と質問しようものなら、おそらく多くの人が「いやそんなことはない、忙しいよ」と答えるでしょうし、社内での自分の評価に対しては「一生懸命頑張っているのに評価が低い」と思っている人が多いものです。
もちろん、中には、本当は暇なのに「忙しい」と言っておかないと不利益を被る可能性があるので、ポーズとして忙しいフリをしたり、忙しいと言う人もいますけどね。
特に、勤め人の場合は“忙しくない=暇人=役立っていない”と見なされてリストラされたくないので、自己防衛の上から忙しいフリをするというのはあるかもしれません。

ところで、仕事人として忘れてはならないのは、本人は頑張っているつもりでも「評価するのは他人」だということです。
20代の頃、同じ会社の課長だった人からそんなことを言われて納得したことがあります。
同じ組織で出世する人、しない人がいるのは、働きぶりを評価するのは他人だからです。
同じ商品を販売しても、売れる商品もあれば売れ合い商品もあるのは、同様に商品を評価するのは他人だからです。
職場の上司に言われたことがあります。
「お前が一生懸命頑張っているのは何となくわかる。でもなぁ、お前がどれほど頑張ったつもりでいても、お前の成果を評価し、満足するかどうかは受け手次第だからな」と。
仕事人にとってはとても厳しい言葉ですが、事実はまったくその通りです。

誰かに何かを与えんとする仕事をするなら、その成果は常に他人(受け手)に評価されるというある意味客観的な視点を持っている必要があります。
企業が商品やサービスを売り出す前に社内で何度も試行錯誤を繰り返しながら精度を高めようとするのは、一旦商品やサービスを世に出して低い評価を得たら取り返しがつかないからです。
仕事はプロセスも大事です。
しかし、もっと大事なのは成果・結果です。

成果・結果が悪ければどんなに努力していても評価は低いものになってしまうでしょう。
当たり前のことですが、仕事は、プロとしてお金をいただく以上は頑張らなければならず、かつ受け手が満足できるような成果・結果を出して評価されることが大事なのです。

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2016年12月05日

仕事人と病気の関係、大病を経験すると人生観が変わる?

長い間の仕事人人生においては、仕事も一つの要因になって病気を患うこともあるでしょうが、仕事人は大病を経験すると人生観が変わるとよく言われます。
たしかに、私自身、40代に生死の境を彷徨うほどの大病を一度経験しましたが、その時に大きく人生観が変わったような気がします。
どういうふうに変わったかといえば、一言でいえば、「無茶な生き方をしない(特に健康面)」、「やりたいと思ったことは可能なかぎりやる」という考え方が強くなったことでしょうか。
先日、私と年齢が近いお客さんが来店されたのですが、雑談の中で、その方も以前に大病を患った経験があり、その時に人生観が変わったというようなことを言っていました。

健康は失って初めてその大切さに気付くと言われますが、若い頃、特に健康面に問題ない時は、徹夜仕事しても寝れば回復するとか、栄養面を気にせず不摂生な食生活をしていても特に体に変調をきたすことはないとか、そういうことはあるのですが、でも、本来は正常ではない状態を続けているとどこかに無理・異常が生じ、その積み重ねで後年何らかの病を患うハメになったりするものです。
知らず知らずのうちに病に冒されている状態、これが一番怖いんですよね。
知り合いに聞いた話ですが、年に一度の会社の定期健康診断を受診していた人が特に異常もなかったので安心していたら、半年後に他の病院で癌が見つかり、その後しばらくして亡くなってしまったことがったそうです。
あまりない例かもしれませんが、大事なことは、健康診断で悪いところが見つからなかったから安心、少ししか異常値はなかったから放っておいても大丈夫、というのではなく、日頃から自分の健康管理は意識して自分でしっかりやるということですね。

