2017年05月25日

精神的に健全で仕事ができているならブラック企業でもかまわないのかもしれない

いつの頃からかブラック企業という言葉が流行り出し、最近は厚生労働省がブラック企業をリストアップして公表しているようです。
それはそれで社会全体を良くするためにはいいことなのでしょうが、私自身は、精神的に健全で仕事ができているならブラック企業でもかまわないのかもしれないと思っています。
というのは、以前弟と飲み語りをした際、弟からこう言われたのです。
私は当時大手企業の正社員として働いていて、弟は待遇面は完全にブラックの会社でアルバイトをしていたのですが、「兄貴の話しはさっきから仕事の愚痴ばかりだ。兄貴は俺に正社員のほうが得だぞと言うけれど、私は今の仕事に特に不満はないし、やりがいとまでは言わないまでも嫌気はさしていないから愚痴をこぼさずやっていけている。いろんな面で恵まれているはずの大手企業の正社員の身分なのに、嫌々ながら仕事をしなければならないのなら俺はまっぴらごめんだね」と。

私は今、当時の、そして今の弟と同じように非正規社員として働いています。
40代後半まで正社員として働きましたが、思うところあって大胆にキャリアチェンジをしました。
以来、収入面など待遇面は恵まれず、かつ、勤務先によっては完全にコンプライアンス違反の企業も経験しています。
ただ、会社の規模が小さいので雇用面ではコンプライアンス違反が多々ありながら、職場の人間関係が良かったので働きやすかったところもあります。
働きやすかったところは精神的に健全だったので、世間的にはブラック企業と言われようと私自身は一切意に介しませんでした。
自分でそういう経験をしてみると、当時弟が私に言ったことがよくわかるようになりました。

たしかに、企業は社会的存在なので決められた法律等は遵守し、雇用者は雇用した従業員の人間性を尊重して働かせなければならないでしょう。
理屈の上ではそうであっても、企業はし烈な競争社会で生き残っていかなければならないので多少コンプライアンス違反があっても(それを知っていても)事業を優先してしまうのが現実です。
サービス残業しかり、パワハラ・セクハラしかり。
正直なところ、私は働く上において大事なのは、精神的に健全で仕事ができるかどうかではないかと思うわけです。
極端な言い方をすれば、いくら給料が多くても、休みが多くても、福利厚生が充実していても、精神的に病むような仕事であれば、その人にとってその仕事はブラックだと言えるのかもしれません。
私が今身を置く飲食業界はブラックの代名詞のような業界でもありますが、中にいると生き生き働いている仕事人たちにたくさん出会います。
結局のところ、ブラックかどうかは働く人一人ひとりの心が決める部分もあるのもしれないと思ったりもします。

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2017年05月23日

未経験の仕事でも、何かしらできることが増えると面白くなり欲も出る

20数年の仕事人人生をオフィスワーカーとして送ってきたのに、50歳が目の前に迫った頃、「このままの(これまでの延長の)人生でいいのか。他にやりたいことはないのか。やりたいことがあるのにそれをやらない人生を送ったら後で後悔しないか」という思いが強くなり、「やるなら今でしょ!」とばかりに未経験の飲食業の世界に飛び込みました。
仕事に就く前に、基本的なことを知らなさすぎるとまずいだろうと手始めに調理専門学校で勉強してから飲食の仕事に就きました。
他の仕事にも言えることでしょうが、仕事の現場はその現場に応じた仕事のやり方をしないといけません。
学校で勉強した事柄は一旦脇に置いといて仕事のやり方を覚えていく必要があります。

初めて飲食の仕事の現場に身を置いた時、正直言って、あまりのきつさ、あまりの自分の対応力のなさに心が折れそうになりました。
「この仕事は絶対私には向いていない。もう諦めたほうがいいのではないか」と何度も思いました。
何時間も立ちっ放しな上に激しい肉体労働だからかなり疲労を感じ、仕事を終えて自宅に帰るといつもぐったりした状態で、寝ると深い眠りに落ち夢さえ見ない日々が続きました。
加えて、職場には職人タイプの人が多いので厳しい言葉を何度も浴びせられ、「お前はこの仕事には向いていないな。さっさと辞めちまえ」と何度言われたことか。
砂糖と塩を間違えたら、「お前の味覚・視覚では砂糖と塩の区別もつかんのか。料理人になる以前の欠陥があるな」と嘲笑され、まかない用の料理をレシピを調べて作ったら、「犬の餌を人間に食わせるのか」と怒られたこともあります。

そんな経験をした私も、この世界に入って3年近くになりました。
まだまだ未熟で大したこともできないのですが、それでもちょっとずつできることが増えてきているように思います。
立ちっ放しで仕事をすることにも体が慣れてきたし、包丁を使って食材を切ったり、鍋を使ったり、調味料を合わせてみたり、そういった基本的なことも少しはできるようになってきました。
職場の仕事で直接生かせる機会がなくても、先輩たちの仕事ぶりを観察しながらそれで得たものを見よう見まねだけど自宅で再現してみたりしています。
完全に再現はできなくても何となくできると嬉しくなり、そこから自分なりの工夫をすることもよくあります。
今はとにかくさらにいろんな経験を積んでできることをどんどん増やしたいと考えています。
未経験の世界に飛び込んだ当初は大変さばかりが身に沁みましたが、そんな仕事でも、何かしらできることが増えると面白くなり欲も出る今日この頃です。
仕事というのは、この域に達したあたりから面白さ、やりがいを感じていくものなのでしょうね。

