2017年06月07日

やる気だけ、頭の中のイメージだけではどうにもならない現実もある

ある中小企業で働いていた頃、大手企業から転職してきた私より少し年長の同僚がいました。
前職時代に重職を経験した人だけあって、パワーポイントでのプレゼン資料作成はうまいしプレゼンテーションもうまい人でした。
人当たりも良かったので私はその人に好印象を抱いていて、お客さんの対応も悪くはない感じでした。
どうやら当時勤めていた中小企業の社長がその人が勤めていた大手企業と取引していた頃からの知り合いで、その縁で半ばスカウトしたようなかたちで入社したようでした。
そういう人でしたが、社内では他の同僚たちとうまく関係を築くことができず、その結果だんだん行き詰っていって最後は寂しく去っていきました。
私は個人的にこの人と親しかったのでよく一緒に飲みに行きましたが、その場でよく愚痴を聞かされたものです。

大手企業で活躍した人材なのになぜ転職でつまづいたのでしょうか。
“郷に入っては郷に従え”ということわざもありますが、一言でいえば、前職時代の成功体験があるだけにそれをベースに物事が進められると思い込み、新しい環境や新しい人間関係を軽視してしまったところに原因があったんだろうと思います。
これはあくまでも一般論ですが、私が思うに、大企業は中小企業に比べ優秀な人材が多いような気がします。
ここでいう優秀というのは、例えば、論理的思考があるとか、システマティックな仕事の進め方ができるとか、資料作成がうまいとか、プレゼンテーション力があるとか、組織的な(協調性のある)仕事ができるとか、そういったことなどです。
中小企業はそういう人材が少ないがゆえに、大企業のノウハウを取り入れたくて大企業出身者を採用したがる傾向もあります。
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2017年06月06日

他人の良い面を認める意識は常に持っていたほうがいい。人は認められると嬉しいものだから。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローの欲求5段階説は有名なので知っている人も多いのではないでしょうか。
改めてどういうものか説明しますと、人間の欲求には5段階あり、それはピラミッド型になっていて、下層の欲求が満たされるにしたがい欲求は上層の欲求へ移っていくというものです。
で、どういう段階に分かれているかといえば、「生理的欲求→安全欲求→社会的欲求→尊厳欲求→自己実現欲求」という5段階。
特徴的なのは、上に行けば行くほど他人(周囲)から認められることで欲求が満たされていくことです。
わかりやすく言えば、人は誰かに認められると嬉しいものだということでしょうか。
このシンプルな原則を知っていると、対人関係において良好な関係を築き保つコツがわかるのではないかと。

私がここ数年身を置いてきた飲食業界、特に料理人の世界は、他人から認められる一人前の料理人になるには長く苦しい修行経験が必要みたいな堅苦しい風土が残っている部分があります。
(最近はこの風土も変わりつつあるようですけどね)
私が以前働いた飲食店の中には、新米は徹底的に叩きのめして根性含め基本を身につけさせるところから鍛え上げる、そのためにはとにかく叱り飛ばすのが最適な手段だと思い込んでいる親方がいるお店もあったのですが、その人のもとでは褒められた記憶が一度もないほどでした。
そういう環境では、正直言いますが、恐怖心で言われたことだけはやるものの、自ら何かしたいといったような向上心は一切生まれず仕事に対するモチベーションは低いままでした。
ただ、厳しいのが当たり前の職人の世界にあっても、「お前もやればできるじゃないか。努力したんだな」と、たまに、さりげなく褒めてくれる親方もいて、そういうタイプの親方に仕えた時はその一言が本当に嬉しかったものです。
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2017年06月05日

利害が絡む世界では人の腹の内は読みにくいところがある。だから人間関係で疲れるんだろうけど。

『二軒目』(目黒)瓶ビール、お通し
(相手の思惑は一体・・・)
かつて勤めた会社で相性の悪い上司に仕えていた時、この上司がいない場面では私に同情したふりをして、「お前もあんなダメな上司のもとでは苦労するよな」なんてなことを言う同僚がいました。
当時、その同僚は私の気持ちをわかってくれていると思い気を許し、仕事後に一緒に飲む時は二人で私の上司の悪口をよく言い合ったものです。
ところが、ある時を境に、この同僚は上司が私の悪口を言うとそれに同調して私を悪く言い出したのです。
上司が「まったくお前は何やっているんだ。私が指示したこともやらないで手抜きの仕事をしているんじゃないか」と私を叱責すると、「いやぁ、XXさん(私の上司)も苦労しますねぇ。仕事ができない部下を持つと上司は大変ですよねぇ」などと今度は上司に同情したふりをしたわけです。
その姿を見て以来、その同僚のことはまったく信用しなくなりました。
時々親しげに話し掛けてきたり、以前のように私の上司の悪口を言って私の関心をひこうとすることもありましたが、適当に合わせたり無視したりしていました。

私はこれまで何度か転職していろんな業界、会社で働いてきましたが、似たようなことは何度も経験したり、見たりしてきたので、利害が絡む世界での人間関係ではありがちなことなんだと思っています。
権力争いなどの社内政治の当事者になることはあまり好きではありませんが、とはいえ、状況によっては否が応でも巻き込まれてしまうこともあります。
社内政治では関係者の腹の探り合いが展開されるので、冒頭で話したような出来事がいつ起きるともわからず、お互いに言動が慎重になります。
私は若い頃からお酒好きだったので会社の同僚たちとよく飲みに行っていましたが、ある時から仕事関係者とは飲まずに社外の利害関係のない人たちと主に飲むようになりました。
仕事人人生が長くなればなるほど、利害が絡む世界では人の腹の内は読みにくいところがあることがわかったため、仕事関係者との飲みは気を許して(本音など言いたいことを自由に言いながら)飲めなくなったからです。
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2017年06月04日