健康維持のための三大秘訣は、健康的な食生活、十分な睡眠、適度な運動と言われていますが、仕事人の場合は、これに加え、仕事上のストレスを貯めすぎないこと、付き合いが大事とばかりにオフタイムで暴飲暴食(特に飲酒)をしないこと、などもありますかね。
何にしても、健康を損ねればそれに伴い失うものがあります。
最悪の場合、仕事を失い、収入を失い、その結果生活が苦しくなることだってあります。
大病にでもなったら、本人も辛いでしょうが家族や身近な人たちも辛いものです。
言い古された言葉ではありますが、 “健康第一”を心掛け、もし何らかの病気になったら、それまでの人生を振り返って生き方(仕事のし方、私生活の過ごし方)を見直してみることです。
あなたはこれまで何らかの病気にかかったことはありますか?
病気を経験して人生観に影響はありましたか?

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2016年12月04日

すごい仕事人とは、基本がしっかり身についていて、自分の役割をしっかり果たせる人のことだ

世の中には、何かのビジネスで大儲けした人や奇抜なアイデアで会社を飛躍させた企業経営者などをすごい人のように書いたビジネス書などがあふれていますが、私の中では、「すごい仕事人とは、基本がしっかり身についていて、自分の役割をしっかり果たせる人」のことです。
もちろん、大儲けした人や奇抜なアイデアで成功した人はそれはそれですごいとは思いますが、そういう人はほんの一握りの人で、それにそういう人が成功した裏ではきっと彼ら彼女らを支えた仕事人たちがいるだろうと想像するので、私はそういう見えないところで頑張った人たちもすごい仕事人だと思いたいのです。
戦後の荒廃から日本を世界の経済大国にまで発展させることができたのは、そういったすごい仕事人たちのおかげでしょう。

本だかネットの記事だかでこんなエピソードが紹介されていたのが記憶にあります。
中国で現地生産している日本の自動車メーカーには技術指導のため日本人の技術者がいたそうですが、彼らが外からは見えない外装の裏側の塗装まで入念にチェックし細部にこだわっている姿を見て中国人たちは驚いたとか。
中国人にしてみれば、どうせ見えない部分だし、車の走行上問題にもならない事柄なんだからそこまでやる必要はないだろうと思ったのでしょうが、同時に日本の技術のすごさをそういうところに感じたのかもしれません。
日本の技術力に関するこういったエピソードはよく聞きます。
こういう技術力は簡単に身についたものではなく、基本を身につけた仕事人が自分の役割をしっかり果たし続けてきた歴史の積み重ねがあったからこそだと思います。

かつて、名もなき仕事人たちの活躍を取り上げた『プロジェクトX』というNHKの人気番組がありましたが、私はこの番組が好きでよく観ていました。
そして、名もない自分と重ね合わせずいぶんと勇気づけられたものです。
「そうだ、世の中は目に見えないところで頑張っている大勢の仕事人たちによって支え、動かされているんだ」と。
少し前に、福岡駅前の道路大陥没事故の際、たった一週間で復旧させ世界中を驚かせた出来事がありましたが、安全性うんぬんの議論はあるにしても、諸外国に比べたら明らかにすごい技術力、対応力なんだと思います。
そこには、名もないすごい仕事人たちの活躍があったのは間違いないでしょう。
あなたの身近にもすごい仕事人がいませんか?
もしかしたら、あなた自身がすごい仕事人なのかもしれませんよ。

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2016年12月03日

年とともに確実に落ちていくものがある、上の世代の人たちの言動が参考になるかも

かつて(今より若い頃、例えば10年前とか)に比べ、「確実に落ちたなぁ」と実感するものが誰にでもあると思います。
それが、体力なのか、記憶力なのか、気力なのかは人によって違うでしょうし、程度も個人差があるでしょう。
私は現在52歳ですが、50代になってから体力もそうですがもの覚え(記憶力)がかなり落ちたことを痛感しています。
今の仕事柄、瞬時にたくさんのことを覚えていなければならないのですがなかなか覚えきれません。
そのことが気になって以前病院で診察してもらったら、「ご安心下さい。あなたの記憶力は年齢にしては正常です。50代ぐらいになったら、20代、30代のような記憶力はありません。人によって個人差はありますが、若い頃の半分以上落ちると考えて下さい」と担当医に告げられ、「年をとるというのはこういうことなんだなぁ」としみじみ思ったものです。
飲食の仕事に就いてから、若い同僚たちから「この程度のこと、紙に書かないで覚えられないのですか」と怒られたり、呆れられたりすることが多いですが、悲しいかなこれはもうどうにもできません。

