2018年09月22日

自業自得、それはやっぱりその人の日頃の言動の結果だね

『二軒目』(目黒)瓶ビール、お通し
(他人の失敗を見て、「そりゃ、自業自得だな」と思うことありませんか?)
先日、職場の責任者が「私に現場の報告があがってこない!、現場は何やっているんだ!」と怒り気味で言っていました。
その人は、日頃から現場では細かいことまで口を出し厳しくあたる人でした。
この責任者の言葉を聞いて、私は“自業自得”という言葉を思い出しました。
自分で行った悪い言動の報いを自分で受けるという意味の言葉です。
現場のことにあれこれ口を出すこと自体は決して悪いことではないかもしれませんが、それによって結果的に現場が委縮してしまい責任者に報告しないことが多くなったとしたら、それはやっぱりその責任者の言動が悪かったということになります。

同じ口を出すのでも、現場の人たちが納得しどんどん報告してくれるようなコミュニケーションのし方をしていたら結果は違ったものになるでしょう。
かつて勤めた大企業で、現場たたきあげのある取締役がよく現場に顔を出していました。
ふつう、お偉いさんが現場に顔を出すと緊張するし内心迷惑に感じる人も多いものですが、その取締役は比較的歓迎されていました。
なぜかと言えば、第一声は現場の人たちを労い、そして口を出すのもさりげなく、そして現場の人と同じ目線で話したからです。
決して権力を笠に着たもの言いのし方をしませんでした。
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2018年09月21日

残念、弱い者イジメをして逃げの仕事人人生を歩む大人たち

8ed76aa8.jpg
(残念な人に出会ったら反面教師にしよう!)
私がまったく未経験の飲食業界に飛び込んで働き出してから、かれこれ5年程の歳月が過ぎました。
「料理人になろう!」と一大決心をしてこの道に進んだのが50歳が近づいてきた時でした。
挑戦といえば聞こえはいいのですが、ある面では無謀といえば無謀です。
長年の仕事人人生で培ってきたものをすべて捨ててゼロから再出発したのですから。
それはさておき、この5年の間に7社勤務先を経験しましたが、この業界がブラックと言われるゆえんがよくわかりました。
腕の立つ料理人になるんだ!とか、将来自分のお店を持つんだ!といった夢を抱いて頑張っている人もいるので業界全体をネガティブには言いたくありませんが、ただ、現場に身を置いていると残念なことを頻繁に経験します。

その一つに、弱い者イジメをして逃げの仕事人人生を歩む大人がけっこういることです。
忘れもしません、それは私が最初に飲食の仕事を経験した時の出来事でした。
希望を胸に飛び込んだ職場で責任者から言われたことはこういったことでした。
「大学まで卒業していながら、いろんな良さそうな会社勤めまでしていながら、よくまぁこんな最低の業界にきたもんだな」、「大学までいかせてやった両親は、お前がこんな仕事に就いていると聞いたらきっと泣くぞ」、「大学まで卒業していながらこんなこともできないなんてお前は余程のバカなんだな」と。
その責任者は、「俺の最終学歴は中卒だ」が口グセでした。
私より年長だったその責任者がどういう仕事人人生を歩んできたのか知る由もありませんでしたが、コンプレックスの塊のような人だったような気がします。
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2018年09月20日

名刺を持たない仕事人人生は本当に楽でいいね!

8月11日抜けるような青空1
(名刺を持たなくなってわかったことがあった)
私は2013年5月から今日までの約5年間、名刺を持たずに仕事をしています。
それ以前は会社側から自動的に支給されていたので持っていました。
2013年5月以降に就いている仕事は飲食店の厨房の仕事で、職場の責任者以外は名刺を誰かに渡す機会もありません。
また、飲食業界で働き出してからは一度だけ正社員として働きましたが、あとはすべてパートもしくはアルバイト勤務なので名刺はまったく不要でした。
そんなわけで仕事上の名刺は持っていません。
ただ、プライベートでは趣味の活動用として作ったのがあります。

かつて、どこかの組織の一員として名刺を配っていた頃は、どこか誇らしいところがあったり、安心感があったり、その組織の一員としての責任感みたいなものがありましたが、正直なところ、現在はそういったものはまったくありません。
現在はひたすら与えられた仕事を淡々とやり、気にするのは自分の腕を磨くことのみ。
現在の仕事は外部のお客さん(飲食店の来店客)と直接接することがほとんどないので、「私はこういう者です!。以後お見知りおきを!」と自分をアピールする必要も機会もありません。

名刺を持っていた状態からまったく持たない状態で仕事に就いた最初の時は多少違和感があったし、プライベートで友人・知人から名刺を求められ渡せなかった時はやや卑屈な気持ちもありました。
しかし、今は、「名刺を持たない仕事人人生は本当に楽でいいね!」というのが率直な気持ちです。
たまに、大手企業を定年退職した人などに出会うと過去の栄光話を聞かされることがありますが、それはその人が在職中でその会社の名刺を持っていた頃なら説得力もあったでしょうが、辞めてしまった後では「だって、あなた、今はただの(その会社とは関係ない)人でしょ」と思うだけです。
やっぱり、一個人、仕事人としての魅力とか力は所属する組織とは関係ないんでしょうね。
あなたは今自分が持っている(持たされている)名刺についてどういう思いがありますか?