他人の価値観ではなく自分の価値観で生きると人生を楽しめる

両津勘吉像1(亀有)
(自分の人生は他人の価値観ではなく自分の価値観で)
達観といったら大袈裟ではありますが、50代になってから「他人は所詮他人、自分は自分、自分の思いを大事にし自分らしく生きられればいいや」という考え方をするようになりました。
40代後半でキャリアチェンジ(仕事人人生の切り替え)をして以来、不安定な仕事、不安定な収入で仕事人人生を送り始め、たぶん現在は人生最大の貧乏人生活をしています。
正確にいうと、新入社員時代の貯金がほとんどなかった頃の次ぐらいの金欠状態でしょうか。
こんな境遇を他人に話すと、人によっては、「会社勤めで正社員やっていたほうが賢い生き方だったんじゃないの」とか、「勤務先が大手企業という恵まれた環境にいたんだから途中で飛び出さないほうがいい人生を送れたんじゃないの」とか言う人がいます。
こういうことを言われると、それはその人の価値観だから否定はしないけど、私は私の価値観を大事にして生きたいからほっといてくれないかなと言いたくなってしまいます。
まぁ、本音をストレートに言うと角が立つこともあるので、そこはやんわり「そうかもしれないですね」などと返すことが多いんですけどね。

で、そんな貧乏暮らしをしている私、人生を楽しめていないのかといえばまったく逆で大いに楽しんでいるんです。
収入や貯金が少ないから生活費のやりくりは大変なのですが、そういう状況下では工夫する知恵が働きます。
以前あるTV番組で一ヶ月一万円生活というのがありましたが、ちょっとした遊び感覚でそういうことに挑戦してみることもあります。
そうすると、買い物では少しでも安い物を買おうとするので、安いお店を探すことから始まり、同じような物(同じ機能の物)であればなるべく安い物を買うことを心掛けるようになります。
生活スタイルを変えると見える風景も変わってきます。
今まで素通りしていたお店の存在に気付いたりなんかしてね。
読書のために書店で買っていた本も無料の図書館を利用するようになったり、外出中にお茶したくなったら自動販売機で缶コーヒーでも買って近くの公園で景色を眺めながら飲むとか。
こういうことを続けていると、「なんだ、これで十分じゃないか」と思えてくるのです。
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2017年06月03日

知らぬが仏ということもある。あなたが知らない本当のこと、本当に知りたいですか?

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(知らなければよかった、、、なんてことも)
知らぬが仏』ということわざがあります。
知れば腹が立ったり悩んだりするようなことでも、そのことを知らなければ平静な心でいられることもあるという意味です。
世の中にはそういうことがたくさんあります。
例えばあなたが会社員だったとして人事異動で新しい部署に異動になったとします。
在籍していた部署の責任者からは、「会社はお前の能力を見込んで異動先での活躍に期待している。我が部署にとってお前が抜けるのは痛いが頑張ってこい」とエールめいた言葉をかけられるかもしれません。
そして、異動先の部署の責任者からは、「お前の能力には大いに期待している。この部署の要として頑張ってほしい」と歓迎の言葉をかけられるかもしれません。
もし、あなた自身が異動を不服に思っていても、そういった言葉をかけられれば悪い気はしないのではないでしょうか。
「もしかしたら、かなり期待されての人事異動かもしれない。頑張らなくては!」とモチベーションが上がることも考えられます。

しかし、あなたの人事異動が決まる裏側で、在籍部署の責任者はあなたをやっかい者として早く追い出したいと思って工作活動を行い、一方で異動先の部署の責任者もやっかい者のあなたを引き受けたくなくて工作活動を行っていた、なんてことがあったらどうでしょう。
そして、その事実をあなたが知ってしまったら、、、あなたのモチベーションは急降下するのではないでしょうか。
さらには、在籍部署の責任者や異動先の部署の責任者に憎しみを抱き、会社に対しても不信感を持つかもしれません。
人事異動の趣旨は適材適所ではあるのですが、人が人を動かすのだから現実の世界ではこういうことが往々にしてあるのです。
部署の責任者にすれば、自部署の戦力強化になる人事異動は歓迎するが、戦力ダウンになる人事異動は避けたいのが本音であり、それゆえ人事異動の裏側ではいろんな駆け引きが繰り広げられたりするのです。
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2017年06月02日

結局、わかる人にしかわからん、ということって多いよね

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(世の中そうしたものだ)
自分が身を置く業界、勤めている会社ややっている仕事のことをよく知りもしないのに、ああだこうだ言ってくる人の話しを聞きながら内心うんざりすることってありませんか?
あるいは生半可な知識や聞きかじった情報をもとに、ああすべきこうすべきなどとアドバイザー気取りの人の話しを聞きながら右から左へ聞き流していたことってありませんか?
私は若い頃ビジネス書を読むのが趣味だったので、いろんな業界やいろんな仕事に関する本を読んではそれだけで他の業界や他の仕事のことをそこそこわかったつもりでいました。
だから、異業種交流会などで他業界や他職種の人と話す機会があると知ったかぶりでしゃべることがあったように思います。
今思い返すと本当にお恥ずかしいかぎりですが、聞く側はきっと、「この人、うちの業界(私の仕事)の本当の実態を知らず表面的なことを知ったかぶりで話しているな」と見透かしていたのではないかと思います。

