2017年07月09日

「我が人生、今が最良の時かもしれない」と思う今日この頃

高尾山の山頂からの風景
(人生最良の時はいつ?)
今日は日曜日。
今朝は午前5時起き。
外の空気はちょっと冷んやりしていてすがすがしい気分でした。
今日は仕事がお休みの人も多いと思いますが、接客業の私は出勤です。
5月で学校給食のパートの仕事は辞め、6月下旬からは、日中、夕方別々の勤務先でダブルワークをしています。
いずれも飲食店の仕事です。
飲食の仕事に最初に就いた時は、肉体労働で長時間立ちっ放しだったのできついと感じていましたが(最初はいきなり腰を痛めた経験あり)、数年経験したら次第に体が慣れたようでこの頃はあまりきつさを感じなくなりました。

ところで、よくこのブログでも書いていますが最近の私は貧乏暮らしをしています。
貧乏というのは金銭面においてですが、一方で、精神面においては自分で言うのも何ですが幸せを感じております。
それというのも、私は独身一人暮らしで金銭は自分の生活だけを支える分があればいいし、田舎の年老いた両親は同居している姉が面倒を見てくれている、仕事は好きなことをしてあまりストレスを感じない、今のところ健康面での大きな不安事項はない、といったような感じで環境に恵まれているからかもしれません。
何て言うんでしょう、今は自由に、楽しく生きている、とでも言いましょうか。
「我が人生、今が最良の時かもしれない」と思う今日この頃であります。

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2017年07月03日

働き方改革?、採用の現場で起きている低賃金労働者の増加という現実

いつの頃からか国が音頭を取って号令を掛け出した“働き方改革”。
この言葉を最初に聞いた時は、説明が抽象的で当たり前のことを言っているようにしか感じられなかったので、「なんじゃ、それ?」と正直呆れたのですが、メディアでもこの言葉がよく取り上げられ、どこぞやの企業では働き方改革の施策を取り始めたといったニュースを聞くにつけ、「本当にこういう流れに向かうのかな」なんて思うこともあったりします。
ただ、自分が働く職場の実態、他社の取り組み施策などのニュースなどから、働き方改革の中心の一つが、“労働時間を短くする(残業時間を減らす)”なのかなと思います。
これ自体は多くの会社がずっと前からやってきていることで、表向きは、従業員を長時間労働から解放し、心身をリフレッシュさせる、家族の団欒時間を増やす、自己啓発の時間を増やす、余暇を増やして消費を活性化させる、などいかにも美しい言葉が並びますが、一方で、裏の本音の部分では、企業にとっての大きなコストである人件費を削減したいという思惑も働いています。

基本給の高い大企業などを除けば、残業代をあてにして生活設計している人はまだたくさんいるし、パート、アルバイトなどの非正規雇用者にとっては、時給制なので労働時間の削減は即収入減になり死活問題です。
だから、有利な雇用条件で働いていて給料もそこそこもらっている正社員の中には、「あー、よかったよかった。会社が残業を規制してくれるなら、自由時間で好きなことを思いっきりやろう」と喜ぶ人もいるかもしれませんが、正社員に比べ労働条件が圧倒的に不利な非正規社員や基本給が安く残業代をあてにしている人は、「ふざけるんじゃないよ、減った給料分をどうしてくれるんだよ!」と腹を立てる人のほうが多いでしょう。
そういえば、かつて勤めた大企業で、20代前半に仕えた当時40代半ばから後半ぐらいの係長が、ある時私に、「今月は残業が多かったので給料が多かったんだ」と嬉しそうな表情でそっと給与明細を見せてくれたことがありました。
その月の私の給料が額面で20数万円だったのに対し、その人の支給額は50数万円でした。
その人は、長い間出世もせず万年係長でしたが、残業をよくやっていたので、そして会社はきちんと残業代を払う会社だったのでそれなりの高額所得者でした。
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2017年06月28日

こんな自分でも必要としてくれる、仕事人としてとても嬉しいことだよね

夜明けの風景(船倉海岸)
(一夜が明けた朝、今日も頑張ろう!という気分で)
「私は何をやらせても(どんな仕事をさせても)うまくできる自信があるんだ」という自信満々の人は別でしょうが、人は、「こんな私でもうまくやれるだろうか」、「私の能力・実力はどこまで通用するだろうか」とやや不安に思っているところに、「ぜひあなたにお願いしたいんです」とか、「ぜひあなたのお力をお貸し下さい」なんて言われると嬉しいものです。
いい例えではないかもしれませんが、例えば、あなたは今70代で、仕事人としてバリバリ活躍していたのはもう遠い過去のことだったとしましょうか。
そんなあなたは昔を懐かしみながら、「ああ、私の人生も終わりに近づくのか。もう私なんかの出番はないなぁ」と、来る日も来る日もそんなことばかりが脳裏に浮かんでいたとしましょう。
そんなあなたの口からはいつも後向きな言葉しか出てこないかもしれません。