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2018年09月19日

ゆるい生き方をしている私の日常生活はこんな感じだ

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(ただ今、ゆるい生き方を実践中!)
ハードワークをしたと思ったら急に(仕事をあまりしない)ゆるい生き方をする、これを人生において繰り返しているのが私です。
今年の4月までは、飲食店の仕事を日中、夜の二つ掛け持ちでやっていましたが、やや疲れを感じたことと、日中の仕事があまり勉強にならなかったので4月で辞め、以来今日まで夜の仕事一本できています。
仕事といってもパート勤務なので正社員ほどは責任は重くなく、かつ1日の労働時間は5時間と短めです。
また、時給は1,000円程度なので週一の休みで月25日前後働いても収入は10万円を少し超えるぐらいで大したことはありません。
残業が多い時期は少し収入が増えますが、それでも多くて12万円程、休みが多かった時は10万円を切ることがあります。

家賃、水道光熱費、通信費など比較的固定している出費が毎月8万円前後なので、それ以外の出費を2、3万円ぐらいで抑えないと毎月赤字家計ということになります。
実際のところは毎月赤字で、その補てんは過去の貯蓄の切り崩しです。
現状のままでいくと生活費面で行き詰るのはわかっているので、そのうち他の仕事を見つけて再びハードワークをすることになるでしょう。
ただ、それまでは現状のままゆるい生活が続きます。
では、どれだけゆるいのか、典型的な一日の過ごし方の例を以下に紹介します。
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2018年09月18日

ワークライフバランス?、心のバランスがとれていればいいだけだと思う。

『駿』(新橋)ボウリング大会(全体風景)
(どんなスタイルであろうが人生が充実していればその生き方は間違っていないと思う)
いつの頃からか流行語になったような“ワークライフバランス”という言葉。
この言葉が出てきた背景には、日本人は働き過ぎ、結果、自分の私生活、家庭、健康等に悪影響を与えている、仕事以外何もできない、みたいなネガティブなイメージがあったからなんだろうと思いますが、この言葉一つとっても言葉が一人歩きしまうということはよくありがちです。
この言葉を正しく使うならば、本当に働き過ぎて他に悪影響を与えている人向けに使うべきでしょう。
真面目に仕事しているわけでもなく、成果らしい成果も出せず就業時間中はダラダラ過ごし、就業時間が終わってから残業代稼ぎのために夜遅くまで居残っている人に対しこの言葉を使っても意味がありません。
こういう人に対し言うべきなのは、「就業時間中はしっかり働いて、仕事が終わったらさっさと帰れ」ということでしょうか。

自ら起業して面白そうに楽しそうに仕事をしている人を例に出すまでもなく、仕事が好きという人は世の中にたくさんいます。
自らの意思で一日の大半を仕事時間に充てている人もいます。
一方で逆の人もたくさんいます。
仕事が嫌で嫌でしょうがないにも関わらず、周囲の視線が気になって何となく居残り残業をしていたり長時間労働に付き合っている人もいます。
中には、過酷な労働を強いる経営者や上司のもとで不本意な仕事のし方をしている人もいるでしょう。
いずれにしても、仕事が人生のすべてというわけではないし、あるいは仕事を人生のすべてにしてもいいし、それは自分が決めることです。
奴隷制度のある国ではないのですから、仕事、仕事のし方は自分でしっかり決めるべきです。
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2018年09月17日

経験の蓄積がないうちは、一切反論などせずに学びを増やすことが賢明

早朝の風景(秋葉原)
(相手に反論して何かいいことありましたか?)
自分の意に反することを言われたり、やらされたりすると、ムッとして反発したり、拒否したくなるのは人間の自然な感情です。
本来なら他人がやるべきことをその人がやらないばかりに自分がやるはめになったという経験をした仕事人も多いはずですが、こういう時って、上司命令でしぶしぶやりつつも、内心では「どうして私がやんなきゃならないのよ!、まったくもう」なんて腹が立ってしょうがないですよね。
中には、「おっ、チャンスが回ってきた!」というふうに前向きにとらえられるすごい人もいるのでしょうけれど。
年輩者の中には、自分の意に反することを言われたり、やらされようとした時にあからさまに抵抗する人もいます。
こういう人たちはなぜそういうことができるのか(そういうことをするのか)といえば、それまでいろんな人生経験を積み重ねているので、抵抗することのメリット・デメリットをちゃんと自分の中で考えることができているからです。