ある飲食店で働いていた時、そのお店の店主は人材がなかなか採れなくて困っていました。
これまでいろんな方法で採ろうと努力はしていたらしいのですが、何せ全産業の中でも人材不足が著しい業界としては有名なので、名もなく、採用にお金もかけられない小さな飲食店では人材確保が難しく行き詰っているようでした。
それでもどうにかするのが経営者なので、自分やお店のスタッフのつてを使って何とかしている状況でした。
店主は、飲みにやってくるお客さん(仕事人)とその話題(人材が採れなくて困っているという話題)でやりとりすることが多かったのですが、ほとんどのお客さんは、そのお店の実状に合った有効な方法ではなく、ありきたりな方法論だけ語る人が多かったですね。
採用媒体の活用だとか、紹介機関の活用だとか、ネットでのPRだとか、あるいはお金をかければいいとか。
私が聞いた限りにおいては、アドバイスというにはお粗末なものばかりでした。
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2017年06月01日

A社(Aという仕事)では有能評価でも、B社(Bという仕事)ではNG評価されることがあるし、その逆もある。

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(転職にはリスクもある)
30代ぐらいの時だったでしょうか、人材紹介業界で当時有名だった人材コンサルタントのセミナーでこんな話しを聞き驚いたことがありました。
その人はこんなことを言ったのです。
「転職には必ずリスクがあります。例えば、A社(Aという仕事)ではバリバリ活躍して高い評価を受け有能な社員と見られた人が、スカウトされてB社(Bという仕事)に移った場合、前職時代のように活躍できて同様の評価がされるかといえばそうならない、まったく逆の評価をされてしまう可能性もあります。つまり、A社(Aという仕事)では有能社員でもB社(Bという仕事)ではダメ社員の烙印を押されてしまうリスクもあるのです。もちろん、その逆のパターンもありますけどね」と。
この話しを聞く以前は、一つの企業(仕事)で力を発揮して高い評価をされる人なら、そもそも職務遂行能力が高いのだから他の企業(仕事)に移っても環境に慣れさえすれば徐々に力を発揮していくことはできるはずと思い込んでいたので、転職にはそんな現実があるということを知りショックだったのです。
というのも、当時、私は転職によってキャリアアップしていく仕事人人生を想定していたからです。

ところが、自分自身が何度か転職し、そして同業界ではなく異業界への転職を経験してみると、この人が言っていたことがよくわかりました。
転職経験がない人でも、他社(他の仕事)から移ってきた人と一緒に仕事をした経験のある人なら気付くかもしれません。
A社(Aという仕事)では高い評価を受けていたのに、なぜ移った先のB社(Bという仕事)ではまったく評価されないのか、理由は簡単です。
それは、その人が力が発揮できるような環境、条件があったA社(Aという仕事)とB社(Bという仕事)の環境、条件は違うからです。
これは人間関係も含めてです。
例えば、同業界であっても、A社(Aという仕事)では異能を歓迎する風土がありお互いの意見を尊重するのが当たり前だったので言いたいことが自由に言えたのに、B社(Bという仕事)では同質性が重視され自由なもの言いができない風土であればA社(Aという仕事)から移ってきた人は息苦しさを感じてしまうでしょう。
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2017年05月28日

人の死の知らせが人生観に影響を与えるのは間違いないだろう

墓地全景1
(死は誰にでもいつかやって来る)
先日、職場の同僚何名かと一緒にランチをとった際、同僚の一人がしきりにスマホをチェックしていました。
他の同僚が食事後にそのことについて聞いたら、知り合いが亡くなってその葬儀の連絡があったとのことでした。
その同僚は60代で、亡くなられた知り合いはおいくつの方だったかわかりませんが、きっとその報に接した時心中は穏やかではなかったのではないかと想像します。
まぁ、他人の死、特に身内や友人・知人の死というのは、死という事実の重さゆえショックを受けるものですけどね。
私は現在50代ですが、これまで身内では祖母、兄の死、親族の死、また他人では友人・知人の死を経験してきました。
身内の死もさることながら、友人・知人では同世代の人や若い人の死には少なからずショックを受け自分の人生観に大きな影響を与えました。

人の死の知らせが人生観に影響を与えるのは間違いないだろうと思います。
かつて勤めた大手企業で同じ職場の同僚だった二人がその会社を退職後それぞれ60代で死んだ際は、二人とも似たような境遇で死のタイミングが近かったのでいろいろ思うことがありました。
二人とも独身でその会社の社歴が長く、私生活の本当の姿までは知りませんが、二人とも堅実な生活スタイルを好むように見え、それゆえ仕事人引退後の生活への備えも十分で、勝手に長生きするのではないかと想像していました。
一人は会社の業績が悪化した際に実施された希望退職制度を利用して定年前に辞めましたが、社歴が長い上に退職に伴う特別加算金も受け取ったのでかなりの一時金(数千万円)を受け取ったのではないかと思います。
その人の自宅へ一度同僚何名かと遊びにお邪魔したことがありますが、趣味のクラシック音楽を楽しむために音響機器とレコードにはお金を使っているようでしたが、それ以外は公団住宅で家賃は安く、暮らしぶりは質素な感じがしたので貯蓄もそこそこあるような印象を受けました。
その人が会社を辞めた後、ヨーロッパなどに旅行に出掛けたという話を風の便りで聞いたりしていたのですが、、、親族からその人の死の通知をもらった時は驚きました。