そんな時、ある人があなたの目の前に現れて、先程のような言葉を掛け、その人に真摯な姿勢を感じたとします。
現実的には老いた自分は大したことはできないとわかっていながらも、心の中では喜びを感じとても嬉しいはずです。
そして、こう思うかもしれません。
「こんな自分でも必要としてくれる人がいる。こんな私でもまだ活躍できる場面がある。よしっ、いっちょ頑張ってみようか」と。
こういう気持ちというのは人を前向きにさせます。
その日以来、あなたの口からは以前と違い前向きな言葉のほうが多く飛び出すかもしれません。

今朝はふとこんなことを思ったわけですが、なぜかといえば、私は今日から新しい仕事に就きます。
50代の私を雇ってくれる人がいて嬉しく思っています。
雇用条件など欲を言えばキリがありませんが、とにもかくにも働ける場所を与えてもらえたことには素直に感謝しています。
40代の頃の転職活動で多くの会社から不採用通知をもらって落ち込んでいた時に、「仲間になって一緒に会社を盛り上げてくれませんか」と声を掛けてくれ採用してくれた会社に出会えた時の喜びを思い出します。
もちろん、まだスタート地点に立ったばかりです。
活躍できるかどうかはすべて自分次第。
今月も今週で終わりですが、今月は私の誕生月でこんなタイミングで新しい仕事のスタートを切れることに運命のようなものを感じます。
さー、頑張るぞー!

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2017年06月27日

環境、目指すものが違い過ぎると話は噛み合わないもの。わかり合える仲間のネットワークが大事だ。

かつて、大企業を辞めて無職生活を送っていた頃、従業員数が10名未満の小企業の社長から仕事を手伝ってくれないかと声を掛けられたことがありました。
この社長とはそれ以前に少し面識がありました。
私も小企業の事業に興味があったので一度この社長とじっくり話をしたことがあります。
ただ、この社長は私の話を聞きながら自分の会社向きではないと判断したのでしょう、仕事を手伝う件は立ち消えになりました。
うろ覚えですが、当時、私はこの社長にやや上から目線で(大企業の視点から小企業の実力を侮る態度で)、会社経営はこうあるべし、経営戦略はこう立てるべし、事業遂行には綿密な計画・仕組みが必要、社内ノウハウの文書化は必須、などと偉そうなことをとうとうと語ったように思います。
たしか相手は私より一回り以上年長だったでしょうか。
きっと、相手は私の話を聞きながら呆れたんだと思います。
そして、その場ですぐ判断したのかもしれません、この人はまったく使いものにならないと。

その後、何社か大企業勤めした後、創業間もないベンチャー企業(私が事業参画当時のスタッフ数3名)含め数社の中小零細企業に勤めましたが、その経験から先程例に出した社長の気持ちがよくわかりました。
はっきり言って、経営資源、いわゆる人・物・金・情報などに恵まれている大企業に比べ、それらに圧倒的に恵まれず日々の資金繰りに四苦八苦している小企業では、求めれる仕事のし方がまったく違うんですよね。
大企業であれば社命に基づき組織の中で与えられた仕事を周囲の協力も得られながら仕事ができますが、ないないづくしの環境のベンチャーなどの小企業では、仕事そのものを自分で創って収益化しなければならない状況もありえます。
大企業では経理部門の一部署に所属して経理機能の一業務だけを担当していればよかったかもしれませんが、管理業務を一人でやらなければならない小企業では、経理担当者といっても他に人事総務やら広報宣伝やら社内のIT化業務などもこなさなければならないし、場合によっては自分で営業して注文を取ったり、後工程の成果物をつくる仕事まであったりします。
最初に一人で起業した人などはこれらすべてを一人でやっていたりするものです(もちろん、外部のネットワークをうまく利用する場合もありますけどね)。
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2017年06月26日

現実のリーダー業は泥臭く難しいもの、理想論のようにはなかなかいかないものだ

書店に足を運ぶと、理想のリーダーについて書かれた本をたくさん目にすることでしょう。
これはきっと、それだけ多くの人が理想のリーダーを求め、あるいは職場その他で何かしらリーダー的役割を担うことになりどう振る舞うべきか参考にしたがっている人が多いということなのかもしれません。
また、それらの本を読んで将来のリーダーを目指して今からその訓練をしようと考えている人や、リーダーとしていろんな困難な問題にぶつかりそれらの本に解やヒントを見出そうとしている人も多いということなのでしょう。
リーダーに関する本があふれている背景には何があるにせよ、リーダーというものに関心を持っている人が世の中にたくさんいるということだけは間違いありません。
自分の職場に目を転じれば、「うちの課長、まったくリーダーの資質ねーよなー」だの、「うちの会社はリーダーが無能だから業績が悪くなるんだ」だのといった陰口を耳にすることもあるのではないでしょうか。
私自身、過去の仕事人人生を振り返れば、自分の振る舞いは棚に上げ、リーダーかくあるべしというような持論を偉そうに述べてきたこともあります。