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2017年05月22日

過去に生きず、今とこれからを見つめて生きるのが幸せをつかむコツではないだろうか

私の好きな言葉にこういうのがあります。
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる
また、自分の生き方を考える上で次の言葉は常に念頭にあります。
起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半
年をとればとるほど、いろんな人生経験を積めば積むほどこれらの言葉が心に沁みてきます。
以前から記事で時々書いていますが、50歳前後から私は金銭的に貧乏暮らしをし、仕事は小さな目標を掲げながらマイペースでやっています。
こういう自分の今を見つめてみると、自分が望んだ生き方になっているんだろうなと思います。
今は独身で自由気ままな一人暮らしだからこのライフスタイルを気に入っていて十分幸せを感じています。
これが結婚して家庭があり子供でもいたなら私の人生は今とは違ったものになっていたかもしれません。

私は現在52歳ですが、同世代の友人知人たちを見ると、出世という点で言えば、大手企業の役員や部長に昇進していたり、事業を興して軌道に乗せ活躍している人もいます。
ここ数年会っていなかった知り合いの女性がいつの間にか大手企業の重職に就いているのを知り「凄いな、活躍しているな」と思いました。
ただ、私はある時を境に組織で出世することに興味を持たなくなり、自分の好きなことをやりながら好きなように生きる道を選んだので、周囲の人が出世して活躍していることを知っても、その人の頑張りを認めつつ羨ましいという感情は一切ありません。
今は、人それぞれどんな生き方をしようと自分が幸せになる道を進んでいけばいいのかなと思うだけです。
結局、一人の人間の存在は、『起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半』なのであれば、身の丈に合った生き方で人生をまっとうすればいいだけなのかなと。
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2017年05月21日

雇われて働き続けたい人は、時々自分のその時点での市場価値を把握しておくのが賢明かと

私は、もうかれこれ勤め人を30年以上続けていますが、この間に何度か転職をしました。
年収などの待遇面でみると、40代前半あたりがピークでその後は右肩下がりで今日にいたっています。
私の脳裏には仕事人人生の選択として常に転職という二文字があったので、その時々の年齢での自分の市場価値が気になっていました。
だから、実際に転職を実行するという行動を起こさないまでも、大手の求人サイトに登録して求人情報をチェックしたり、人材会社からのスカウトメールを受け取ったりしていました。
一般的には中高年からの転職は厳しいと言われていますが、そのことを強く実感したのはスカウトメールがほとんど来なくなり、たまに来てもコンビニのオーナー募集のようなものばかりになったことでした。
たしか45歳あたりを境にしてだったと思いますが、以前から利用していた大手の人材紹介会社の担当者の対応が明らかに変わったのです。
それ以前は私のキャリアに合った、また希望する求人を紹介してくれていたのに、こちらが要望メールを出しても「案件があればお知らせします」といったつれない返事ばかりでした。

この時に、「あー、私もとうとう転職市場では売れる商材ではなくなったんだなぁ」としみじみ思ったものです。
個人の能力・スキルによっても違いはありますが、まぁ、勤め人は年取ったら買い手が減る傾向にあるのはたしかですね、自分を売りたい人は多いのに。
かつて人材紹介会社で人材コンサルタントとして働いたことがありますが、当時求人企業が提示してきた欲しい人材の年齢層は25歳〜35歳というのがもっとも多かったんですよね。
こういう現実を知ると、「なるほど、だからこの年齢層の時には求人情報の連絡が多かったのに、年齢が高くなってからはほとんど来なくなってしまったんだな」と納得したものです。
こういう実態を知らない人が、就職・転職で苦労している中高年者に「中高年者の求人が少ないのは当然だ。とにかく採用してくれるところがあるまで受け続ける努力が大事だ」と精神論をのたまうことがありますが、私のように裏事情を知ってしまうと精神論だけで何とかしようというのは労多くして益なし(少なし)だから、就職・転職に対する考え方や活動のやり方を変えるほうが賢明と思ってしまうのです。
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2017年05月20日

一般論や正論はいいから、即・直接役立つアドバイスが欲しい時ってあるよね

かつて勤めた大手企業時代、頭の回転の早い上司に仕えたことがあるのですが、その人の難点は、話す時に理屈や理論重視で話す時間が長いため、部下が急ぎの案件を処理しなければならない時にそれが障害となってしまうことでした。
例えば、簡単に承認してもらえるだろうと思った資料を持っていくと、「なぁ、XX君。この案件の本質を君は理解しているかね」と始まり、私が何かしら回答しそれが相手の期待に合っていないものだとそこから延々と自分の考えを述べ出すのです。
私としては自分の中で仕事の段取りを組み立てていて、まずは簡単な案件をさっと処理し、時間のかかりそうな案件はじっくりやろうと考えていても、上司対応で簡単な案件が2時間も3時間もかかると当然他の仕事にも支障が出るわけです。
そんなもんだから、明朝の会議で配布する資料作成が上司が帰る時までに承認取れなかった際は、深夜遅くまでかかって作成し翌朝上司が出勤してきたら確認してもらい承認をとるなんてことをやっていました。