以前勤めた職場には私より10歳以上上(60代)の年輩の人がたくさんいましたが、彼ら彼女らの言動を思い返すに、年とってからも働くのは健康、生活費的にはよさそうだけれども、反面しんどいことも多そうだなと感じることもありました。
「少しきつい仕事をすると翌日起きるのが辛いのよ」、「頭ではわかっても体が思うように動かないのよね」といったような言葉を聞きながら、「私もあと10年したらこんな感じになっていくのかなぁ」などと内心思ったものです。
ある時、60代の新人が入社してきて、私がその人に業務を教えることになりました。
私は相手の年齢のことも考え、努めて意識的にゆっくり少しずつ教えたつもりでしたが、その人からは「教え方が早いのでもう少しゆっくり教えてほしい」とか、「今日はもう新しいことを覚えきれないので、明日改めて教えてほしい」といったようなことを言われたものです。
その時は、「何でこんな簡単なことも覚えられないのだろう」と思ったのですが、今ならこの人の気持ちがよくわかります。

私は、ある面無謀なところがあって、50代で同僚たちがかなり年下の多い職場で、かつ未経験の仕事に就きましたが、あまり抵抗を感じないでスムーズに溶け込みたいなら、自分と同じか近い年齢の人、あるいは上の年齢の人も多少はいるような職場を選んだほうが、話も合いやすいし何かとやりやすいでしょう。
仕事も年とってから極端に変えないほうが安心感・安定感はあるでしょうね。
ただ、私のように極端に違う環境に身を置くと、年をとるとはこういうことなんだということを嫌というほど思い知らされます。
私自身は、それを実感できたことはよかったと思っています。
20代の頃、職場で中高年世代の先輩同僚たちが病気の話をよくしているのを聞くにつけまったく興味を持てなかったのですが、今なら興味津々で聞いたことでしょう。
あなたが今何歳なのか知る由もありませんが、もし、自分が年とった後のことが気になるなら、上の世代の人たちの言動が参考になるかもしれませんよ。

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2016年12月02日

サラリーマン転職と職人転職の違い

料理人(職人)目指してこの世界に飛び込み3年目、この間2回転職し現在3社目で働いています。
ふつうのサラリーマン感覚で言えば短期間での転職のように思われるかもしれませんが、料理人の世界では特に珍しいことではありません。
自分が身につけたい技術を習得するためにお店をどんどん変えていくのはよくあるようです。
自分が実際にそのような転職をしているのでよくわかります。
前職の飲食店時代、私は6回目の転職でしたが、30代後半の料理長にそのことを話したら転職回数が少なすぎると驚かれたことがあります。
もちろん、同じお店だけで長年働く人だっているんですけどね。
ただ、職人の転職観はサラリーマンの転職観とはずいぶん違うなぁという印象を持っています。

これはあくまでも私自身の経験だけに基づく感じ方ですが、サラリーマン転職と職人転職はこういうところが大きく違うような気がします。
どういうところかと言えば、採用担当者が相手の経歴を見るところまでは同じなのですが、サラリーマン転職の場合は、実際に入社して働かせてみないとどこまで活躍できるかわからないということで多少可能性を考慮してくれるところがあります。
それと、給料(年収)については、ある程度相手の希望を考慮し、他の人とのバランスなども考え決まっていきます。
場合によっては、年齢や家族構成の部分も加味してくれるかもしれません。
しかし、職人転職の場合は、主に経験年数と技術力を見られます。
料理人であれば、例えば、採用担当者が20年以上の熟練の料理人なら、仮に応募者が経験3年だとすると、「このお店で3年ならこの程度の技術力しかないな」とすぐに判断し、質問する中で相手の技術力を見抜き、技術力がなければ給料(年収)は最低限の金額を提示されます。
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2016年11月30日