偉そうにと反省気味に言ったのは、実際自分がリーダーとしての立場に立った時、頭の中だけで考えていたような自分の理想論に基づくリーダー業が実践できない場面も多かったからです。
「リーダーならこういう場面ではこうすべきだ」、「リーダーは決断・行動力が大事だ」などと言葉で言うのは簡単ですが、いざ自分が当事者としてそれをやらなければならなくなると躊躇してしまう、逃げてしまう、自分を正当化し言い訳がましいことを言ってしまう、一度はやってみるものの痛い目に遭ったのでその後は用心してやらなくなる、そういう事例は自分自身を含め身近にあふれていました。
人というのは本当にわがままなもので、自分が困るとそれを助ける役割をするのがリーダーの役目だと思うところがあります。
もちろん、自分がそのリーダーのもとにいるのならそれもリーダーの役目の一つではあるかもしれませんが、「そんなことぐらい自分で何とかしろよ」といったレベルまで持ち込まれてしまう、そういうことも現実的にはよくあります。
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2017年06月25日

「無理するなよ」と人は言うかもしれない。しかし、無理しなきゃならない時もあるし、無理しなきゃ得られないものもある。

サトウキビの収穫2(お母さん、輝雄)
(「無理するなよ」と言われても、ねぇ・・・)
ガムシャラに頑張っていると、高い目標に向かって挑戦していると、納期に間に合わせようと必死になっていると、遅い時間まで仕事していると、周囲から「あまり無理するなよ」とか、「無理し過ぎると体壊すよ」などと言葉を掛けられた経験がある人もいるのではないでしょうか。
声を掛けた人に悪気はなく、相手のことを心配して言った人も多いでしょうし、相手の状況をよく知らずに軽い調子で言った人もいるかもしれません。
中には、相手が頑張り過ぎると自分の状況が不利になるので足を引っ張る意味で言う人もいるかもしれませんがね。
声を掛けた人にはそれぞれの思いがあるのでしょうが、掛けられた相手にもまたそれぞれの思いがあってそういう状況になっているのです。
たぶん、同じ状況を経験したことのある人であれば、「あー、あるある、そういう時あるよね」とか、「あー、わかるわかる、その気持ち」となることは多いに違いありません。

例えば、事務所に残って深夜遅くまで仕事をしている日々が続くと、それを知っている同僚から「あまり無理するなよ」と言葉を掛けられることもありますが、それが納期の都合でどうしてもそうならざるをえない時はしかたがないのです。
仕事には必ず納期があるし、順調にいっていない時などは何とかしようと必死になるのは当然です。
大きなイベントを成功させなきゃならない時にその職務の中心人物になっていれば、それこそそのイベントが成功裡に終わるまでは気が気ではなくいろんな無理を重ねることだってあるでしょう。
起業し事業を拡大して軌道にのせたいと頑張る事業家にとっては、誰が何と言おうととにかく死に物狂いで頑張るしかないのです。
仕事の段取りがよくどんな仕事でも要領よくできる能力を持った人なら問題ないでしょうが、凡人はなかなかそうはいきません。
一般論的に言えば、多くの仕事人は、「無理するなよ」と人から言われることがありながらも、本人は頑張るしかないと思いつつ仕事をしているというのが実状ではないでしょうか。
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2017年06月24日

仕事人人生、節目の年齢というのは何かを決意するタイミングでもあるようだ

いつだったか、銀座の駅のホームを歩いていたら、少し前を歩いていた会社員風の二人の男性の会話が漏れ聞こえてきました。
一人の男性がこんなふうなことを言っていました。
「会社を辞めるにしても、辞めるタイミングは50歳過ぎのほうがいいと俺は思うな。50歳まで勤めていれば退職金などの条件もまぁまぁいいし、それに起業するにしても、転職するにしてもまだ頑張れそうじゃないか」と。
もう一人の男性は、
「なるほどなぁ、たしかにそうかもしれないなぁ」と返していました。
この会話を聞きながら、やっぱ、会社勤めしている人って、日頃こういうことを考えていたり、誰かとの会話の話題にしているもんだなぁと思いつつ、自分自身も同じだと共感したものです。

話変わりますが、私の仕事人人生もかれこれ30年ほどになりますが、先程の二人の男性の会話に出てきた50歳という年齢ではありませんが、節目の年齢というのは何かを決意するタイミングになりやすいんだろうなと思います。
振り返ってみると、私はこれまで何度か転職していますが、30歳とか、35歳とか、40歳とか、45歳とか、50歳とか、こんな感じのわかりやすい節目の年齢が近づくと、自分の人生設計についていろいろ思うところが出てきて(迷いも生まれてきて)、こういう年齢の前後で決断・行動を起こしていました。
流行語みたいなものでもある「アラサー(30歳前後)」とか「アラフォー(40歳前後)」という言葉を使って、「私もアラサーだからさ」とか「もうアラフォーだからやばいんだよね」などと言ったりしているのを耳にすることもありますが、これなども節目の年齢が個人の心境に与える影響が大きいことの証なのでしょう。

あなたの場合はいかがですか?
ご自身のこれまでの人生を振り返ってみた時、節目の年齢で大きな決断や行動はありましたか?