実は、この上司、一事が万事こんな調子だったので、社内では嫌われ者になっていて、「あの人のところに行くと面倒だから」と思われ他部署の人はあまりやって来ませんでした。
部署の責任者だから、どうしてもその人の承認が必要になった時だけやって来るみたいな状況だったかもしれません。
そういう面倒くさい上司だったので部下も敬遠しがちでしたが、話しの内容自体は正論が多かったんです。
「いいかね、XX君。仕事をする上においてはな、まずは考え方が大事なんだ。よく考えて本質を見抜き、そこから仕事を組み立てることが大事なんであって、考え方が間違っていれば成果が芳しくないのは当然じゃないか」と言われれば、「はい、まったくその通りです」としか言いようがないんです。
その人は有名国立大学の法学部を卒業した人で、当時の勤務先の親会社から転籍してきた人でした。
親会社ではその流儀でよかったかもしれませんが、子会社(他の会社)に移ったからには実状に合わせ自分自身の考え方ややり方を変えたほうがうまくやれたかもしれないと思うのでした。
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2017年05月19日

なるほど、経験してみると実態が見えてくるというのはたしかにある

以前、銀座の高級和食店で板前見習いとして働いていた時、当時の料理長からこんなことを言われたことがあります。
「料理人の世界はピラミッド型になっているんだ。真剣に修業を積んで一流の料理人になりたいという人は高級なお店を職場に選び、そこまで志の高くない人はちょっと高めの居酒屋あたりで働き、まともに料理人になれないような人は安い店や立ち食いそばなどに行くんだ」と。
業界経験がほとんどない当時、この言葉を聞いた時は、どんな職業の人であれ見下すような言動に反発を覚えたのですが、このお店を辞めた後、高級居酒屋、安居酒屋の厨房を経験してみると、「なるほど、当時料理長が言っていたことはこういうことなんだな」と実態が見えてきたような気がしました。

飲食店というカテゴリーは同じでも、どういう客層を狙うかによってお店の体制はずいぶん違うものだなぁと。
高級和食店時代には当たり前のこととして教えられたことが居酒屋などでは当たり前ではなかったのです。
高いお金を払うお客さん相手だと料理に一手間も二手間もかけて、お客さんにお金を払うだけの価値があると思わせなければなりませんでした。
そういった料理を作るのは、昨日今日から料理人修行を始めたといった素人ではできませんので、それなりに経験を積んだ料理人が担当します。
これに対し、安い居酒屋などは、学生アルバイトなどが料理長からレシピを教えてもらって作ったりするのですが、それほど手間をかけないし、冷凍食品を多用して極力誰でも対応できるような流れになっています。
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2017年05月16日

仕事人人生が不調の時、仕事以外でうまくいくものがあると精神面で良い効果がある

20代後半から40代にかけてインターネットの世界にはまったのですが、特に同好の士を集めることを目的としたコミュニティ作りとその運営が大好きでした。
一時期は、本業の傍らでネットサービス運営会社と契約し同社のコンテンツであるコミュニティの委託運営によって副業収入を得ていたこともあります。
これらのコミュニティは自分で立ち上げたので事業をゼロから興した創業者のような気分が味わえ、苦労もありましたがその苦労を吹き飛ばすぐらいの充実感がありました。
仕事ではストレスが溜まることがあってもこの活動ではストレスはほとんど感じなかったですね。
自分が作ったコミュニティの趣旨に多くの人が賛同しメンバーが増えれば増えるほど運営にやりがいを感じたものです。

一方で本業のほうはどうだったかといえば、うまくいかず壁にぶち当たることもしばしばありました。
そういう時はストレスが溜まりモヤモヤ感がずっとあったのですが、先程言ったように本業以外で夢中になって取り組んでいたことはとてもうまくいっていたので、精神面では本業の不調を大いにカバーしてくれました。
仕事の合間にストレス発散だとばかりに何かをちょっとやるよりも、夢中になって取り組み、うまくいっていることが自分でも実感できるような何か、しかもそれは長く取り組んでいる、そんなもののほうが精神面での効果は大きいと思います。
長続きしているものがあると、例えば、仕事が行き詰って辞めたくなった時などにそれが折れそうな心を支えてくれたりするのです。

実は、50代の現在、かつてのような仕事以外でうまくいっているものがないんです。
40代まで夢中になって取り組んでいたことは40代で終わり、現在はそれに代わるものがなかなか見つかっていない状況です。
頭の中ではそういうものの重要性をわかっているので、この世代から夢中になって取り組めるものは何かないかなと考え続けています。
このブログも長年継続している本業以外の好きな活動ですが、仕事(本業)に対する思いがかつてに比べると薄れてきたせいか、記事を書いていてもいまひとつ熱くなれない自分がいます。
あなたは今、仕事の調子はどうですか?
仕事が不調の時、精神面で支えてくれる仕事以外の何かありますか?

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2017年05月15日

就職・転職活動で何度も落ちるとショックではあるがその経験で身につくこともある

これは経験した人しかわからないでしょうが、就職・転職活動で受けた会社から不合格の判定をされるとやはりショックを受けます。
特に、自分の過去の経歴・実績に自信を持ち、そんな自分を他人も評価してくれると思い込んでいる人ほどショックは大きいでしょう。
私は、落ちる経験を数え切れないぐらい経験してきた今となっては、もし合格したらラッキーぐらいの思いで受けることが多いので落ちたところであまりショックは受けず、「さて、次いくか」とすぐ気持ちを切り替えることができます。
今でこそそうなのですが、若い頃に初めて転職活動して受けた会社から不採用通知をもらった時は、しばらく立ち直れないぐらいショックでした。
「社内で真剣に検討した結果、誠に残念ながら・・・」という文書をもらう度、ショックを受けながらも真剣に検討したという文言に少し救われた気持ちになっていました。

しかし、自分が逆の立場で採用担当者になってわかったことですが、この文言というのはほとんど常套句なんですよね。
中には本当に真剣に検討する応募者もいるのですが、応募書類をチラ見しただけで落とすような応募者に対しても不採用通知の文面は同じなんです。
採用担当者は多くの応募者の事務処理を効率化するために同文面にしているわけです。
いろんな会社をたくさん受けて不採用通知をもらうと、多くの会社が似たような文言を使っていることに気付くはずです。
私は40代の時の転職活動でたくさんの会社を受けた経験がありますが、中高年の転職活動は難しいということは予備知識としては持っていたものの、それを身を持って実感できました。
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2017年05月14日

50代から考える、老いのこと、仕事のこと、死ぬこと、etc.