仕事でもっとも大事なことは相手の信頼を得ること、そのためには小さなことを大事にすることだ

人間関係において相手の信頼を得ることが大事であることは論を待たないでしょう。
信頼、言葉で言うのは簡単だけれど、他人の信頼を得るのはそう簡単ではありません。
信頼というのは、上辺だけの付き合いではなくそこから踏み込んでお互いの心の奥でつながらないと到達しないものです。
私たち仕事人は自分の仕事に関係する人たちとの信頼関係によって仕事が回っていると言えますが、人によって関係者から信頼の厚い人もいれば逆に信頼の薄い人もいます。
その違いは何かと言えば、私が特に取り上げたいのは、小さいことを大事にしているかいないかということです。
例えば、頼まれた仕事を毎回きちんと納期までやってくれる、ちょっとした頼み事をするとちゃんと対応してくれる、会議・打合せの時間に遅れない、いつも気持ちいい挨拶をしてくれる、報・連・相をきちんとしてくれる、等。

相手の信頼を得るとチャンスがめぐってきます。
若い頃、取締役から(直属の上司を飛ばして)直接いろんな仕事を頼まれることがよくありました。
一番多かったのは資料作りの依頼でしたが、直属の上司がその取締役の期待にあまり応えていなかったという事情はあったものの、私が簡単な資料でも毎回手抜きせずきっちり作成して提出していたのでその点を見込まれたのではないかと思います。
そういうことが積み重なっているうちに、社内の重要プロジェクトにもメンバーとして加わる機会が増えました。
仕事人ならば、大きな仕事をしたいとか大きな成果をあげたいと思うこともあるでしょうが、そのためには重要人物、権力を持つ人の信頼を勝ち得るというのが有効な手段になります。
しかし、それは簡単なことではありません。
でも、できないことでもありません。
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2016年11月29日

物事には必ず背景がある。その背景を知れば、仕事、対応のし方が変わる

第三者として外から見たら「何かおかしいな」とか、「やり方が非効率的だ」と感じるようなことがあるでしょう。
例えば、業務システムが整備された大手の先進企業からシステムの整備が遅れている、それどころかシステム化することの重要性がわかっていないような中小企業に転職したら、人によってはその状況を見て呆れ、その会社の経営者や社員をバカにするような態度をとる人もいるかもしれません。
しかしながら、当然のことですが、現状を嘆き周囲の人たちをバカにしてみたところで何も変わらないし、そもそもその人自身仕事ができないばかりか、誰の協力も得られなければその会社で何らかの成果を出すことはできないでしょう。
大事なことは、その会社がそういう状態になっている背景を探り、その背景を知った上で状況に合った一番いいやり方をすることです。

私は、50歳を目前にまったく未経験の飲食業界(料理人)に飛び込んで三年目に入り、現在三社目で働いています。
最初に入った会社、その次の会社時代に、上司や先輩同僚などから、「この業界では誰も仕事を教えてくれないよ」と言われたことがあり、それ以前に働いた他業界の会社では露骨にそんなことを言われたことがなかったので驚いたことがあります。
ただ、何年か経験しているうちに、「なるほど、こういう背景があるからそういうふうになるんだな」ということが少しづつわかってきました。
私が経験した範囲内で言うと、、、まず、この業界では、長年下積みを経験し、苦労を重ねながらノウハウ・スキルを身につけた人が尊敬される傾向がありますが、そのノウハウやスキルはかなり属人的なものです。
システム化などというのは無縁で、むしろそういうのを嫌う風潮があります。
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2016年11月28日