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2017年06月23日

一つ歳を重ねたところで思うことなどをつらつらと

お父さん
(今も元気な現役仕事人の父)
6月23日、、、いろんな記念日があるでしょうが、私自身にとってはこの世に生を受けてからちょうど53回目の誕生記念の日。
日々淡々と生きているとそれほど自分の誕生日は意識しないのですが、周囲の人から「お誕生日おめでとうございます」などと声を掛けられると、「あっ、そうか、今日は自分の誕生日でまた一つ歳を重ねるんだ」と改めて気付かされます。
といっても、自分自身はそれほど感慨に耽るわけではなく、毎回なんとなくその日が過ぎていくだけですけどね。
最近流行のSNSは自分の生年月日を登録しておくと、そのSNSつながりの人たちに自動的に「今日はこの人の誕生日ですよ〜」と丁寧にお知らせする機能がついています。
半分余計なお世話だとは思うものの、こういう機能を話題づくり、盛り上げ用に活用しているんでしょうね。

まぁ、そんなわけで本日52歳から一つ歳をとって53歳になりました。
広くとらえると50代ですが、この世代はなかなか微妙な世代ですね。
私は今はいわゆる正規社員としての会社勤めをやめた身ですが、どこぞやの会社の正社員として働いていたなら、定年を意識しながら、会社からはやや冷たい対応をされながら、定年で会社を去った後の自分の人生を思い浮かべながら日々を過ごしていたかもしれません。
しかし、50歳が迫りつつある頃に一大決心をして新たなことに挑戦したため、そういう黄昏的気分はなくなりました。
今はもう今を生きるだけで精一杯という生き方をしています。
しんどい面はありますが、これでよかったと自分では思っています。
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2017年06月22日

人材不足の背景を知り、考え方を変えないと人材は採れない

今、多くの業界で人材不足がいわれています。
現場では、「一日も早く優秀な人材を採ってくれよ!」と会社に、関係部署にお願いしているかもしれません。
人材不足に陥るのは当然の成り行きだったような気がします。
日本社会はもう何十年も前から少子高齢化の流れになり、それに伴い生産年齢人口は減っていくばかり。
企業がもっとも欲する若者の人口の減少は言わずもがな。
こういう世の中の変化をわかっていれば人材採用が難しいというのはわかるはずです。
そうなると、従来の考え方を変えない限りますます人材の確保は難しくなるでしょう。
人材業界でも働いた経験を踏まえていうと、今後はさらに人材確保が難しくなり、優秀な人材はをめぐっては企業間、業界間でし烈な争奪合戦が繰り広げられると予想しています。

かつて人材会社に勤務していた頃、こんな仕事をしていたことがあります。
企業から人材採用活動の業務の一端を委託され、まずは人材の募集と書類選考・一次面接を行うという業務でしたが、人材の募集においては、数多くの人材紹介会社から人材の紹介を受けるという方式をとっていました。
当時勤務していた会社は他社で人事採用系の業務を長く経験したベテランスタッフばかりでした。
顧客企業が要望した人材の中には転職市場の現実からいってなかなか採りにくい要件の人材もいました。
それでも各人材紹介会社は苦労して自社のデータベースから何とか探して紹介してくるわけです。
それに対し、例えば私がさらに選考を行って厳選の上で顧客企業に紹介するという流れでした。
こう言っては何ですが、それなりのプロの目を通った人材を紹介するわけなので、紹介した候補者については少なくても面接して可否を判断して欲しいと思っていました。
ところが、ある大手企業などは担当者レベルで書類を見ただけですぐ不採用の連絡をしてくるところがありました。
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2017年06月21日

社員は意外と自社のことを知らない。裏ではいろんなことが起きているものだ。

週刊誌やら新聞などのメディアに他社の暴露系のネタが載ると興味津々で読む人は多いと思います。
また、週刊誌やら新聞などのメディアに自社の暴露系のネタが載ると、真偽のほどはさておき、「えっ、うちはこんなことやっていたの?!」と驚くこともあるかもしれません。
かつて勤めた会社で、当時中東の戦争で使われた兵器に自社の部品が使用されていたなんてな記事が週刊誌に社名入りで載ったことがあって驚いたことがありました。
まぁ、汎用性のある部品でどこでどういうかたちで使われていても不思議ではなかったわけですが。
大勢の人が働いている組織というところは、いろんな人たちがそれぞれの立場でいろんな思惑で動いているので、すべての情報がすべての社員に共有されているわけではありません。
情報によっては秘密扱いで一部の関係者しか共有されないものもあるし、それこそ経営に関わる秘匿性の高い情報はほとんどの社員が知らないのがふつうです。

会社(組織)が意図的に行う社内広報や各部署が社内周知のために流す情報などを除けば、社員は意外と自社の情報を知らないものです。
極端な例では、自社が倒産したのを朝出勤して事務所に張り出された告知文で知ったとか、業績が悪化した要因をまったく知らなかったとか、そういうことだってありえます。
私がこれまでの仕事人人生で長く関わった総務系の仕事は、会社が抱えるやっかいごとを処理する仕事もありました。
そういった事柄は社内外に知られたくないことも多いので秘密裏に事を進めるのです。
だから、当然一部の関係者を除けば多くの社員は知らないわけです。
場合によっては、社員が知らないのはまだしも、経営者が現場で起きている重大なことを知らないというケースもあり、こういうのは会社としてはまずい結果を生んでしまいかねません。
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2017年06月20日