これはあくまでも私個人の経験を踏まえて言うのですが、“経験の蓄積がないうちは、一切反論などせずに学びを増やすことが賢明”なのかなと、年齢に関わらず。
ある分野(仕事)でのノウハウやスキルを増やそうとする際、経験もないうちから経験者の言うことや指示することに対しあれこれ反論していたら、相手はその人と付き合いたいと思わなくなり、その結果その人は相手から何も教えてもらえなくなるでしょう。
相手だって、その人がその分野(仕事)において十分なノウハウ・スキルを有しているとみれば反論も真剣に受け止めてくれるかもしれません。
逆に大したノウハウ・スキルもないのに口では偉そうなことを言うと判断すれば、この人と付き合うのは面倒だと見放してしまうでしょう。
世の中にはたくさんの分野(仕事)に関するコンサルタントが存在しますが、自分で得意とアピールしている分野(仕事)でも、その分野(仕事)を専門としている人からみれば、「この人はよくわかっているな、利用のしがいがある」というコンサルタントもいれば、「この人は何もわかっていないな、利用する価値はない」というコンサルタントもいます。
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2018年09月16日

意見を言うのは自由だが、意見の付け方は慎重であれ

気持よさそうな猫
(口は禍の元?、あなたが正しいと思い込んで言った意見が、、、)
言論の自由という言い方をするまでもなく、意見を述べるのは個人の自由です。
個人の意見が求められる場面などでは大いに意見を述べたほうがいいでしょう。
ただ、これは私のこれまでの人生経験も踏まえた上での考え方ですが、意見の付け方は慎重であったほうがいいと思います。
特に誰か(相手)に意見を求められているわけでもないのに、「いっちょ、私の意見でもいってやるか」みたいに自分勝手に判断して言う時は、この慎重さを持ちえていないと他人(相手)の心証を悪くする危険性があります。
例えば、AさんとBさんが二人だけの意見交換を楽しんでいるところに、両者が望んでもいないのにCさんという第三者が割り込んで、「面白そうだから私にも意見言わせろや」と勝手に意見を言い出したら、Aさん、Bさんはどう思うでしょうか。
表向きは「どうぞどうぞ」なんて歓迎するふりをしながら、本音では「邪魔なやつだ」と思い、次回からは極力Cさんに気付かれないように意見交換をしようとするかもしれません。

私自身、かつてはCさんのような行動をすることがよくありました。
そういう行動が自分の中で当たり前の感覚になってしまうと、何かにつけ勝手に意見を言わなきゃ気がすまなくなります。
意見でも相手から歓迎される意見ならまだしも、勝手に首を突っ込んでおきながら自分の意見を押し付けようとすれば相手から嫌われるのは当然です。
こういうブログは、不特定多数の読者を意識しつつそれこそ言いたい放題で自分の考えを述べているにすぎず、ある意味個人が世の中に情報を発信している個人情報誌のようなものです。
私が発信する個々の情報に対し、意見を述べたり、コメントを付けたり、指摘したりするのは読者の自由です。
また、それらが自由にできるようにサイトの機能設定もしています。
しかし、なんでもかんでも自由にできるようにしているわけではなく、まったく無関係な内容のコメント(特定サイトへの誘導を目的とした宣伝等)や私個人を誹謗中傷するようなコメントの類は受け付けない設定にしています。

人間関係においては意見のやりとりは日常的にありうるものです。
それによってお互いの信頼関係が深まったりします。
一方で意見のやりとり次第ではお互いに傷を付け合い関係が離反してしまうこともあります。
一般論ですが、欧米社会では議論の場でお互い違う意見をがんがんに言い合っても、議論が終われば握手して仲良くできるなんてことも言われます。
では、日本社会で同じことができるかといえば、それはケースバイケースといったところでしょうか。
欧米的な価値観を持った人同士であれば問題ないかもしれませんが、一方あるいは両者が異なった価値観の持ち主であれば、ちょっとした意見の食い違いが相手敵視につながったりしかねません。
このようにいろんなケースが考えられるので、意見の付け方は慎重であるほうが賢明というのが私の考え方です。
仕事の現場は、いろんな人のいろんな思惑が交錯する場、たまたま口から出た意見が思わぬ影響を与えたりするものです。
「思っていることは言わなきゃ相手にわかってもらえないでしょ?」というのはもっともな意見ではありますが、実際に口にする際にはそれなりに考えて発したほうがいいのではないかと思うわけです。