せめて40代からは留意したい健康管理と資産管理

恥ずかしながら、私は、40代になってからの健康管理資産管理に失敗しました。
40代になって金回りがよくなった半面、仕事上のストレスも増え、飲みや遊び、買い物、欲に目がくらんだ投資などで時間とお金を使ってしまった結果、40代半ば頃に生死の境を彷徨うほどの大病を患って長期入院を強いられ、同時に散財し過ぎてそれまでコツコツと貯めてきた貯金をかなり取り崩すハメになってしまいました。
50代になってからはそれを反省し、現在は節酒と質素倹約の生活に努めています。
1,000万円単位の貯金なんて、収入ゼロの状態で出費だけしていると節約を心掛けているつもりでもすぐなくなってしまうんですよね。
私は長期の失業を何度か経験していますが、そういう間にどんどん貯金は目減りしていきました。

また、30代頃までは健康診断でも悪いところは見当たらず(強いて言うなら、肥満気味であるとかやや血圧が高いとか)、自分の健康を過信していました。
大病を経験するまでは暴飲暴食で、特にお酒は「あなた、お酒強いね」などと言われるといい気になってがばがば飲んでいたものです。
おそらく、長年にわたるそういう不摂生な生活が積み重なり、それが大病の遠因にもなり、今の体質につながっているのだと思います。
「健康は失くして初めてその大切さを知る」なんてよく言いますが、本当にその通りですね。
年とってからのほうがそのことを身に染みて感じます。

今の世の中の状況を冷静に考えてみて下さい。
日本人の寿命はどんどん延びる一方で、年金財政は危なっかしく、老後の不安を感じる人は増え続けています。
仕事で収入を得るといっても、中高年以降はそれも心許なくなります。
仮に今後、年金受給年齢が繰り下げられて、例えば70歳や75歳からの受給なんてことになれば、それ以前に仕事を辞めて無職になっていれば、その間の生活費を確保する必要があります。
そしてその期間が長ければ長いほど生活は圧迫されます。
また、年齢が高くなればなるほど健康上の問題も出てくる可能性は高くなるでしょう。
「宵越しの金は持たねーぜ」なんて啖呵を切るのはせいぜい落語の世界だけにして、現実を生き抜くためには、あまり無茶をせず、健康管理と資産管理をしっかりしなければならないでしょう。
せめて、40代からはそうしたほうがいいのかなと思います、自分自身の失敗に対する反省も込めて。

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2016年11月27日

転職すると気付く、他人の考える常識はこんなにも違う

転職した人が新しい職場の上司やベテラン社員からこういう言い方で怒られたり、バカにされることがあります。
「お前は(あの人は)何年(何十年)仕事をやってきたんだ。こんな常識的なことも知らないのか(できないのか)」と。
こんなことを言う人の中では、自分が言った(指示した)ことは世の中で通用する常識(当たり前のこと)なんだという思い込みがあるのです。
例えば、“挨拶をする”というのは、言葉だけ聞けばそれぐらいは常識だし誰でもできると思うかもしれません。
でも、以前の勤務先では組織の序列に関係なく誰にでも会えば挨拶を交わし合うという環境だったのに、現在の職場はまずは序列の上の人から先に挨拶するのが慣例になっていたとしたらどうでしょうか。
きっと、現在の職場で長く働く人にとってみれば新参者の転職者は常識を知らない人間に見えてしまうかもしれません。
転職して違う風土・慣習の職場に身を置くと、こういった一見些細な事柄の経験から「他人の考える常識はこんなにも違う」ということをしみじみ感ます。

何十年も同じ会社で働いてきた人が何らかの事情で初めて転職することになった時、最初にとまどう、つまづくのは実はこういった些細な事柄です。
私は現在飲食業界で働いていますが、この業界は三社目の経験です。
今のところは入社二ヶ月目ですが、以前の二社はそれぞれ一年間働きました。
一年間ずつの経験しかありませんが、それぞれの会社での上司やベテラン社員が私に教えたことは、同じ業務でもやり方が異なりました。
基本的な皿洗い業務のやり方だって違ったのです。
もちろんシステム(業務の流れ)が違うというのはありますが、そもそも「皿洗いとはこういうものだ」という考え方が違ったのです。
だから、転職先で以前の皿洗いの経験を生かして同じやり方をしようとすると、「お前は皿洗いもできないのか!」と怒られてしまいます。
長年仕事人経験を積んだ人でも、新しい勤務先で“仕事ができない人”などとレッテルを貼られてしまうのは、悲しいかなこんなところにあるわけです。