私より人生の先輩方からは「まだ若いのに」と言われそうですが、この頃、老いのこと、仕事のこと、死ぬことなどについて考えることが多くなりました。
それにはこんな背景があります。
私は昨年の5月に現住地に引っ越してきてちょうど1年が経ちますが、以前住んでいた地と比べるとある点において大きな違いがあり、それは外で見かける住民の世代層がかなり違うことです。
現住地ではとにかく老人をよく見かけるのです。
まるで高齢者の割合が多い明日の日本社会の姿を見ている感じです。
そして、私がこの地にやって来て常連になった居酒屋は、未亡人の女将さんをはじめ常連のお客さんの多くが60代以上で、お店で飛び交う話題には、病気、健康、老後の生活、年金、収入、死のことなどがよく出てきます。
こういう環境に身を置いていると、自然に自分自身の老いのこと、仕事のこと、死ぬことなどを考えるようになったのです。

このお店にやってくる人はそれぞれいろんな境遇にあって、話を聞いているだけでも自分の今後の人生の参考になります。
先日、こんな話を聞きました。
常連さんの一人が今年大手電機メーカーで定年を迎えるらしいのですが、会社に再雇用制度があるものの、本人は長年の勤め人人生に疲れたらしく定年で辞めようと考えていると女将さんや他の常連さんに話したらしいのです。
それを聞いた女将さんや常連さんたちは、口々に「継続して勤めることができるなら勤められるだけ勤めたほうがいい。何か思い入れの強いやりたいことがあるなら別だけど、今のご時世において60代での再就職なんてなかなかできないし、それに長い老後の人生を考えると生活費的に有利になる選択をしたほうが賢明だよ」とアドバイスしたと聞きました。
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2017年05月13日

好条件の転職は、自分のプライドや周囲の冷たい態度で失敗するリスクも伴うものだ

若い時に日系の大手企業で働いていた頃は、「この会社では力を発揮しても若いうちは給料を大幅に上げることも昇進するのも難しい。年齢に関係なく能力主義の制度が整っている会社で、もっと私の能力を評価してくれる会社で働きたい」とよく思ったものでした。
特に20代後半から30代ぐらいまではそんな思いが強かったように思います。
そんな思いを実行に移すべく、これまで何度か転職を重ねてきました。
当時の私は、“キャリアアップ=年収やポジションアップ”という考え方でしたから、転職先から提示された条件がそれに叶っている場合、その転職は私にとって成功といった認識でした。
だから、転職した直後は希望が叶ったと嬉しかったですね。

しかし、これは自分自身の経験を通して、あるいは他人の同様の転職を見ていてもわかったことですが、好条件の転職は、自分のプライドや周囲の冷たい態度で失敗するリスクも伴うものです。
好条件で迎え入れられたことで、「この会社は私の能力を高く買ってくれている。その期待に応えられるだけの力を発揮しなくては」という意識が強くなると同時に、前職時代で培った自分の実力に対する過信もあって肩に力が入り、周囲をよく観察して状況把握をしないままあれこれやろうと意気込んでしまうことがあります。
短期間で何かしらの成果を出せていないと、「そろそろ会社にアピールできる成果を出さないと」という焦りみたいものも出てきます。
これは本人の問題ですが、もう一つ、その人を受け入れた会社、配属された職場の受け止め方の問題もあります。
その人がどういう条件で採用されたかを知らない人は多いかもしれませんが、例えば高い役職で入社してきたら好条件で採用されたと誰もが考えるはずです。
そうすると、その人より地位の低い人たちなどは、その人の一挙手一投足が自分の仕事にどんな影響があるのか戦々恐々としながら、「さて、この人はどれぐらいのことができるのだろうか」と冷めた目で言動を注視したりします。
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2017年05月11日

仕事(会社)つながりの人間関係を縁と思って大事にしたいか、つながりがなくなれば断ち切りたいか、は人それぞれ

世の中には、仕事(会社)つながりの人間関係を縁と思って大事にする人もいますし、利害が絡んで煩わしい関係なのでつながりがなくなればすぐにでも断ち切りたいという人もいます。
それがもっともわかりやすいのは、仕事(会社)を辞めた後にお互いの付き合いが続くかどうかですかね。
私個人のことでいえば、30代ぐらいまでは仕事(会社)つながりの人間関係を大事にしたいと思っていたので、会社を辞めた後も仕事で付き合いのあった人には毎年年賀状を送ったりしていました。
たまにですが、在職者の飲み会にも誘われて参加していたこともあります。
しかし、40代になってからはピタッとそういう付き合いをやめました。
過去に勤めた会社の人たちとの年賀状のやりとりも一切やらなくなりました。
ただ、よく一緒に飲みに行ったりして特に親しかった人とは今でも付き合いが続いているケースはありますけどね。