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2018年09月15日

自社だけでなく他社でも通用するノウハウ・スキルを身につけよう

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(あなたが今の仕事で得たノウハウ・スキルは世間で通用するものですか?)
目的意識を持たず、毎朝会社に行って自分の机に座り与えられた仕事だけをやっていると、世間でまったく通用しない仕事人になってしまう危険性があるので要注意です。
なぜならば、与えられている仕事が世間でも十分通用するような仕事だったらいいでしょうが、もしそうではなくその会社でしか通用しない、言ってみれば付加価値の低い仕事だったならば、その人はその会社に居続けないかぎり損をする仕事人になってしまいかねません。
極端な例ですが、例えば、入社以来毎日大量のコピーを取るのが主な仕事だったとしましょう。
そして、その仕事はいろんな人に頼まれるまま受動的に対応していたとします。
そりゃ、頼むほうは自分がそのような付加価値の低い仕事をする必要がないのだから楽でしょうし、嬉しいかもしれません。
でも、頼まれたほうは、言わずもがなです。

仮に、大学卒業してその会社に入社しその仕事を10年間続けたとしましょう。
その会社に22歳の時に入社していれば、10年後は32歳になります。
世間でいえば30代というのは中堅あるいはベテランとみなされ即戦力を期待される世代です。
その人がもし転職を決意し転職活動をしたらそのことを嫌というほど思い知らされるはずです。
過去の経歴はその人のせいではなくても、コピー取り10年という業務経歴を買ってくれる会社はどこにもないでしょう。
黙々と文句も言わず自分の仕事に専念した姿勢を評価してくれる人もいるかもしれませんが、相手が求めているのが募集職におけるノウハウやスキルなのであれば残念ながら採用には至りません。
この人は自分が勤めていた会社では何かしら貢献していたのでしょうが、その経験は社外では通用しなかったということです。
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2018年09月14日

その仕事で「何を得たいのか」を明確にしたほうがいい、でないと愚痴や不平不満が多くなる。

父と牛
(なぜあなたは愚痴や不平不満を言うのですか?、よくないとわかっていながら)
私は現在ある飲食店でパートタイマーとして働いています。
労働時間が短いというのもありますが、労働条件はあまりよくありません。
労働時間✕時給=収入という以外は何の保障もないので、社会保険等は全部自己負担しなければなりません。
これだけ聞くと、「そんな労働条件の悪いところでは働かないほうがいいのでは?」と言う人もいるかもしれませんが、実は私にとってはあえてこのお店で働くメリットもあるのです。
料理人という仕事に関わりながら料理をまともに作れない私に、料理を作る機会を与えてくれきちんと教えてくれる人がいるので自分の成長に役立つのです。
これだけでもこのお店で働く意義があります。

かつては、仕事(会社)を選ぶ上では、その仕事で「何を得たいのか」をそれほど明確にせず、給料(賞与)はどうか、福利厚生はどうか、休日はどうか、社風はどうか、といったような諸々のことを総合的に考えて決めていました。
これまでのたくさんの転職経験を通して気付いたのですが、「何を得たいのか」が明確になれなばなるほど他の要素は二の次三の次になるんですよね。
例えば、極端な話、世間ではブラック企業と噂されていても、そこでしか自分が得たいものが得られなければそんなことはどうでもよくなるんです。
で、そこまで自分の中で「何を得たいのか」を明確にして仕事を選ぶことができた人はかなりの実力を持った仕事人になれます。
職人の世界に身を置いているとそのことを強く実感します。

自分の仕事で「何を得たいのか」が明確になっていない人と話していてよく感じるのは、愚痴や不平不満が多いということです。
会社の悪口、上司や同僚の悪口、自分の評価が低いのは納得できないという不平不満、正しいはずの自分の言動が受け入れられないという不平不満、等々。
世間的には安定企業、優良企業と見られているような企業(組織)で働いている人の中にもそういう人はたくさんいます。
私はかつては現在の勤務先とは比べものにならないほど待遇的には恵まれた大企業で正社員として働いていましたが、その当時のほうが愚痴や不平不満が多かったですね。
今のあなたはいかがですか?
もし、愚痴や不平不満をこぼずことが多いと自覚していてそんな自分を改めてたいと思っているなら、まずは、仕事で「何を得たいのか」を明確にすることが大事です。
明確になった途端、あーら不思議、あなたの口から出ていた愚痴や不平不満がどんどん減っていくでしょう。

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2018年09月12日

力がない時は“臥薪嘗胆”で。力がつけば周囲は認めてくれる。

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(とにかく力をつけよう!、まずはそこからだ)
私が好きな故事に、“臥薪嘗胆”(がしんしょうたん)というのがあります。
目的を遂げるために苦心し努力を重ねるという意味ですが、言葉の由来は、中国の春秋時代に呉王の闔呂(こうりょ)が越王の勾践(こうせん)との戦いに敗れて死に、闔呂の息子である夫差(ふさ)が、父の仇を討つために固い薪の上に寝てその痛みで復讐の志を忘れないようにし三年後に会稽山で勾践を降伏させたという話からきているようです。
なぜこの言葉が好きなのかといえば、何かしら自分の中に志があっても、それを実現できるだけの力がその時の自分にはないと自覚していれば、力がつくまでは他人に何を言われようが耐えつつ一方で努力をするしかないと考えているからです。
そして、力がついたなと確信できれば胸を張って堂々と振る舞えばいいと考えているからです。