郷に入っては郷に従え』ということわざがありますが、新しい仕事、新しい職場、新しい人間関係になったら、周囲から冷ややかな視線を送られても、バカにされても、“使えないやつ”と思われても、ぐっとこらえて新しい常識とやらを吸収することに努めたほうがいいでしょう。
ほんと、世の中で常識と言われるものほどあてにならないものはありません。
なんたって、十人十様で常識の考え方が違うことってありますからね。
誰かが「それは常識だ」と言う時、それは「その人にとっての常識」と思っていたほうがいいかもしれません。
いろんな人の常識を受け入れられるようになると変化対応力が身につきます。
これは仕事人にとっては大事な能力の一つです。
「お前はそんな常識も知らんのか!」と怒られたら(バカにされたら)、「すみません、常識のない人間なんです」と謝ったふりでもすればいいでしょう。
「あなたこそ常識はずれだ!」などと反論して仮に相手を論破したところで何の意味もないし、内心腹を立てることさえバカバカしいことです。
ほんと、何度も転職をしてみると、他人の考える常識はこんなにも違うんだなぁと実感しますね。

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2016年11月26日

目指しているものが明確になっていないと、ここぞという時に思い切った決断はできない

こういうケースを想定してみて下さい。
あなたは今転職を考えているとします。
あなたの現在の年収は600万円ぐらい、勤務先は週休二日制で長期休暇もあり福利厚生も充実している大手企業、忙しい時は残業や休日出勤もあるけどまぁ許容範囲、仕事帰りや週末に友人たちと楽しく過ごせる余裕もあるという環境。
転職を考えた理由は、仕事があまり好きになれず、どちらかというと惰性的になってきており、職場の人間関係もあまり良くないので、もっと自分の能力を発揮し活躍してみたくなったということ。
転職先選びは仕事内容を重視したいと考えている。
そんなあなたの前に二社の候補企業があります。
一社は、仕事内容は希望にピッタリで経営者の考え方にも共鳴できるが、創業したての不安定なベンチャー企業で、年収は300万円ぐらい、休みも取れるかどうかわからないハードな仕事環境、自ずと友人たちと会う余裕もなくなるかもしれない環境。
もう一社は、年収は700万円ぐらい、仕事内容は希望とは少し違うがこれまでの経験が生かせそうな感じ、経営者の考え方は大まかなところしかわからないが、休暇や福利厚生などは今の勤務先と似ているようだ。
さて、あなたはどちらの会社を望みますか?

こういうケースの時、私も自分の過去の転職活動で経験があるのですが、目指しているものが明確になっていないと、ここぞという時に思い切った決断ができないんですよね。
当初の転職動機は仕事内容重視だったはずなのに、いざ実際に目の前に複数の候補企業があると、「年収は多いほうがいいなぁ、生活も楽だし、貯金もできるし」とか、「友人との人間関係は大事にしたいからプライベートタイムはあるほがいいなぁ」とか、「入社してから、やりたい仕事を見つけていけばいいかなぁ」とか、だんだん自分に都合のいいように考え方を曲げてきて、結局、仕事内容は二の次になってしまったなんてことはありがちなことです。
人生というのは不思議なもので、思い切った決断をした経験がないと後から後悔することがあったりするのです。
例えば、友人は同じような状況で思い切って仕事重視の転職をしたため、その後その分野で力をつけどんどん活躍のステージを広げていったのに、自分は以前とあまり変わり映えのしない勤め人人生を送っていたなんてことはありうることです。
「何だよお前、安定している優良企業を辞めてわけのわからんベンチャー企業なんか転職しちゃって、バカじゃないの」と嘲笑したら、いつの間にかそのベンチャー企業が急成長し友人は経営陣に名を連ね時の人になっていた、とかね。