その組織、その立場だから人は言うことを聞く。一個人としてはそれを知っておくべし。

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(一個人としての意識の持ち方は大事)
会社(組織)の看板で仕事をするという言い方がありますが、これは、一個人だったら到底できないことを会社(組織)の名前がバックアップしてくれるということです。
ある一人の人間が学校を卒業して就職する場合、その人が世の中の多くの人が知っているような大企業や官公庁に就職する場合と、名もないような中小零細企業や組織に就職する場合では、その後のその人の外からの見られ方は大きく変わってきます。
前者の場合は、「ほぉ、XX社(XX省庁)なんですか」というふうに少し敬うような姿勢で相対されることが多いでしょうし、後者の場合は、言い方は悪いのですが「あっ、そうですか」と歯牙にも掛けないような態度をとらえることもあります。
職業に貴賤なしという言葉はありますが、他人の見方という点では差別があるのは厳然たる事実です。
どういう道に進むか(どういう仕事に就くか)は本人の自由だし、その後どういう仕事人人生を歩むかもその人自身の問題ではありますが、一個人である自分を大事にし一個人として世の中に認められる人間でありたいと思っているなら、今自分がどういう組織に属し、どういう立場で仕事をしているのかをわかっておいたほうがいいでしょう。

例えば、あなたが大企業の入社数年の若手社員だとして、あなたの部署に出入りしている中小企業の社長があなたにペコペコを頭を下げてくれるとしたら、それは明らかにあなたの実力を認めてというよりあなたの所属する会社(組織)に対し頭を下げているのです。
あなたが所属する会社(組織)が盤石であり相手に大いなる利益をもたらしていればいるほど周囲はあなたをちやほやしてくれます。
ぶっちゃけ、あなたが金づるになると思えば、百戦錬磨の人間ほど手練手管を使ってあなたを取り込もうとします。
腹の中では「この世間知らずの若造が」と思っていても、愛想の良い表情で「はい、かしこまりました」なんてへりくだった態度で接してくれたりします。
中小零細企業で働いた経験があったり、中小零細企業の社長(創業者)たちと個人的に付き合った経験がある人はある程度わかるかもしれませんが、彼・彼女らはそうとうしたたかです。
目の前の相手とやりとりしながら瞬時に頭の中で自社の利益を計算するなんてことはお手のものです。
極端な話、儲かる思えば一挙に勝負を仕掛けてくることもあります。
何せ大企業の一勤め人と違って全権限を持っているので判断・決断・行動はスピーディです。
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2017年06月19日

“男子厨房に入るべからず”から、“男子包丁ぐらい使えるようになるべし”へ

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(料理を作るのは案外楽しく面白く刺激的なものだ)
かつては、“男子厨房に入るべからず”ってんで料理作りはもっぱら女性の担当(分野)のような風潮があった時代もあったようですが(仕事は別にして)、最近は、料理男子が女性にモテるなんて風潮も出てきていつしか料理作りが得意な男性が増えてきた感があります。
とてもいい傾向だと思います。
私の友人・知人の中にも料理上手な男性がたくさんいて、ネット上に投稿した自宅で作った手料理の写真を見るとプロ顔負けの料理を作れるような人までいます。

私は40代後半から料理作りに目覚めた人間ですが、恥ずかしながらそれ以前は外食ばかりでした。
独身一人暮らしが長いのですが、会社勤務時間中のランチはもちろんのこと、夕食は同僚と飲みに行くことが多く、休みの日は外出先の食事処で食事をとったり、自宅にいる時は弁当を買ってきて食べていました。
記憶をさかのぼってみても、仕事人人生がスタートしてからは、自宅で台所に立って包丁を握ったのは、自宅飲みをするためのつまみを作る時ぐらいだったかな。
それも手のこんだ(時間を要する)ものは作らず、ただ切るだけとか、ただ焼くだけとか、そんな簡単なものばかりでした。
だから、料理作りに目覚めるまでは正直包丁をまもとに扱うことさえできなかったのです。
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2017年06月18日

日曜日ぐらいゆったりと、、、「仕事だよ!」という人はお疲れさまです。

高尾山の山頂からの風景
(たまには仕事のことを忘れ、、、)
今日は日曜日。
ということでゆったりと起きる感じで。
私の住む地域はあいにくの雨予報の天気ですが、午前6時現在はまだ雨は降っていないようです。
「仕事だよ!」という人はお疲れさまです。
日曜日ぐらい全国民が休んで心身ともにリラックスできればいいのでしょうが、誰かが休んでいる時こそビジネスチャンスの仕事だったり、休めない仕事(個人は交替で休めても)なんてのも世の中にはありますから、休める人だけでもゆったり過ごせるといいですね。
まぁ、休みの日は休みの日でプライベートな予定で忙しいんだという人もいるかもしれませんが。