私はお酒が好きということもあり誰かと一緒に飲みながら語り合うのが好きでしたので、正社員で会社勤めしていた頃は職場の同僚とよく飲みに行っていました。
飲みながら大いに仕事談義をし、それがお互いの仲間意識を高めているように思っていました。
でも、仕事談義といっても、中身は愚痴、不平不満の類が多く、冷静な頭でその時間を振り返るとなんか非生産的な時間を費やしただけに思えてくるのでした。
そんなこともあって、40代になってからは会社以外の人との付き合いを増やしていきました。
仕事帰りに同僚から飲みに誘われても用事があるからと断って、実は社外の人との飲み会に参加したり、個人的な行きつけのお店で一人で飲むなんてことがよくありました。
この頃からは、仕事(会社)つながりの人間関係をあまり大事にしなくなっていたように思います。
お酒を飲むのでも、利害抜きの社外の人と飲むのは社内の人と飲むのより何倍も楽しかったのです。

これまで転職でいくつかの会社に勤めてきましたが、勤め先の退職を機に付き合いが終わった人間関係は多いですね。
多くはそうなんですが、唯一例外的なのは、創業間もないベンチャー企業で一緒に仕事をした人たちとは比較的付き合い(SNSなどのネットつながりとか)が続いていることでしょうか。
海のものとも山のものともわからないベンチャーに飛び込んだ時は仕事に対しやる気満々で同僚もそういう人ばかりだったので付き合いやすいというのがあったんでしょうね。
前向きな姿勢の人とは付き合っていてこちらも気持ちいいから、こういう場合はそれこそ縁を大事にしたいと思いました。
あなたは今、仕事(会社)つながりの人間関係を縁と思って大事にしたいと思っていますか?、それとも、つながりがなくなれば断ち切りたいと思っていますか?

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2017年05月10日

モチベーションの上がらない職場では、相性の良い聴き役の存在は大事だ

仕事が順調にいき、周囲の人間関係も良好であれば仕事に対するモチベーションは高く、きっと人生を楽しく感じられるでしょう。
しかし、長い仕事人人生においては、この逆の状況も往々にしてあるものです。
そういう状況の時は、境遇を嘆き、うまくいかないことの原因を他人のせいにしたり、周囲の人との付き合いも避けたくなりがちです。
ただ、人はずっと孤独で生きていくほど強くはないので、どこかで誰かに自分の話しを聴いてもらいたい、できれば自分の思いに共感してほしいと思っているものです。

私の弟は、大学卒業以来一度も正社員として働いたことがなく、40代後半の現在までずっとフリーターをしています。
そんな弟が働く現在の職場の人間関係は殺伐としていて、親しいグループも特にないのだそうです。
誰かと話しをするとその人の口からはその場にいない人の悪口が出たり、そんな雰囲気なんだとか。
ところが、何人かの人は弟に親しく話し掛けてくるそうです。
職場の多くの人からいつも怒られてばかりいる気の弱そうな同僚は、他の人には退社時の挨拶をしないのに、なぜか弟にだけはするらしく、また、会社や他人の悪口ばかり言っている同僚も弟のところにはよく話しをしに来ると聞きました。
弟は子供の頃からあまり自己主張をせず優しい性格なので、そういう点で他人にとっては安心安全のようなイメージを持たれているのかもしれません。

これは私自身の人生経験でもありますが、モチベーションの上がらない職場に身を置いている時に、身近に相性の良い聴き役がいると救われるんですよね。
運悪く相性の悪い上司に仕えた時、とりとめのない愚痴を聴いてもらえたりとか(笑)。
仕事帰りによく一緒に飲みに行く人同士というのは、おそらくお互い相性が良く、お互いに話しが噛み合うんでしょうね。
そういう意味では、相手が自分にとって相性の良い聴き役になっているんだと思います。
相性というのは人によって違います。
AさんとBさんは相性が良く、BさんとCさんが相性が良くても、AさんとCさんは相性が悪いということだってあるのです。
今、あなたの職場でのモチベーションはどのような状況かわかりませんが、相性の良い聴き役は身近にいますか?

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2017年05月08日

相手と似た職場環境に身を置き似た経験をしてみると、当時の相手の気持ちがよくわかる

その時は、相手の悩みや言っていることがいまひとつよくわからなかったのに、後に相手と似た職場環境に身を置き似た経験をしてみると、当時の相手の気持ちがよくわかるということがありますよね。
数年前、ある大手企業の社員食堂でパート勤務をしていたことがあります。
現在は、ある中学校の給食室でパート勤務をしていますが、両方とも飲食の世界では集団調理という分類では共通していて、パート従業員は家庭の主婦がメインというのも似ています。
社員食堂時代、私が退職する時期に後任者として採用された60代の男性がいたのですが、私の最後の業務としてその人への引継ぎがあり、それを私が退職する日までの二週間で行わなければなりませんでした。
さすがに二週間は短いなとは思ったものの、その間でベストを尽くすしかなかったため、業務内容や手順を文書化したほうがよりわかりやすいだろうと考え、マニュアルを作成して渡した上で日々の業務上でそのマニュアルに基づきOJTを行いました。
その人は業界経験が長いと聞いていたので、ある程度のことを教えれば理解してくれ業務習得は早いに違いないと思っていました。