仕事人人生に限らず、目指しているものが明確な人は精神的にタフだし輝いています。
他人が何を言おうが自分の道を歩み続けます。
こういう人は付き合っていて気持ちがいいし、こちらもプラスのエネルギーを分けてもらえます。
思い切った決断を数多く経験したきた人のアドバイスは身に沁みます。
あまりいい環境ではないかもしれませんが、人は追い詰められた時に思い切った決断をするというのはあります。
貯金が底を尽きた、生きるには何でもいいから収入を得るしかない、過去のプライドは捨てどんな仕事でもいいからありつこう、これも思い切った決断です。
今の仕事、生活環境には満足している、でも田舎の親が老齢でもう先がなく後継ぎが自分しかいない、田舎に帰って親の面倒を見ながら新しい環境で生きるという選択をするのには思い切った決断が必要でしょう。
おそらく、人間は一生のうちで思い切った決断をしなければならない場面がしばしばあるような気がします。
あなたはこれまでの人生で思い切った決断をした時はありましたか?
今振り返ってみて、それはあなたにとって良い結果につながる決断でしたか?

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2016年11月25日

できる仕事とやりたい仕事が違うってことあるよね

私は50歳目前のところで未経験の新しい仕事に就いたのですが、そのことを知ってこんなことを言う人がたくさんいます。
「これまで何十年も経験を積み築きあげてきたキャリアがもったいないね。これまでの仕事で培ったノウハウ・スキルを生かせる仕事のほうがやりやすいのでは?」と。
ふつうに考えればその通りなのでしょう。
定年退職後にそれまでの経験を生かしたビジネスで起業するのは、そのほうがやりやすく成功の確率も高いからです。
ただ、私だけでなく、他の人を見ていても、それまでのキャリアの延長線にない仕事を選ぶ人はけっこういるようです。

かつて、仕事で付き合いのあった外資系経営コンサルティング会社の経営コンサルタントはとても有能な人でしたが、ある時二人でランチをした際、「本当は今のような仕事ではなく、海外青年協力隊に入って発展途上国の開発に携わる仕事がしたいんだ」と言っていました。
また、かつて知り合いの人材コンサルタントに聞いた話ですが、大手企業を辞めてイギリスの有名大学に留学しMBAを取得し帰国した女性をキャリアカウンセリングしたことがあるそうですが、経験・実力からいって多くの企業に好待遇で就職できそうだったのに、彼女は子供の頃からの夢だったとかで花屋さんになったのだとか。
定年後に趣味を仕事にする人もいますが、似たようなものかもしれません。
最近もお店のお客さんから、25年間続けた仕事とは別の仕事をしたいという話を聞いたばかりです。

結局のところ、できる仕事がやりたい仕事とは限らないわけで、できる仕事とやりたい仕事が違うことがあるということですかね。
以前、できる仕事の延長で転職を重ねていた時、ある時期から何となくやりがいを感じなくなりました。
「たしかに、この仕事だったらどこへいってもそこそこできる自信はある。そうなるようにキャリアも積んできた。でもなぁ、私がやりたいことって本当にこんなことだったのかなぁ。何か刺激を感じないし、何となく仕事を淡々とこなしている日々のような気もするし。人生は一度きりだし、年齢とともにできなくなることもあるから、後悔しないためにもやりたいことをやろう」という思いが募りました。
そして今に至っているわけです。
率直に言って、やりたい仕事をしていると、最初は未経験で苦労が多くても精神的な充実感は感じますね。
たぶん、できる仕事ではなくやりたい仕事を選ぶ意味はそこにあるんだろうなと思います。