今日の記事は仕事ネタを離れて、、、
ブログに関するデータをちょっと見てみると、
・このブログを始めたのが、2004年7月4日で、かれこれ13年近く経ちました。
(もともとは他のサイトで書いていたのを移行したので記事を書き始めたのはもっと早かった)
・これまでの記事の総投稿数は、昨日(6月17日)現在で3,493件
・これまでの訪問者数の累計は、552,369人
我ながらけっこう続いているなぁ、けっこうたくさんの人が訪問してくれたんだなぁと感慨ひとしおな感じです。
仕事が忙しかったり、疲れて書く気力がなかった時期には記事数が減ったりもしたんですが、逆に適当に更新を休んだりしたことが継続という点ではよかったのかもしれません。

これからもマイペースで関心の赴くままに駄文を書き綴っていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2017年06月17日

言う立場から言われる立場になってメンタルが強くなる。それが一皮むけるということだ。

他人の批判はがんがんするのに、自分が批判される側になると急に言い訳が多くなり逃げ腰になる人、あなたの身近にいませんか?
中には舌鋒鋭く評論するのに実行力はまったくない人とかね。
何を隠そう、私自身の仕事人人生を振り返ってみれば実は私もそんなタイプの人間だったかもしれません。
若い頃はビジネス書を読みまくる人間だったので知識だけはみょうにあって、他人を批判したり、他人のやることにけちをつけるのは得意だったんです。
自分で言うのも何なんですが、しょうもない人間だったなと(笑)。
最近は、誰かが他人を批判している言葉を発している時は、その言葉がよほど的を射たものと思わない限りスルーしていることが多いですね。
「そこまで言うんだったら、あなたがやればいいじゃないか」、「他人を批判している時間があるんなら、もっと生産的なこと(自分の役に立つこと)に時間を使ったほうがいいんじゃないですか」と思ってしまうわけです。
何もできないのに、何も自分にメリットがないことを言っているというのは、たんに自分のストレス発散のためというのが本当のところなんだろうなと思うわけです。

仕事人経験をそれなりに積んでいる人なら実感としてわかると思いますが、言う立場から言われる立場になるとメンタル的に辛いというのがありますよね。
例えば、会社で他部署に大きな影響を与える仕事を当事者としてやった時、状況によっては他部署からクレームが殺到するなんてことがあります。
社内のシステムを大幅に変える仕事などを経験した人は身に覚えがあるのではないでしょうか。
システムが計画通りに動かなかったなんてことになったらもう大変です。
あるいは、会社の人事評価制度を大幅に変えた際は、人事担当者や責任者は社内のあちこちから文句を言われることが多いでしょう。
きっと、当事者は「会社のために(会社の指示で)やっているのに何でこんなにあれこれ批判されなきゃならないんだ」と不満を抱くことだってあるかもしれません。
また、それまでは肩書もなく(低く)責任者ではなかったので言いたいことを言うだけだったが、マネージャーだのプロジェクトリーダーだのといった重責を担う立場になったら、逆に、部下からメンバーから他部署からさらに上の立場の人から言われることのほうが多くなり、本音では「こいつら、こっちの苦労も知らないで言いたいことばかり言いやがって、チクショー!」なんて思うことも多かったりしてね。
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2017年06月16日

思わず本音?、でも、その他人を見下した態度で人心は離れるのだ

他人との信頼関係の構築には長い年月と多大な努力を要するが、その信頼関係を壊すのは一瞬でできるなんてことをよく言います。
やや大袈裟な言い方に聞こえるかもしれませんが、そういったことを身を持って経験したことがある人にとってはまったくその通りだと思うでしょう。
そういうことがわかっている人は、日頃から自らの言動に注意し言葉を選びながら他人に接していると思います。
一方で、そういうことに無関心でいつでも他人とうまくいかない人は、なぜか人間関係においては失敗ばかり繰り返しています。

かつてある飲み屋街のいろんなお店の常連として飲み歩いていた時の体験談ですが、あるお店にそのお店の常連さんのほとんどから嫌われている人がいました。
お店の店主からさえ嫌われていました。
嫌われていた最大の原因は何だったのか、それは、その人がその場にいた他のお客さんの職業を聞いた途端、職業によっては急に馬鹿にした態度をとったからです。
その人はお酒を飲んで酔っ払い冷静な思考ができなかったのかもしれません、その人の職業は世間から羨ましがられる知名度のある職業だったのかもしれません。
しかし、その人のそういった態度のせいで周囲の人心は離れていったのです。
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2017年06月15日

自分が「年とったなぁ」と感じる時、それはかつての上司や先輩の老けた姿を見て

IMG_5702人生において、自分自身が「年とったなぁ」と感じるのはいろんな時にあると思います。
例えば、自分の容姿を鏡で見た時、若い頃に比べ体力が落ちたのを実感した時、親や兄弟姉妹の年とった姿を見た時、身近にいる子供たちや若者たちから「おじさん」・「おばさん」呼ばわりされた時、食事が少食になった時、好きでがんがん飲めたお酒がほとんど飲めなくなってしまった時、若い人たちと話が合わなくなった時、小さい字がびっしり詰まった本や文書が読めなくった時、何かに対し感動することが減ったと思う時、同窓会やOB会などに参加して同級生や同期生の姿を見た時、、、などなど。
人は誰でも老いていくのだからそれはしかたがないことですが。