しかし、実際OJTをしてみると、「よくわからないのでもう一度教えて下さい」と何度も言われ、同時に「教え方が早いのでもっとゆっくり少しずつ教えてほしい」とも言われました。
私の教え方がうまくないという点はあったのでしょうが、当初思っていたよりは理解は進まず、またそんなに多くの事柄を一度に教え込もうとしていたわけではないのに、本人のキャパを超えてしまったようでした。
とはいえ、私には教え終えなければならないデッドラインがあったので、私の退職後は他の人に任せればいいだけだったのですが、とりあえず引継ぎ業務のすべてを期限までに引き継がなければならないと焦っていたことは否めません。
当時、私としてはマニュアルも渡してあるのだから、本人が空いた時間に少し予習・復習でもやってくれていれば、同様の業務経験者でもあるしすべてを理解するのは可能なはずと思い込んでいたのです。
でも、よく考えてみれば、同様の業務といっても会社が違えばやり方だって違うはずだから、その職場の新人にとってはわからないことだらけだったのかもしれません。
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2017年05月07日

人は、自分は語りたくないのに他人が語りたくない事実は知りたいものである

仕事人を長年やっていると誰でも嫌な思いをした経験は何度もしているはずです。
そして、そういうことはあまり他人には知られたくない、特に利害関係のない第三者には自分のイメージ上も知られたくないと隠す人は多いはずです。
隠さないまでも他人に聞かれないかぎり自ら積極的には話題のネタにしないとか、聞かれたら曖昧にして答えるとか、そんな人はたくさんいると思います。
私自身、このブログで過去の出来事にまつわる事柄を散々書いてきましたが、さすがにこういうこと(事実)は誰が読むかわからない公の場では書けないなと感じセーブがかかったこともあります。
ただ、私自身も感じることですが、嫌な出来事や体験ほど赤裸々に書いたほうが説得力というか現実味があるし、読者の興味をひくものなんですよね。
人は、自分は語りたくないのに他人が語りたくない事実は知りたいものです。
逆に言うと、正直なところ、自分のイメージ戦略もあるかもしれませんが、常に前向きな言動の部分しか見せなかったり、きれいごとや一般論しか言わない人にはそれほど興味を持たない人も多いでしょう。

例えば、自分がある日勤め先から首を宣告されたとします。
あるいは、日頃の言動で上司の不興を買ってしまって左遷させられたとします。
本人は大いにショックを受け落ち込み、その事実は他人には知られたくないと思うかもしれません。
しかし、「勤め人であるかぎり明日は我が身」と日頃から思っている人にとっては、当事者には不幸な出来事かもしれませんが、それこそこの事実の経緯や当事者の心境について微に入り細に入り知りたいと思うでしょう。
なぜならば、それを知ることによって自分の仕事人人生の参考にしたいからです。
仕事で失敗やミスをすることはよくありますが、それらから学んで次に生かすことが成功につながることはあります。
とはいえ、仕事人はとりあえず自分の仕事をするにおいて失敗やミスは避けたいと考え、そのために他人の失敗やミスの事例から失敗やミスをしないコツをつかみたいと思うのです。
けれども、冒頭でも言いましたが、人は嫌な体験を隠したり積極的に語りたがらない傾向があるので、そういった失敗やミスの事例を集めるのはなかなか難しいのです。
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2017年05月06日

自分の時間なら自由に使えばいいと思う、そうすればそれが充実感につながる

兼母海岸2
(自分の時間、自由に使っていますか?)
ゴールデンウィークも終盤、また来週から仕事再開という人も多いのではないでしょうか。
ずっと仕事だったという人には本当にお疲れさまでした(です)と言うしかありませんが。
私は5月3日から5連休を楽しんでいます。
楽しんでいますと言っても、たくさん予定を組んでたくさんのことを忙しくやっているというのではなく、こういう時(仕事をしていない時)だからこそ予定らしい予定を入れず、行き当たりばったりでダラダラ過ごそうと考えそれを実践しています。
私はこういう過ごし方をすると充実感を感じるんです。
「大型連休なのに何も予定を入れないなんてもったいない」なんて言う人もいるのですが、その人はその人、私は私で考え方が違うのですから、自分の考え通りに過ごせばいいんだと思います。

仕事で同じ時間を共有している場合はさすがにお互いが勝手な時間の使い方をするというのはなかなかできません。
それはある意味不自由な時間です。
しかし、他人と共有していない自分だけの時間であるのなら、自分の思い通りに自由に使えばいいと思います。
そうすればそれは心の充実感につながるでしょう。

私はこの5月で現在の地に引っ越してきてちょうど1年が経ちます。
嘘か真かわかりませんが、この地は独自の価値観を持つ人が多く住んでいる地なんだとか。
もしこれが真なら私にはピッタリだと内心ほくそえんでいます。
新しい地に移り住んでから今日まで、なんか伸び伸び生きているような気がします。

昨年3月に勤め先を辞めた後、半年間は無職で自由気ままに過ごし、その後三ヶ月ほどアルバイトをし、現在は日中短時間のパート仕事をしています。
生活費的にはかなり厳しいのですが、今の私は自由な時間がほしいということもあり緩い働き方を選択しています。
おかげで今は精神面ではかなり満たされているように感じています。
ただ、先程も言いましたように生活費面が厳しいのでもうしばらくしたら不自由な時間を増やそうと考えています。
人間の生活は、自由と不自由な時間の使い分けなのかなと思います。
心の充実感を高めるには、自由な時間のほうをいかに自由に使うかがポイントなのかもしれません。