この二人以外でもその会社時代の元同僚二人が50代で、一人は奥さんを残し、一人は奥さんと子供を残して死んだという連絡を受けたことがありますが、二人とも仕事での付き合いが深かったし、よく飲みにも行った間柄だったのでとてもショックでした。
50代での死は若すぎると思いますが、わりと最近の出来事でも、私的に付き合いがあり、元気でパワフルな姿の印象しかない50代の飲み仲間や一回り下の世代の趣味仲間の死の連絡を受け、「人間、いつ死ぬかなんて予期できないもんだなぁ」としみじみ思ったものです。
一人暮らしの老人は早死にしやすいといった話を聞き、私もこままいけば独居老人になる可能性も高いと思うにつけ、自分の死を想定して今のうちから何かできることはあるかなと考えることがあります。
私の両親は父母とも健在ではありますが年齢は既に90歳なので、正直なところいつお迎えが来ても不思議ではありません。
兄弟姉妹で末っ子の弟は40代後半、その他は50代と60代、こう言っては何ですが全員もう若くない年齢です。
自分自身含め身内が健康でいてくれることをありがたく思いつつ、死と人生についていろいろ考える今日この頃です。
あなたは、誰かの死によって人生観を変えた経験はありますか?
最近、誰かの死の報に接しショックを受けたことはありますか?

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2017年05月27日

心にもやもや感があると、仕事も生きるのも辛いんだろうなと思う

夜明けの風景(船倉海岸)
(気分爽快!、休日の朝)
土曜日の早朝、平日の朝より気持ち良く目覚めることができました。
外の新鮮な空気を吸おうと部屋の窓を開けると、冷んやりした外気が顔や皮膚にあたり心地良さを感じます。
この時ばかりは心のもやもや感はないですね。
もやもや感でふと思い出したのが、私が新入社員だった頃、上司だった当時の課長が言った言葉です。
今思えば、心のもやもや感を言葉として表現したのかなと。
「私が君のように若かった頃は、仕事はとても忙しかったけど何というか充実感があったな。休みなく働き毎日仕事漬けだったけどやりがいを感じていたんだ。それに、高度成長期だったので会社は明確な目標のもとどんどん成長し、従業員は働いた分の見返りを手に入れることができた。だけど、今のような低成長時代においては、会社も方向性が定まらず模索を続けるしかなく、なかなか結果(成果)が出ない状況においては従業員も心にもやもや感を感じながら仕事をしていて仕事にやりがいを感じられないこともあるんだ。疲れ方も昔と今では違うよ」と。

きっと課長が言いたかったのは、今のほうが精神的ストレスが大きいということだったのかもしれません。
そういえば、当時、その課長に上層部からおりてきていた仕事は、解があるようでないようで何かややこしいのが多かったような印象があります。
上層部の人間も実は自分でも解は持っていない、だから他人の力(知恵)を借りる意味もあって部下にその仕事を命じる、で部下が何かしら提案してきたら検討する、自分で納得いかなかったら何度もやり直しを命じる、その度に部下は振り回されだんだん精神的に疲れてくる、そういうサイクルだとたしかに精神的ストレスは溜まっていきます。
今朝はすっきり目覚めて気持ちのいい朝を過ごしていますが、会社勤めの時代になかなか決着のつかない案件を抱えていた時などは常に心にもやもや感があったので、休日目覚めても仕事のことが脳裏から離れず辛かったものです。
感じ方の違いはあれ、心にもやもや感があると、仕事も生きるのも辛いんだろうなと思います。

仕事をしていると何かをきっかけにストレスが溜まるのはよくあることですが、よく言われるようにストレスを溜め込み過ぎると精神面でよくないので適度に発散する必要があります。
おそらく、多くの仕事人は各自それぞれのやり方でそれをやっているでしょう。
それでもストレスの要因の根深さによってはなかなかストレスが解消できないこともあるんですけどね。
私の場合のストレス発散法は酒を飲んだり、酒を飲みながら気の合う人と大いに語り合うことが主でしたが、それがかえって状況を悪い方向へいかせてしまったこともありました。
かつて仕事で大きなストレスを抱えていた時、毎晩深酒して深夜遅くに帰宅というパターンを繰り返していたら、職場において意識不明でぶっ倒れてしまい長期入院を強いられてしまった経験がありました。
ただ、不思議なものでその仕事を離れてみると嘘のようにストレスが急になくなっていきました。
あなたの今朝の目覚めはいかがでしたか?
心にもやもや感があって、日々の仕事、生活を辛く感じていませんか?

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2017年05月26日

人材不足の業界を狙ってキャリアチェンジをすれば、50代、60代でも就職・転職は可能

私はかつて人材業界で転職コンサルタントをやっていましたが、その時つくづく思ったのは、50代以上の求人案件というのは本当に少ないんだなということでした。
それほど少ない状態なのに、そんな現実を知らずに転職活動をしている中高年者が、プライドの高さゆえせっかく紹介した数少ない案件をけんもほろろに断ることもあり残念な思いをしたものです。
例えば、ある大手ドラッグストアチェーンで薬剤師資格を持った人材の求人案件があり、年齢的には70代でも可能というのがありました。
どうやら、各店舗に専門知識を持ったアドバイザーを配置したかったようなのですが、薬剤師資格を持った人材が転職市場にあまにも少なすぎて大苦戦していたようです。
給料等の条件はけっこういいものでした。
私は、元大手製薬メーカーの研究者だったある60代の転職希望者(薬剤師資格所持者)にこの案件を紹介したのですが、この人は、「そんな(くだらない?)会社で働けるか!」と語気を強めて断ってきました。
はたして、この人は他に自分が望むような求人に出会えてうまく再就職できたのでしょうか。