仕事人の新人だった頃、当時勤めていた会社の先輩が「男ってのは、気持ちの上では永遠に20代なのさ」と言って笑っていたことがありますが、この気持ちは50代の今でもよくわかります。
何かのきっかけがないと自分は若いつもりでいるんですよね。
詩人サミュエル・ウルマンの詩として知られる「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ」の一節で始まる『青春の詩』を読んで感銘を受け、「そうだよなぁ、年をとろうとも気持ちの持ち方が大事なんだよな。自分が若いと思って行動すれば老け込むことなんてないんだ」と思った人は多いでしょう。
そういえば、かつてよく飲み歩いた新橋の行きつけのお店には、壁にこの詩が掲げられていたっけ。

私も自分が年とったことを実感する場面はいろいろありますが、その一つに、かつての上司や先輩の老けた姿を見て強くそう感じる時があります。
私が20代の時に40代だった上司、会社つながりがなくなった後に会う機会はなくなりましたが、年に一度もらう年賀状にご本人の姿が映った写真があると、その姿を見ながら「あぁ、この人もこんなに老けてしまったんだぁ。年月の経つのは早いもんだなぁ」と当時の上司とのやりとりを思い出しながら感慨に耽ることもあります。
それは当時の先輩たちについても同じです。
最近は、出てきたお腹がなかなかへこまないので、こんなことでも年を感じています(笑)。
あなたは、最近、自分が「年とったなぁ」と感じたのはどんな時でしたか?

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2017年06月14日

実力以上の仕事に関わる時は覚悟と人一倍の努力が必要、それがないと挫折しかねないリスクもある

人は“挑戦(チャレンジ)”という言葉が好きです。
高い目標や難題に挑戦して成功した人を周囲は賞賛します。
例え失敗してもその人の努力を知っていれば労いの言葉をかける人もいます。
だからでしょうか、人は時に何かに挑戦しようと試みます。
一方で、その挑戦は失敗に終わることも多々あります。
ふつう、人はちょっと手を伸ばせば手の届くようなことやちょっと努力すればやれてしまうようなことを達成してもそれを挑戦とは認めてくれない傾向があります。
ちょっと手を伸ばせば手の届くようなことやちょっと努力すればやれてしまうようなことは、その人が持っている実力の範囲内でできてしまうことだからです。

私はこれまでの仕事人人生で何度か転職してきましたが、その転職経験の中では実力以上の仕事に就き、そうとうの覚悟と人一倍の努力が必要になったこともありました。
転職では、自分の仕事人としての力をさらに付けるためにあえて実力以上の転職をねらうこともあります。
人によっては大幅な年収アップをねらっての転職に挑戦する人もいるでしょう。
特に若い時の転職は経験不足もあり転職自体が実力以上の挑戦になっていることもあります。
ただ、採用する企業側は、若い人(20代から30代前半あたり)に関しては、経験不足、実力不足は承知の上で、将来の成長の可能性を見込んで採用するケースがよくあります。
これに対し、仕事人経験もそこそこある中堅、ベテランになると見る目が厳しくなり、即戦力を期待するようになります。
その点で、転職というのは若いうちはともかく、中高年になるとリスクの高いものになるのです。
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2017年06月13日

現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいい

雪に覆われた嵐渓荘1
(目の前の現実・・・)
『武士は食わねど高楊枝』ということわざがあります。
武士は貧しくて食事ができなくても、人前ではあたかも食べたかのように楊枝を使って見せるということで、 武士の清貧や体面を重んじる気風をいい、また、やせがまんすることにもいいます。
精神論的には立派でも、時代劇では、本業では食えないから破れ傘の修理を請け負う内職をしているシーンがあったり、どこかの用心棒をやっていたりするシーンがよく登場します。
むしろ、こういうシーンが出てくるほうが共感はできますね。
人間は仙人じゃあるまいし霞を食って生きられるわけではないので、何としてでも食べ物にありつく必要があります。
理想というか現実的には、生活できるだけの収入を確保できる仕事があり、住む場所があり、着る衣服があり、、、よく言われる衣食住が満たされることが大事ですね。

私が以前働いた飲食店には、若い頃から舞台女優を志し、飲食店の仕事のかたわらで劇団に所属して活動している女性がいました。
ただ、聞いたところによれば、何年もやっているのに出番が少なくマイナーな役割しかないのだとか。
飲食店にはわりとこういう人って多いんですよね、他にやりたいことがありつつ収入を得るために働いているみたいな。
で、そんな彼女も30代が間近に迫り悩んでいました。
これまで飲食の仕事しかしたことがないので他の仕事へ転職できる自信もなく、かといって、このまま自分の目指す分野で芽を出すことができなければどこかで断念せざるをえなくなるが、その後の人生をどうするか、本人にとっては深い悩みのようでした。
周囲の人はいろいろ言っているようでしたが、人の悩みというのは他人にはわかりにくい面もあるもの。