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2017年05月05日

人の生き方は、50代以降のほうが面白いというか興味深いというか、そんな気がする今日この頃

農道一本道
(嗚呼50代)
かの孔子によれば、人間は40代にもなると惑いがなくなる域に達するもののようですが、私は50代の今も惑い続けてばかりいます。
孔子が生きた時代に比べれば現在は人間の寿命が延びているので、不惑の域に達する年齢はもっと後でいいかななんて都合よく考えている自分がいます。
以前の記事で書いたことがありますが、私には兄が二人いて、二人とも50代。
すぐ上の兄は、最近職場で55歳以降は給与が下がるという通知をもらってモチベーションが下がり、その上の兄は定年間近で定年後の身の振り方に悩んでいます。
私は私で今後の人生をどう生きようかといろいろ考えます。
50代の仕事人というのは、残りの人生についていろんなことを思い、また、この世代にその後の世代を生きていく上での準備を何かしようと考える傾向があるのかもしれません。
一見、既に自己を確立し落ち着いているように見え、でも心の中ではいろんなことを思ってもがいている、そんな世代なのかなと。

子供時代から付き合いのある人やその後の人生で出会った人で今でも付き合いのある50代の人たちを見ていると、人間観察的に面白いというか興味深いですね。
例えば、組織で働いている人を見ると、同じ世代の人は出世している人は部長、役員、社長といった役職に就いて組織の要となって働いている人がいます。
あるいは課長などの中間管理職として働きつつ、自分の地位もここまでだろうと見切りをつけ、後は定年後の生活設計に思いを巡らしている人もいます。
また、組織での出世は望まず(あるいは諦め)、仕事以外のことに生きがいを見出している人もいます。
組織に属さず生きている人の中には、自分のやりたいことをやってその道で成果を出し輝いている人がいます。
他人の目など気にせず、貧乏暮らしをしながらもマイペースで淡々と生きている人もいます。
年老いた親の介護に苦労しながら必死に生きている人もいます。
周囲の人たちの生き方を見ているだけで、いろんな人がそれぞれの生き方をしているんだなとしみじみ思います。
そんな私も50代、同世代の皆さん、いろんな制約もあるかもしれませんが、自分の思いのまま生きていこうではありませんか。

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2017年05月04日

年齢や置かれている環境で仕事観は変わったりするが、どういう仕事観を持つかで進路は決まる

高島屋タイムズスクエアから見た新宿の風景1
(今の仕事観の先に進路が)
このゴールデンウィーク、仕事人の皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
連休の取れた方、休みなく仕事だという方、いろいろいらっしゃると思いますが、お休みの方は大いにリフレッシュされ、お仕事の方は大変かとは思いますが頑張って下さい。
私は昨日5月3日から5連休に入り休みを満喫している最中です。
ところで、以前、ある大学の先生がこんな記事を書いていたのを目にしたことがあります。
それは若者向けの仕事観の持ち方についてでした。
その先生の恩師が80代になっても元気で専門分野の仕事を続けているとかで、その先生は、人間というのは関心のあること(好きなこと)を仕事にするといつまでもその分野を続けることができかつ心身共に健康でいられるようなので若い人も関心のあること(好きなこと)を仕事にしようといったようなことを述べていました。
たしかにこの考え方、仕事観は理解できるところがあります。
私の父は現在90歳で健在ですが今なお現役仕事人です。
自分のやっている仕事が本当に好きみたいで、日々研究・創意工夫を重ねていて、それが元気の秘訣でもあるようです。

一方で、関心のあること(好きなこと)を仕事にし続けられる人は幸せな人で、人によっては生活していくために嫌な仕事でもやらざるをえない人もいます。
わりと好きな仕事を組織を利用してやってこれた人も、その組織を辞めざるをえなくなって好きな仕事を続けられなくなり、しかたなく収入を得るためと割り切って不本意な仕事に就くこともあるでしょう。
私の場合でいうと、40代の時に当時関わっていた仕事では生涯現役は難しいと考え、組織の定年にとらわれない仕事に就きたいという思いが強くなって大きく仕事観を変えました。
それをかたちにしようと行動を起こし始めたのが40代後半だったので、50代前半の今はまだ道半ばといったところです。
昨今、年金受給年齢を希望によって70歳選択も可能にしようという議論が出てきているやに聞きますが、ますます進む高齢化の現象を考えるとそれもやむをえないだろうと思われ、その中で今や60代、70代も現役仕事人がふつうという時代はもう目の前に迫っているような気がします。
とはいえ、高齢者を喜んで雇用する企業や組織は実態として少ないでしょうから、高齢者の雇用問題と、何よりも高齢者自身がどういうふうにして仕事に就くかという意識と努力の問題は大きな問題になるでしょう。

これはある60代の方の仕事・就活ブログを読んで感じたことですが、長年同じ分野で仕事をし続けてきた(活躍してきた)人が定年などを機に同じ分野での仕事継続ができなくなり、再就職活動をするもなかなか就職できないという現実に直面した時、意識を変えるのがいかに難しいかということですね。
この方がハローワークなどで求人を探す際、見るに見かねて担当者が「これまでの経験を活かすといったことにこだわらないで、例えば軽作業など未経験の仕事にも挑戦してみてはいかがですか?」と勧めることもあるそうですが、この方はそれは自分の仕事観に反するということで断り、その結果就活は相変わらず苦戦続きのようです。
この方も担当者の言葉の意味は理解しながら自分の中のプライドというか意識を変えられないんですね。
人にもよるでしょうが、おそらく、それまでやってきた仕事にやりがいを感じプライドを持っていた人、あるいは安定した組織に身を置いていろんな恩恵に預かってきた人ほど、現実を認めざるをえない意識の大きな転換には長い時間を要するでしょう。
何にしろ、年齢や置かれている環境で仕事観は変わったりするものですが、どういう仕事観を持つかで進路が決まっていくのはたしかなようです。