当たり前かもしれませんが、力のある人は周囲が認めてくれますしその人の力を借りたい人はその人を放っておきません。
かつて働いたお店の上司(親方)は、30代にしてその地位まで昇り詰めた人でしたが、若い頃から努力の人だったようです。
周囲の同世代の人たちが仕事よりも遊びを優先し仕事も適当に手抜きする中で、その人だけは仕事人として力をつけることに励んでいたようです。
その人のそばで仕事をしていてもそういうタイプの人であることはすぐわかりました。
自分にも厳しいが他人にも厳しい人でした。
そんな上司は料理人としての腕が確かだったので、お客さんの評価は常に高評価でした。
お客さんの中にはその腕を見込んでスカウト話を持ち掛ける人もたくさんいました。
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2018年09月11日

上辺だけの言葉に気をつけろ、職場では誰でもが鎧を身につけている。

新宿歌舞伎町一番街
(あなたの近くの同僚のこと、どれぐらいわかっていますか?)
ある職場で働いていた時のこと、その職場にはお局的存在の中年女性がいました。
勤務年数が一番長く、後からその職場に入ってきた人はその人の顔色を伺いながら仕事をする風潮がありました。
こういう風潮というのは、私の経験からいえばいろんな会社にありますね。
肩書上は上司にあたる人でもそういうお局的な人にはペコペコしご機嫌を取りながら仕事をするみたいな。
特に同性だと気を使うのが半端ないという。
そのお局的存在の女性が、ある時人事異動で他の事業所へ移ることになりました。
その時は、他の女性たちは口々に言いました。
「いやぁ、XXさんがいなくなったらこの職場は大変です!。戦力の大幅ダウンです!。他の誰もXXさんの仕事やれないんですよねー!」なんてね。

周囲の人たちから散々こう言われたこのXXさんは、「そんなことないわよ〜。私がいなくなっても仕事はちゃんと回るから安心して〜」などと返しつつ、表情は勝ち誇ったような感じで、「そうよ、この職場は私で回っていたのよ。今頃私の実力に気付いたの」なーんて語っているようでした。
ところが、彼女がいなくなった翌日から職場ではほとんど彼女の話題はなくなり、仕事も通常通り回っていきました。
いや、変に気を使わなきゃいけない人がいなくなった分仕事がスムーズに回るようになったといったほうがいいかもしれません。
ずばり言いますが、組織というところは構成員一人がいなくなったところで仕事が止まるということはありません。
いなくなればいなくなったでいろんな方法でその穴は埋められていくのです。
だから、去る側は「私がいなくなったらこれまで私がやっていた仕事は誰がやるのだろう」などと余計な心配をすることは一切必要ありません。
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2018年09月10日

“辞める”のを躊躇する気持ちはわかるけど、嫌な仕事なら辞めたほうがいいと思う。

赤羽駅構内
(あなたは今、どんな気持ちで仕事に臨んでいますか?)
『石の上にも三年』ということわざもありますが、たしかに、一つの仕事をするにおいてある程度の年月関わったほうが力がつくのはたしかです。
それに、転職活動の際に、過去の転職回数が多いと一般的に不利になるのもたしかです。
そのことはわかった上であえて言いたいのは、今やっている仕事が嫌で嫌でしょうがないという精神状況にあるなら辞めたほうがいいということです。
人それぞれいろんな事情があるでしょうから、「さっさと辞めたほうがいい」というふうに軽くは言いませんが、ただ、嫌な思いをしながら仕事を続けていると精神的健全さを失っていく危険性があり、最悪心を病んでしまう可能性もあるでしょう。

私は現在54歳ですが、転職経験はけっこうあります。
現在の勤務先を入れると勤務経験のある会社数は13社に及びます。
5社までは正社員待遇や勤務年数にこだわっている面もありましたが、一大決心をして大胆にキャリアチェンジをしてからはそういったものにあまりこだわらなくなり、ある勤務先で自分が達成したいと思っていた事柄について自分の中で達成したと思ったら、次のステップに進むためその勤務先は辞めて転職するという仕事人人生を歩んできました。
6社目以降の勤務年数についていえば、1年2ヶ月、1年、4ヶ月、4ヶ月、10ヶ月、6ヶ月、10ヶ月(現在の勤務先)といった感じです。
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2018年09月08日