当時の経験(転職コンサルタント)で言えば、例えば、若い人に限定しない好条件の求人案件には応募が殺到し、かつそうそうたる経歴を持つ応募者も多数いました。
求人を出している企業側は本音ではせめて40代ぐらいまでがいいかなと思っていても、応募があまりないかもしれないと思って年齢不問などと書こうものなら、50代、60代ぐらいの人はどんどん応募してきます。
要するに、そういう世代の人には応募できる案件自体が少ないので、応募できそうだと思えばダメもとで応募してくるわけです。
結果的に多くの応募者が不採用になり、やはり50代、60代の人にはいい条件での就職・転職は高いハードルになってしまうわけです。
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2017年05月25日

精神的に健全で仕事ができているならブラック企業でもかまわないのかもしれない

いつの頃からかブラック企業という言葉が流行り出し、最近は厚生労働省がブラック企業をリストアップして公表しているようです。
それはそれで社会全体を良くするためにはいいことなのでしょうが、私自身は、精神的に健全で仕事ができているならブラック企業でもかまわないのかもしれないと思っています。
というのは、以前弟と飲み語りをした際、弟からこう言われたのです。
私は当時大手企業の正社員として働いていて、弟は待遇面は完全にブラックの会社でアルバイトをしていたのですが、「兄貴の話しはさっきから仕事の愚痴ばかりだ。兄貴は俺に正社員のほうが得だぞと言うけれど、私は今の仕事に特に不満はないし、やりがいとまでは言わないまでも嫌気はさしていないから愚痴をこぼさずやっていけている。いろんな面で恵まれているはずの大手企業の正社員の身分なのに、嫌々ながら仕事をしなければならないのなら俺はまっぴらごめんだね」と。

私は今、当時の、そして今の弟と同じように非正規社員として働いています。
40代後半まで正社員として働きましたが、思うところあって大胆にキャリアチェンジをしました。
以来、収入面など待遇面は恵まれず、かつ、勤務先によっては完全にコンプライアンス違反の企業も経験しています。
ただ、会社の規模が小さいので雇用面ではコンプライアンス違反が多々ありながら、職場の人間関係が良かったので働きやすかったところもあります。
働きやすかったところは精神的に健全だったので、世間的にはブラック企業と言われようと私自身は一切意に介しませんでした。
自分でそういう経験をしてみると、当時弟が私に言ったことがよくわかるようになりました。

たしかに、企業は社会的存在なので決められた法律等は遵守し、雇用者は雇用した従業員の人間性を尊重して働かせなければならないでしょう。
理屈の上ではそうであっても、企業はし烈な競争社会で生き残っていかなければならないので多少コンプライアンス違反があっても(それを知っていても)事業を優先してしまうのが現実です。
サービス残業しかり、パワハラ・セクハラしかり。
正直なところ、私は働く上において大事なのは、精神的に健全で仕事ができるかどうかではないかと思うわけです。
極端な言い方をすれば、いくら給料が多くても、休みが多くても、福利厚生が充実していても、精神的に病むような仕事であれば、その人にとってその仕事はブラックだと言えるのかもしれません。
私が今身を置く飲食業界はブラックの代名詞のような業界でもありますが、中にいると生き生き働いている仕事人たちにたくさん出会います。
結局のところ、ブラックかどうかは働く人一人ひとりの心が決める部分もあるのもしれないと思ったりもします。

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2017年05月23日

未経験の仕事でも、何かしらできることが増えると面白くなり欲も出る

20数年の仕事人人生をオフィスワーカーとして送ってきたのに、50歳が目の前に迫った頃、「このままの(これまでの延長の)人生でいいのか。他にやりたいことはないのか。やりたいことがあるのにそれをやらない人生を送ったら後で後悔しないか」という思いが強くなり、「やるなら今でしょ!」とばかりに未経験の飲食業の世界に飛び込みました。
仕事に就く前に、基本的なことを知らなさすぎるとまずいだろうと手始めに調理専門学校で勉強してから飲食の仕事に就きました。
他の仕事にも言えることでしょうが、仕事の現場はその現場に応じた仕事のやり方をしないといけません。
学校で勉強した事柄は一旦脇に置いといて仕事のやり方を覚えていく必要があります。

初めて飲食の仕事の現場に身を置いた時、正直言って、あまりのきつさ、あまりの自分の対応力のなさに心が折れそうになりました。
「この仕事は絶対私には向いていない。もう諦めたほうがいいのではないか」と何度も思いました。
何時間も立ちっ放しな上に激しい肉体労働だからかなり疲労を感じ、仕事を終えて自宅に帰るといつもぐったりした状態で、寝ると深い眠りに落ち夢さえ見ない日々が続きました。
加えて、職場には職人タイプの人が多いので厳しい言葉を何度も浴びせられ、「お前はこの仕事には向いていないな。さっさと辞めちまえ」と何度言われたことか。
砂糖と塩を間違えたら、「お前の味覚・視覚では砂糖と塩の区別もつかんのか。料理人になる以前の欠陥があるな」と嘲笑され、まかない用の料理をレシピを調べて作ったら、「犬の餌を人間に食わせるのか」と怒られたこともあります。