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2016年11月24日

予想できることは早めに準備、対応しておいたほうがよい

仕事というのは、やろうと思えばいくらでやれちゃうところがあるので、若い頃なんか徹夜したりして無理をしてしまうこともあります。
健康面を考えれば、仕事をやり過ぎないで適度に切り上げるのも大事なことかもしれません。
ただ、予想できることで今やっておいたほうが大きな効果が出るとか、後の負担が大幅に減るということであれば、多少無理してでもやってしまったほうがいいこともあるでしょう。
そこの見極めは仕事人としての経験を積んでいく中でそれぞれが判断力を磨いていくしかないでしょうね。
一般論で言えば、予想できることは早めに準備、対応しておいたほうがよいのは間違いないでしょう。
仕事は事前の段取りがよければだいたいうまくいくとも言われていますし。

話は変わりますが、私は新入社員時代に老後の生き方などについて書かれた本を読むような人間でしたが、ある時、職場の昼休みに机に座ってその手の本を読んでいたら、近づいてきた40代ぐらいの先輩同僚に、「君、そんなに若いのにもうそんな本を読んでいるのか。変わったやつだな」と驚かれたことがあります。
しかし、私にしてみれば、会社勤めしていたら、確実に定年退職があり、その後に老後の生活が待っているので、早いうちから心構えなど準備しておくのは当然という認識だったのです。
今振り返ってみると、そういった早い段階での備えは案外役立っているように思います。
そういう心構えの準備があったからこそ、人生の節々で老後の生活に役立てるためにこういうことを身につけておこうといろんな行動ができたからです。

早めに準備、対応できることを疎かにしていると必ずそのツケはきます。
子供の頃、長い夏休みに宿題を放り出して遊んでばかりいたら、夏休みが終わる頃に焦って苦労した経験のある人がいるかもしれませんが、例えて言うならそんなことです。
仕事でも私生活でも同じです。
備え有れば患い無し』って昔からよく言うじゃありませんか。
仕事の流れでやることが見えてきた時、会社を退職する時、親が高齢で何かとやばそうな時、子供の進学でお金がかかりそうな時、家を買うのにお金が必要な時、、、大きな出来事に対しては、おそらく多くの人が早めに準備、対応をするでしょう。
やや疎かになりがちなのは、小さい事柄ですね。
でも、意外にこの小さい事柄に対して手抜きせず準備、対応することが仕事の成否に影響したりするもんなんですよね。

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2016年11月23日

お酒をほとんど飲まなくなってわかったこと

『河本』(木場)ホッピー
(お酒を飲む人生から飲まない人生へ)
今年の9月頃からほとんどお酒を飲まなくなりました。
主な理由は、3月に仕事を辞めて失業状態が続き生活費のやりくりが大変になったので飲酒費を減らしたかったこと、また50代になり健康面での不安もあったのでお酒を口にするのを減らしたかったこと、この二点です。
40代まではかなりの量を飲み、外飲みも頻繁だったので、決意はよしとしてそう簡単に辞められないのではないかと思っていました。
そこで、お酒を飲む機会を減らすため自分なりの工夫をしました。
業務改善の仕事をしたことある人ならわかると思いますが、ある業務プロセスでポカミスがよく発生する場合、ポカ除け策を講じると有効です。
例えば、あるステップにその原因がある場合は、そのステップで必ずあることを実施しないとそのステップが完了できないようなしくみにするとか。

私の禁酒策について言うと、まず、調理専門学校の夜間クラスに通うことにしました。
加えて、自宅から学校までは徒歩30〜40分程度の距離だったので通学は徒歩にしました。
そうすると、授業が終わるのが午後10時頃で帰宅するのは午後11時近くになります。
当時、日中は朝からパートの仕事を入れていたので、学校帰りに飲みに行く気にもなれず、翌朝も早く、夕方から夜まで学校もあるので帰宅後も飲む気にはなれませんでした。
そういう生活の中では飲酒の機会はほとんどありませんでした。
また、人付き合いも減らしました。
私の場合、誰かと会う際などは必ず一杯飲みながらというのが多かったので、付き合いを避けると自然に飲酒の機会は減りました。
さらに効果的だったのは、学校で飲酒の害についていろいろ学び、健康食のことも学んだので、それを日々の日常生活に取り入れたことです。
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yoron at 09:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び