自分がやっている(関わっている)ことを語れる人のほうが魅力を感じる

『斉藤酒場』(十条)店内
(ぶっちゃけ、私にとって魅力的な人というのは・・・)
私はいくつかのSNSをやっていますが、それらのSNSでつながっている人の数を合計するとかなりの数になります。
SNSではつながっている人たちの投稿を閲覧することができますが、私が比較的よく注目するのは、自分がやっている(関わっている)ことを語っている投稿です。
例えば、自分がやっている仕事のこと、あるいは個人的に関わっている活動のことなど。
逆にほとんど関心を払っていないのは、その人とは無関係な事柄に関する投稿、あるいはその人には何の不利益もないことがわかっていて言いたい放題で言っている投稿などです。
例えば、国際関係や政治経済等マクロ的な事柄に関する評論、自分がまったく見識のない分野についてのただの雑感など。

SNSの機能で何となく煩わしさを感じるのは、外部のサイトをリンクしての投稿です。
その人自身が一生懸命考え、自分の言葉で語っているわけではなく、他人が言っていることや他人が発信している情報をたんに右から左へ流しているだけというやつ。
本人はより多くの人に知ってもらいたいとか、手軽にアピールしたいと思ってやっていることなのかもしれませんが、私からすると、その人がたんに薄っぺらに見えてしまうだけ、その人が行動して貢献しているわけでもないのに何か自分のストレス発散のためにやっているだけに感じてしまうのです。
暇潰しでやっているのならどうぞご自由にという感じではありますけどね。
ただ、残念ながらそういう行為が多い人には魅力を感じないのです。

私がこのブログのテーマを仕事関連にしているのは、自分自身も大いに関わっていることなので自分の言葉で語れるからです。
個々の記事に対する読者(他人)の受け止め方はいろいろあるでしょうが、私は自分の体験談をもとに記事が書けるので自信を持って書いています。
ブログを書いている時の自分は心が喜んでいて、この時間はとても楽しい時間です。
おそらく、今の私の表情は真剣な中にも生き生きしたものがあるのではないかと思います。
本業に取り組んでいる際の表情もこうだったらいいなぁと思います。
人の考え方、生き方はそれぞれだということは十分理解していますが、できることなら、あなたも自分がやっている(関わっている)ことを語ってみませんか?

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2018年09月07日

逆境は悪いことばかりではない、自分を見直すチャンスにもなる。

郷里の廃屋
(逆境の時こそプラス思考でいこう!)
以前から言っていますが、私は現在金銭的に貧乏な生活を送っています。
こういう生活を送っている時にもっとも心掛けているのは日々の節約です。
買いたい物があっても不要不急の物であれば我慢し、食品や日用品などは少しでも安い物を買う、こんな感じでしょうか。
金回りがよかった時は主婦の知恵はまったく持ち合せていませんでしたが、今ならば、スーパーなどに行っても主婦と同じ目線で買い物ができます(笑)。
例えば、以前ならば、ボトル入りの500円のシャンプーを使い切ったら同じ商品を買っていましたが、今は、400円で中身だけ詰め替える商品があればそれを買います。
100円の節約ではありますが、それが積み重なれば大きな節約になります。
さらに、同じような内容の商品でさらに安い商品があればそれを買います。

月々の給料で何も問題なく生計を立てることができていた時は、家計簿をつけるなんてことは面倒くさくてやっていませんでした。
だから、その時は自分が何にどれぐらいお金を使っているのかほとんど把握していませんでした。
しかし、現在は給料が少ないので以前のような使い方をすると完全に赤字家計になることから、こまめに家計簿をつけて支出を管理するようにしています。
こうやって目に見えるようにすると、自分が何にどれぐらい使っているか、また月によってどういう変化があるかが一目瞭然になるとともに、どういう節約のし方が有効か対策が立てやすくなります。
例えば、以前は人間関係が大事とばかり飲み付き合いをよくしていましたが、現在は本当に必要性を感じた時以外飲み付き合いをしなくなった結果、遊興費を大幅に削減することができました。
そしてはっきりわかったことは、飲み付き合いをしなくなったところで失ったものはほとんどなく、また、健康上もかなりプラス効果があって毎日の目覚めが快適になりました。
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2018年09月06日

“楽でそこそこ収入があって”という働き方は理想的なのか?