そんな経験をした私も、この世界に入って3年近くになりました。
まだまだ未熟で大したこともできないのですが、それでもちょっとずつできることが増えてきているように思います。
立ちっ放しで仕事をすることにも体が慣れてきたし、包丁を使って食材を切ったり、鍋を使ったり、調味料を合わせてみたり、そういった基本的なことも少しはできるようになってきました。
職場の仕事で直接生かせる機会がなくても、先輩たちの仕事ぶりを観察しながらそれで得たものを見よう見まねだけど自宅で再現してみたりしています。
完全に再現はできなくても何となくできると嬉しくなり、そこから自分なりの工夫をすることもよくあります。
今はとにかくさらにいろんな経験を積んでできることをどんどん増やしたいと考えています。
未経験の世界に飛び込んだ当初は大変さばかりが身に沁みましたが、そんな仕事でも、何かしらできることが増えると面白くなり欲も出る今日この頃です。
仕事というのは、この域に達したあたりから面白さ、やりがいを感じていくものなのでしょうね。

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2017年05月22日

過去に生きず、今とこれからを見つめて生きるのが幸せをつかむコツではないだろうか

私の好きな言葉にこういうのがあります。
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる
また、自分の生き方を考える上で次の言葉は常に念頭にあります。
起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半
年をとればとるほど、いろんな人生経験を積めば積むほどこれらの言葉が心に沁みてきます。
以前から記事で時々書いていますが、50歳前後から私は金銭的に貧乏暮らしをし、仕事は小さな目標を掲げながらマイペースでやっています。
こういう自分の今を見つめてみると、自分が望んだ生き方になっているんだろうなと思います。
今は独身で自由気ままな一人暮らしだからこのライフスタイルを気に入っていて十分幸せを感じています。
これが結婚して家庭があり子供でもいたなら私の人生は今とは違ったものになっていたかもしれません。

私は現在52歳ですが、同世代の友人知人たちを見ると、出世という点で言えば、大手企業の役員や部長に昇進していたり、事業を興して軌道に乗せ活躍している人もいます。
ここ数年会っていなかった知り合いの女性がいつの間にか大手企業の重職に就いているのを知り「凄いな、活躍しているな」と思いました。
ただ、私はある時を境に組織で出世することに興味を持たなくなり、自分の好きなことをやりながら好きなように生きる道を選んだので、周囲の人が出世して活躍していることを知っても、その人の頑張りを認めつつ羨ましいという感情は一切ありません。
今は、人それぞれどんな生き方をしようと自分が幸せになる道を進んでいけばいいのかなと思うだけです。
結局、一人の人間の存在は、『起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半』なのであれば、身の丈に合った生き方で人生をまっとうすればいいだけなのかなと。
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2017年05月21日

雇われて働き続けたい人は、時々自分のその時点での市場価値を把握しておくのが賢明かと

私は、もうかれこれ勤め人を30年以上続けていますが、この間に何度か転職をしました。
年収などの待遇面でみると、40代前半あたりがピークでその後は右肩下がりで今日にいたっています。
私の脳裏には仕事人人生の選択として常に転職という二文字があったので、その時々の年齢での自分の市場価値が気になっていました。
だから、実際に転職を実行するという行動を起こさないまでも、大手の求人サイトに登録して求人情報をチェックしたり、人材会社からのスカウトメールを受け取ったりしていました。
一般的には中高年からの転職は厳しいと言われていますが、そのことを強く実感したのはスカウトメールがほとんど来なくなり、たまに来てもコンビニのオーナー募集のようなものばかりになったことでした。
たしか45歳あたりを境にしてだったと思いますが、以前から利用していた大手の人材紹介会社の担当者の対応が明らかに変わったのです。
それ以前は私のキャリアに合った、また希望する求人を紹介してくれていたのに、こちらが要望メールを出しても「案件があればお知らせします」といったつれない返事ばかりでした。

この時に、「あー、私もとうとう転職市場では売れる商材ではなくなったんだなぁ」としみじみ思ったものです。
個人の能力・スキルによっても違いはありますが、まぁ、勤め人は年取ったら買い手が減る傾向にあるのはたしかですね、自分を売りたい人は多いのに。
かつて人材紹介会社で人材コンサルタントとして働いたことがありますが、当時求人企業が提示してきた欲しい人材の年齢層は25歳〜35歳というのがもっとも多かったんですよね。
こういう現実を知ると、「なるほど、だからこの年齢層の時には求人情報の連絡が多かったのに、年齢が高くなってからはほとんど来なくなってしまったんだな」と納得したものです。
こういう実態を知らない人が、就職・転職で苦労している中高年者に「中高年者の求人が少ないのは当然だ。とにかく採用してくれるところがあるまで受け続ける努力が大事だ」と精神論をのたまうことがありますが、私のように裏事情を知ってしまうと精神論だけで何とかしようというのは労多くして益なし(少なし)だから、就職・転職に対する考え方や活動のやり方を変えるほうが賢明と思ってしまうのです。
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yoron at 08:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2017年05月20日