日頃人生について真剣に考えている人ほど彼女の悩みは自分自身にも当てはまると思うでしょう。
同じような局面を経験した人にとっては身につまされるかもしれません。
私自身、頭の中ではいろんな構想がありながらも、現実の生活を営むために現実世界の中で現実的選択をしながら生きています。
何せお金が天から降ってくるわけでも、誰か善意の人が私の衣食住の面倒を見てくれるわけでもありませんからね。
他人は、言葉を口に出すのはタダだから何でも言ってきますが、自分が生きる道は自分で決めそれを自分で実行するしかありません。
若い頃は、自分の実力や可能性を過大に思い込んで輝く自分の姿を妄想していたこともありますが、さすがに50代にもなると常に頭の中には現実的選択肢があります。
夢を抱くことはもちろん大事なことではありますが(自分のモチベーションも上がるし)、現実の前では現実的選択肢を常に考えておいたほうがいいと一オジサンは思うのであります。

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2017年06月12日

同じ立場・状況を経験していない人からの批判は話半分で聞くか、無視してよい

若い頃、平社員の立場で仕事をしていた時、上司や会社批判を散々やっていたことがあります。
ある会社で当時の上司からこんなことを言われたこともあります。
「お前はどんな時でも(どんなことに対しても)反対意見ばかり言うんだな。もっと素直になったほうがいいぞ。そういう態度を続けていたら、自分自身では何もできない(行動できない)人間になってしまうぞ」と。
20代、30代頃の私はビジネス書を読みまくり、仕事場は経営企画など経営者に近い部署だったので、今ふうの言い方をすればやや意識高い系仕事人でした。
その頃は、「世界はこうなっている、日本はこうなっている。だから我が社はこうすべきだ(世の中から遅れている)」などと口にし、自社のビジネスの最前線(現場)を見たことも経験したこともないくせに、言うことだけはいっちょまえに偉そうなことを言っていたような気がします。
今思い出すと恥ずかしいかぎりですが。

そんな私だったので、例えば、上司が現場叩き上げの人で私と正反対のビジネス書を読まない人だったりすると立場は上司が上なのに見下してしまう傾向がありました。
「なんだよ、世の中を知らない人が上司かよ、やりづれぇな」と。
PC操作がまったくできない上司から手書き書類の作成を依頼され、「世の中はITの時代、一人一台のPC環境で自ら文書を作成する環境だというのに、うちの上司ときたらまったくどうしようもないね」と腹立たしさを感じるみたいなものだったでしょうか。
しかし、よく考えてみると、現場叩き上げということはそれだけ現場を熟知しているということであり、会社のビジネスのことをよくわかっているわけであって、だからこそそれを買われて責任ある立場に就いた人なのです。
“現場が大事”ということは本を読んで知識としては持っていながら、自らは現場経験のない人が現場経験者を批判するという矛盾、というか愚かな姿勢に気付いていなかったのです。
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2017年06月11日

物事を早く有利に進めるには、キーマンを探り当てキーマンにアプローチすべし

どんな世界にもキーマンがいるものです。
キーマンの中には地位は高くなくても影響力が大きい人もいるので、そのあたりは見極めが大事です。
かつて、ある外資系企業の人からこんなことを教えてもらったことがあります。
その会社では、営業の効果を高めるため、営業会議ではそれぞれの担当者の情報をもとに客先のキーマンを探り当て、そのキーマンにどうやってアプローチするかということに多くの時間を割いているそうです。
どういうふうにするかといえば、例えば、営業マンのAさん、Bさん、Cさん、Dさんがいたとします。
で、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんが同じ客先の違う部署を担当していたとして、それぞれが日々の営業活動をしていく中で、客先のXさんという取締役が実は社内で大きな権限を持っていて、その人の了解が得られないと多くの事柄が決まらない実態があるという情報をつかんだとします。
そこで、営業会議では各営業マンの情報から客先のX取締役を重要キーマンと位置づけ、今後の展開ではX取締役へのアプローチを強化していく方針を決定するわけです。

この話を聞いて、さすがは外資系、戦略的で論理的な考え方をするもんだなと感心したものです。
どこかの会社などに初めてアプローチする時は、何のつてもない時はとりあえずは窓口を経由する場合も多いでしょう。
受付に飛び込んで自己紹介から始まり関係部署(担当者)に取り次いでもらうとか、あるいは電話やメールして関係部署(担当者)に取り次いでもらうとか。
ただ、窓口では素っ気ない対応をされるのは一般的です。
「うちでは要りません」(ガチャ)と電話を切られてしまうとか、何とか担当者に会うことができても、「必要になったら連絡します」の一言で終わってしまうとか、きっと経験した人もいるのではないでしょうか。
“本当の営業は断られた時から始まる”とも言われるように、本当の営業力を試されるのは最初の瞬間なんですけどね。
やりとりで目の前の担当者が何の力もないと見抜いたら、作戦を変更して今度は何とか上司に会えないかあの手この手を使ってみるとか、そういったあたりが営業担当者の腕の見せ所だったりします。
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