高島屋タイムズスクエアから見た新宿の風景1
(楽で収入が多い仕事がお望みですか?)
仕事人、特に雇われの勤め人の中には、“楽でそこそこ収入があって”という働き方が理想という人も多いのではないでしょうか。
毎日仕事に追われて忙しく、それなのに収入が少ないと感じている人ほどそう思うでしょうね。
私も若い頃はよくそんなことを思ったものでした。
しかし、今(50代)になって振り返ってみると、そういう働き方をした時って仕事人の成長にはあまり役立っていないなぁと感じています。
体力やいろんな面で対応力が落ちた60代、70代の仕事人が、こういう働き方を望むのはわからないでもありませんが、20代、30代といった若いうちからこういう働き方を望むと後の人生が大変になるよと言いたいのです。

昨今は、ガムシャラに長時間働くのはブラックな労働環境のように言われがちな風潮がありますが、私は自分の経験上、若い頃にガムシャラに長時間働いたおかげで仕事人として大いに力がついたと思っています。
だから、現在でもそういう環境は好きですし、望んでいます。
もちろん、年齢的にきつさを感じることは確かですけどね。
人間、高い目標を設定され、その目標を追いかけて必死になると能力が伸びる傾向があります。
だから、若い時にそういった経験をしたことのある人とない人では仕事人としての力に明らかに差があります。
それは言動でもわかるし、一緒に仕事をしてみるとさらによくわかります。
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2018年09月05日

仕事でも何でも、できるようになるには、“自分に合う”やり方を見つけるのがポイント

IMG_2598 (編集済み)
(あなたができないのは、自分に合うやり方をしていないからではありませんか?)
男性、女性に限らず、「料理がうまく作れるようになれたらいいなぁ」と思っている人って多いですよね。
昔は、“男子、厨房に入るべからず”なんて言葉もあったとかで、男性は奥さんの領域である台所仕事に手を出さない風潮もあったやに聞いていますが、今どきは男性も積極的に台所で調理する人が増えています。
かつては自炊は面倒くさいからと徹底的に避けていた私も、いつの間にか料理作りにはまり、遂にはそれを仕事にまでしてしまっています。
はまった、というかはまれたのには理由がありました。
一言でいえば、“自分に合う”やり方を見つけたのです。

私の体験談を紹介します。
私は4、5年ほど前に調理専門学校で調理を学んだのですが、当時の実習の授業の中で、和食は好きでしたけれど、フレンチ、中華、製菓は好きになれませんでした。
なぜかといえば、使う調味料が多く、作る工程も複雑だったからです。
その点、和食は、基本的な味付けは、醤油、みりん、料理酒の三種類を組み合わせるだけでよかったので覚えやすく楽だったのです。
私のように面倒くさがり屋にはちょうどよかったのかもしれません。
料理は、煮る、焼く、炒める、蒸す、といった基本調理法を覚えれば誰でもできるようになります。
焼魚なんて魚を焼くだけですからね。
あとは味付けのし方を覚え、そして回数を重ねていけば誰でもある程度のところまでは上達できます。
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yoron at 09:53|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2018年09月03日

淡々と生き、淡々と仕事をし、淡々と人生を終える、それで十分ではないかと思う

PCで亡き父を見ながら食事
(日々、あなたはどんなことを考えながら、生きていますか?、仕事していますか?)
最近、“淡々”という言葉が気に入っています。
淡々という言葉には、味や色があっさりしているとか、行動にあまりこだわりがないといったような意味がありますが、50代になってからというもの、これからの人生はそんな感じでいいのかなと思っています。
このブログは約14年間続けていますが、14年というと私が現在54歳ですからちょうど40歳の頃から始まっています。
当初の頃から継続して、あるいは定点的に読まれている読者の中には、私の人生観や仕事観がだんだん変わっってきていることにお気付きの方もいるでしょう。
実際その通りで、人間、環境や条件が変わったり、経験を積めば積むほど人生観や仕事観が変わっていくものなのかもしれません。

社会人スタートを起点に、20代、30代、40代の頃は、とにかく「何者かになりたい!」という思いが強くて、必死に勉強し、仕事をしたという自負があると同時に、他人と自分を比べ競争心を抱いていました。
年収が増えた、地位が高くなったという現象には素直に喜び、逆に年収が減り、地位が落ちると落胆しモチベーションが下がったものです。
おそらく、こういうのは私だけでなく多くの仕事人に共通しているような気がします。
では、何者かになるというのはどういうことでしょうか。
その道の大家として名声を馳せたり、権力者になることでしょうか。
よく考えてみればわかることですが、政治家のトップである総理大臣になれたとして、大企業のトップになれたとして、それが一体何だというのでしょうか。
現役の時は周囲が尊敬し、指示命令に従ってくれ、話題にしてくれるかもしれません。
しかし、一旦現役を退けば、その名はどんどん人々の記憶から薄れ、後世の知らない人にとっては「誰、それ?」となってしまうのです。
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yoron at 09:34|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 人間バンザイ! 