一般論や正論はいいから、即・直接役立つアドバイスが欲しい時ってあるよね

かつて勤めた大手企業時代、頭の回転の早い上司に仕えたことがあるのですが、その人の難点は、話す時に理屈や理論重視で話す時間が長いため、部下が急ぎの案件を処理しなければならない時にそれが障害となってしまうことでした。
例えば、簡単に承認してもらえるだろうと思った資料を持っていくと、「なぁ、XX君。この案件の本質を君は理解しているかね」と始まり、私が何かしら回答しそれが相手の期待に合っていないものだとそこから延々と自分の考えを述べ出すのです。
私としては自分の中で仕事の段取りを組み立てていて、まずは簡単な案件をさっと処理し、時間のかかりそうな案件はじっくりやろうと考えていても、上司対応で簡単な案件が2時間も3時間もかかると当然他の仕事にも支障が出るわけです。
そんなもんだから、明朝の会議で配布する資料作成が上司が帰る時までに承認取れなかった際は、深夜遅くまでかかって作成し翌朝上司が出勤してきたら確認してもらい承認をとるなんてことをやっていました。

実は、この上司、一事が万事こんな調子だったので、社内では嫌われ者になっていて、「あの人のところに行くと面倒だから」と思われ他部署の人はあまりやって来ませんでした。
部署の責任者だから、どうしてもその人の承認が必要になった時だけやって来るみたいな状況だったかもしれません。
そういう面倒くさい上司だったので部下も敬遠しがちでしたが、話しの内容自体は正論が多かったんです。
「いいかね、XX君。仕事をする上においてはな、まずは考え方が大事なんだ。よく考えて本質を見抜き、そこから仕事を組み立てることが大事なんであって、考え方が間違っていれば成果が芳しくないのは当然じゃないか」と言われれば、「はい、まったくその通りです」としか言いようがないんです。
その人は有名国立大学の法学部を卒業した人で、当時の勤務先の親会社から転籍してきた人でした。
親会社ではその流儀でよかったかもしれませんが、子会社(他の会社)に移ったからには実状に合わせ自分自身の考え方ややり方を変えたほうがうまくやれたかもしれないと思うのでした。
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yoron at 10:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2017年05月19日

なるほど、経験してみると実態が見えてくるというのはたしかにある

以前、銀座の高級和食店で板前見習いとして働いていた時、当時の料理長からこんなことを言われたことがあります。
「料理人の世界はピラミッド型になっているんだ。真剣に修業を積んで一流の料理人になりたいという人は高級なお店を職場に選び、そこまで志の高くない人はちょっと高めの居酒屋あたりで働き、まともに料理人になれないような人は安い店や立ち食いそばなどに行くんだ」と。
業界経験がほとんどない当時、この言葉を聞いた時は、どんな職業の人であれ見下すような言動に反発を覚えたのですが、このお店を辞めた後、高級居酒屋、安居酒屋の厨房を経験してみると、「なるほど、当時料理長が言っていたことはこういうことなんだな」と実態が見えてきたような気がしました。

飲食店というカテゴリーは同じでも、どういう客層を狙うかによってお店の体制はずいぶん違うものだなぁと。
高級和食店時代には当たり前のこととして教えられたことが居酒屋などでは当たり前ではなかったのです。
高いお金を払うお客さん相手だと料理に一手間も二手間もかけて、お客さんにお金を払うだけの価値があると思わせなければなりませんでした。
そういった料理を作るのは、昨日今日から料理人修行を始めたといった素人ではできませんので、それなりに経験を積んだ料理人が担当します。
これに対し、安い居酒屋などは、学生アルバイトなどが料理長からレシピを教えてもらって作ったりするのですが、それほど手間をかけないし、冷凍食品を多用して極力誰でも対応できるような流れになっています。
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yoron at 18:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2017年05月16日

仕事人人生が不調の時、仕事以外でうまくいくものがあると精神面で良い効果がある

20代後半から40代にかけてインターネットの世界にはまったのですが、特に同好の士を集めることを目的としたコミュニティ作りとその運営が大好きでした。
一時期は、本業の傍らでネットサービス運営会社と契約し同社のコンテンツであるコミュニティの委託運営によって副業収入を得ていたこともあります。
これらのコミュニティは自分で立ち上げたので事業をゼロから興した創業者のような気分が味わえ、苦労もありましたがその苦労を吹き飛ばすぐらいの充実感がありました。
仕事ではストレスが溜まることがあってもこの活動ではストレスはほとんど感じなかったですね。
自分が作ったコミュニティの趣旨に多くの人が賛同しメンバーが増えれば増えるほど運営にやりがいを感じたものです。

一方で本業のほうはどうだったかといえば、うまくいかず壁にぶち当たることもしばしばありました。
そういう時はストレスが溜まりモヤモヤ感がずっとあったのですが、先程言ったように本業以外で夢中になって取り組んでいたことはとてもうまくいっていたので、精神面では本業の不調を大いにカバーしてくれました。
仕事の合間にストレス発散だとばかりに何かをちょっとやるよりも、夢中になって取り組み、うまくいっていることが自分でも実感できるような何か、しかもそれは長く取り組んでいる、そんなもののほうが精神面での効果は大きいと思います。
長続きしているものがあると、例えば、仕事が行き詰って辞めたくなった時などにそれが折れそうな心を支えてくれたりするのです。

実は、50代の現在、かつてのような仕事以外でうまくいっているものがないんです。
40代まで夢中になって取り組んでいたことは40代で終わり、現在はそれに代わるものがなかなか見つかっていない状況です。
頭の中ではそういうものの重要性をわかっているので、この世代から夢中になって取り組めるものは何かないかなと考え続けています。
このブログも長年継続している本業以外の好きな活動ですが、仕事(本業)に対する思いがかつてに比べると薄れてきたせいか、記事を書いていてもいまひとつ熱くなれない自分がいます。
あなたは今、仕事の調子はどうですか?
仕事が不調の時、精神面で支えてくれる仕事以外の何かありますか?

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yoron at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2017年05月15日

就職・転職活動で何度も落ちるとショックではあるがその経験で身につくこともある

これは経験した人しかわからないでしょうが、就職・転職活動で受けた会社から不合格の判定をされるとやはりショックを受けます。
特に、自分の過去の経歴・実績に自信を持ち、そんな自分を他人も評価してくれると思い込んでいる人ほどショックは大きいでしょう。
私は、落ちる経験を数え切れないぐらい経験してきた今となっては、もし合格したらラッキーぐらいの思いで受けることが多いので落ちたところであまりショックは受けず、「さて、次いくか」とすぐ気持ちを切り替えることができます。
今でこそそうなのですが、若い頃に初めて転職活動して受けた会社から不採用通知をもらった時は、しばらく立ち直れないぐらいショックでした。
「社内で真剣に検討した結果、誠に残念ながら・・・」という文書をもらう度、ショックを受けながらも真剣に検討したという文言に少し救われた気持ちになっていました。

しかし、自分が逆の立場で採用担当者になってわかったことですが、この文言というのはほとんど常套句なんですよね。
中には本当に真剣に検討する応募者もいるのですが、応募書類をチラ見しただけで落とすような応募者に対しても不採用通知の文面は同じなんです。
採用担当者は多くの応募者の事務処理を効率化するために同文面にしているわけです。
いろんな会社をたくさん受けて不採用通知をもらうと、多くの会社が似たような文言を使っていることに気付くはずです。
私は40代の時の転職活動でたくさんの会社を受けた経験がありますが、中高年の転職活動は難しいということは予備知識としては持っていたものの、それを身を持って実感できました。
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yoron at 18:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2017年05月14日

50代から考える、老いのこと、仕事のこと、死ぬこと、etc.

私より人生の先輩方からは「まだ若いのに」と言われそうですが、この頃、老いのこと、仕事のこと、死ぬことなどについて考えることが多くなりました。
それにはこんな背景があります。
私は昨年の5月に現住地に引っ越してきてちょうど1年が経ちますが、以前住んでいた地と比べるとある点において大きな違いがあり、それは外で見かける住民の世代層がかなり違うことです。
現住地ではとにかく老人をよく見かけるのです。
まるで高齢者の割合が多い明日の日本社会の姿を見ている感じです。
そして、私がこの地にやって来て常連になった居酒屋は、未亡人の女将さんをはじめ常連のお客さんの多くが60代以上で、お店で飛び交う話題には、病気、健康、老後の生活、年金、収入、死のことなどがよく出てきます。
こういう環境に身を置いていると、自然に自分自身の老いのこと、仕事のこと、死ぬことなどを考えるようになったのです。

このお店にやってくる人はそれぞれいろんな境遇にあって、話を聞いているだけでも自分の今後の人生の参考になります。
先日、こんな話を聞きました。
常連さんの一人が今年大手電機メーカーで定年を迎えるらしいのですが、会社に再雇用制度があるものの、本人は長年の勤め人人生に疲れたらしく定年で辞めようと考えていると女将さんや他の常連さんに話したらしいのです。
それを聞いた女将さんや常連さんたちは、口々に「継続して勤めることができるなら勤められるだけ勤めたほうがいい。何か思い入れの強いやりたいことがあるなら別だけど、今のご時世において60代での再就職なんてなかなかできないし、それに長い老後の人生を考えると生活費的に有利になる選択をしたほうが賢明だよ」とアドバイスしたと聞きました。
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yoron at 16:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 人間バンザイ! 

2017年05月13日

好条件の転職は、自分のプライドや周囲の冷たい態度で失敗するリスクも伴うものだ

若い時に日系の大手企業で働いていた頃は、「この会社では力を発揮しても若いうちは給料を大幅に上げることも昇進するのも難しい。年齢に関係なく能力主義の制度が整っている会社で、もっと私の能力を評価してくれる会社で働きたい」とよく思ったものでした。
特に20代後半から30代ぐらいまではそんな思いが強かったように思います。
そんな思いを実行に移すべく、これまで何度か転職を重ねてきました。
当時の私は、“キャリアアップ=年収やポジションアップ”という考え方でしたから、転職先から提示された条件がそれに叶っている場合、その転職は私にとって成功といった認識でした。
だから、転職した直後は希望が叶ったと嬉しかったですね。

しかし、これは自分自身の経験を通して、あるいは他人の同様の転職を見ていてもわかったことですが、好条件の転職は、自分のプライドや周囲の冷たい態度で失敗するリスクも伴うものです。
好条件で迎え入れられたことで、「この会社は私の能力を高く買ってくれている。その期待に応えられるだけの力を発揮しなくては」という意識が強くなると同時に、前職時代で培った自分の実力に対する過信もあって肩に力が入り、周囲をよく観察して状況把握をしないままあれこれやろうと意気込んでしまうことがあります。
短期間で何かしらの成果を出せていないと、「そろそろ会社にアピールできる成果を出さないと」という焦りみたいものも出てきます。
これは本人の問題ですが、もう一つ、その人を受け入れた会社、配属された職場の受け止め方の問題もあります。
その人がどういう条件で採用されたかを知らない人は多いかもしれませんが、例えば高い役職で入社してきたら好条件で採用されたと誰もが考えるはずです。
そうすると、その人より地位の低い人たちなどは、その人の一挙手一投足が自分の仕事にどんな影響があるのか戦々恐々としながら、「さて、この人はどれぐらいのことができるのだろうか」と冷めた目で言動を注視したりします。
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yoron at 08:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び