2018年09月02日

“自分の身は自分で守る”という感覚は常に持っている必要があると思う

IMG_0404
(“自分の身は自分で守る”という感覚、持っていますか?)
私は他人をまったく信用しないとまでは言い切りませんが、ただ、自分が何かやろうとするにおいては他人をあまりアテにしていません。
他人のために生きることは素晴らしいことでそれができれば人は生きがいが持てるというようなことを言う人もいますが、そういう生き方があることを否定はしないものの、そういう生き方をするのであれば、仮に誰かのために何かをやってあげた際、相手から感謝もされず、相手から裏切られるようなことがあったにしても相手を恨んだり、後悔したりしないことです。
以前勤めた飲食店で当時の上司からこう言われたことがあります。
「私はね、他人をまったく信用しないのを信条に生きているんだ。信じられるのは自分と自分の腕だけさ」と。
だからひたすら料理の腕を磨くんだと言っていました。

その人は、仕事を部下に頼んでも、自分が考えているようなやり方をしていない時は厳しく注意したり叱ったりし、そして仕事の成果物は必ず自分の目で見て確認する人でした。
部下の立場としては常に息が抜けず神経がピリピリしてやりづらさを感じましたが、上司は自分自身が納得できる仕事をする、その結果をお客さんに提供して評価してもらうということなので、そのやり方・姿勢がいいか悪いかは別にしてそれも仕事人として一つの生き方だとは思います。
お客さんが満足してきちんと対価を得られるなら何も問題ないのではと思う人もいるかもしれませんが、裏ではこういう人のもとでは働きたくないと去っていった部下もいたので組織としてみればマイナス面もあったわけです。
それでも、その上司は「辞めるほうが悪い」と自分の生き方を重視して他人のことは気にしていないようでした。
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yoron at 07:14|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2018年09月01日

何となく憧れる生き方ってありますよね。あなたが憧れる生き方は?

年収100万円
(あなたが憧れる生き方は?)
私は貧乏家庭で育ちましたが、若い頃から「将来は大金持ちになって贅沢な生活をしたい」という気持ちはまったくありませんでした。
仕事で会社の社長になって大きな仕事をしてみたいというような願望はありましたが、それは社長になって豪邸に住み、高級車に乗り、高級料理を食べるなどして贅沢三昧を尽くしたいというのが動機にあったわけではなく、あくまでも仕事をエキサイティングにやってみたいという動機でした。
社長になれたとしても、若い頃からこんな企業トップの生活スタイルっていいよなぁと思っていたのは、例えば、当時国の行政改革で腕をふるっていた土光敏夫さんが、私生活では“メザシの土光さん”と呼ばれるほど質素な生活を送っていたというあの生き方でした。

私が理想とする生き方とは対称的に、世間には贅沢三昧とまではいかないまでもお金にものをいわせて遊びに耽り、欲しい物を手に入れて喜んでいる人たちもいます。
こういう人たちを非難はできません。
なぜならば、私もかつてはそういう類の人間だったからです。
少しばかりいい給料をもらった、賞与がそれなりにもらえたと内心ほくそ笑んでは、夜な夜な飲み歩いたり、誰かにおごってあげたり、買いたい物をどんどん買ったりなどしていた頃があったのです。
しかし、今過去の人生を振り返ってみると、そういう頃の人生が後世に残したものって何もないなぁとどこかで虚しさを感じます。
最近の私は、終活を意識して部屋の中にあるいろんな物(過去に買った物)をどんどん捨てていっているので、なおさらそういう感が強いのです。
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yoron at 07:29|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 人間バンザイ! 

2018年08月31日

情報を深読みできるかどうかは経験がものをいう。だから、積極的にいろんな経験を積もう。

iphoneとビジネスバッグ
(他者によってもたらされた情報は、そのまま鵜呑みにしないでまずは疑問を持とう)
2018年8月30日付の毎日新聞の記事によれば、「大垣共立銀行が人材紹介業への参入に向けビズリーチ社と提携し、同社が持つ中途採用人材のデータベースを活用しながら取引先企業に対し管理職候補らを紹介するサービスを行い、中小企業の人手不足や後継者問題の深刻化に対応する。他の地銀でも同様の申請が相次いでいる」とか。
この記事に興味を持ったかどうかというのは人によるとは思いますが、あなたはこの記事を読んでどんな受け止め方をしますか?
記事のまま受け止めて、大垣共立銀行が新ビジネスに積極的に挑戦したとみますか?

私は自分の経験を踏まえて、こういう見方をしています。
昨今、銀行業界は厳しい経営環境に置かれており、行員の大幅リストラを余儀なくされています。
この地方銀行の動きはその一環で、人材紹介会社の力を借りながら自行から追い出したい行員を体よく他企業に転職斡旋したいのだろうと。
そして、管理職候補らを紹介といっているので、もしかしたら人件費的に負担になっている中高年層をターゲットにしているのではないかと。
かつて日本の大手企業が自社の社員の再就職支援(アウトプレースメント)を、この分野で実績のある外資系人材紹介会社に委託していたことがありますが、ビズリーチ社はたんに同様の業務を引き受けただけなのではないかと。
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yoron at 06:36|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び