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2017年05月03日

組織との関わり方によって仕事への思い入れって変わるもんだなぁと

お国のほうでは“働き方改革”なるものについて議論をしているようで、最近、メディアでもこの言葉を聞く(見る)ことが多くなりました。
ただ、個人的にはこういう大局的な事柄にはほとんど興味がなく、関心はもっぱら自分自身の今の働き方だけです。
私が長い間の自分の仕事人経験を通して思うことは、勤め人(雇われ人)の場合は、組織との関わり方によって仕事への思い入れって変わるもんだなぁということです。
私は現在パート従業員としてある会社で働いていますが、この仕事は強い思いで就いた仕事ではなく、無職状態から脱するためとりあえず就いた仕事なので、強く望んで就き正社員として関わった仕事とは仕事している時の感覚が全然違うんです。

このブログの記事を書いていても、一日の大半を費やして働いた正社員時代とパート従業員の今では込める思いにかなり温度差があります。
つまり、正社員時代は仕事に対する思いも強くストレスもかなりあったので書きながら自分自身が熱くなったのですが、今はネタとして淡々と書いている感じです。
それぞれの背景を考えると自然にそうなることがよくわかります。
正社員だとどうしても仕事中心の生活になるので、例えば、仕事が終わってからも職場の同僚と飲みながら熱く仕事のことを語ったりする機会があります。
これに対し、パート従業員は他の時間帯にはやることが別にあり、仕事時間以外の時間を他の同僚と共有することはめったにありません。
そして、パート従業員は人にもよりますが、一般的には会社など組織への帰属意識は低く(短期での離職率も高い)、組織(仕事)全体への責任感はそれほど強くありません。

働き方としては、私はこれまで正社員、個人での業務請負、パート、アルバイトを経験してきました。
あっ、大学を卒業するまでは、実家の稼業を手伝っていたこともありましたが。
また、勤務期間としては、同じ組織(会社)に10年以上の経験はないのですが、10年近く、数年、1年、3ヶ月といった感じで長期から短期までいろいろ経験しました。
こういうふうにいろんな働き方を経験してみると、何となく自分に合う働き方はこういう働き方なんだなということがわかってきます。
自分の働き方を変えるのは自分だけでできることなので、何もお国や組織(会社)側が考えて実施する働き方改革に期待する必要もないんじゃないかと。
というより、その改革の結果が自分にとっていいものになるかどうかなんてわからないでしょうし。
個人を取り巻く環境によって制約条件はあるかもしれませんが、組織との関わり方によって仕事への思いは変わると思うので、現在の仕事(働き方)に行き詰まりを感じている人はこの際思い切って組織との関わり方を変えてみてはどうでしょうか。

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2017年04月30日

仕事であれ、趣味であれ、関わった分野でいろんな出会いがある。それが面白いし、視野を広げてくれる。

私はこれまで7回転職し8社に勤めましたが、仕事が変わる度にいろんな出会いがありました。
雇用形態も正社員、パート、アルバイトと様々、また個人での業務請負というのも経験しました。
特に私の場合はいろんな業界を渡り歩いてきたので、同じ仕事の延長だったら絶対出会えないような仕事人たちに出会うことができました。
私はもともと“人”に興味があって人事系の仕事を好む傾向がありましたが、それでも新しい出会いがあってその出会いで新しいことを知るきっかけがあると大いに刺激を受けました。
同じ会社であっても、人事異動で新しい部署に行くとそこで新しい人に出会え、そういう人たちからいろんなことを学べて新しいノウハウやスキルが身についたりするものです。
そう思うと、いろんな出会いは自分の成長に役立っていることがよくわかります。

これは仕事の分野だけでなく趣味のようなものでも同じです。
例えば、昨今流行っているSNSでもそれを通していろんな出会いが経験できます。
私はこのツールを知ってから、できるだけ多くのいろんなタイプの人に出会いたいと思い複数のSNSに積極的に関わってみました。
Facebookmixi趣味人倶楽部小僧SNS村(現在はなし)など。
基本はネット上でのやりとりなんですが、私は実際の人物を知りたいという欲求もあってそれぞれのSNSのオフ会(実際に集まって交流する会)にも頻繁に参加しました。
それぞれのSNSにはいろんなタイプの人がいましたが、SNSが変わるとそのSNSの特徴ゆえか出会う人のタイプがさらに広がりました。

私は現在52歳ですが、仕事であれ、趣味であれ、関わった分野でいろんな出会いがあり、それがとても面白く、同時に自分の視野を広げてくれるいることを実感しています。
現在の私生活では、これまであまり経験のなかったご近所付き合いというのもあります。
自宅近くに時々飲みに行くお店を持ったことがきっかけで近所の輪が広がったのです。
これはこれで面白く感じています。
私の住む地域は、60代の知人が「この地域には老人が多いね」と言うぐらいお年寄りの多い地域です。
何せ、飲み屋によってはお客さんの大半が年金で飲んでいるというお店もあるぐらいです。
これまでは高齢化社会をあまり身近なことに感じられなかったのですが、現在の地に住んでからは本当に身近なことに感じるようになりました。
こういうところからまた視野が広がりつつあります。
年齢に関係なく視野が広がっていく出会いっていいもんですね。

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2017年04月29日

“良いお店”は人それぞれ。私のそれは、同じ時間を共有する“人”の雰囲気。欲求が満たせれば安いほどよし。

居酒屋藤(北区志茂)
(“良いお店”は人それぞれ)
現在、私には自宅から近い場所に行きつけにしているお店(飲み屋)が三軒あります。
私が行く時はお客さんで混み合っていることがほとんどないので、安心して落ち着いて飲めます。
それぞれのお店の常連さんは私にとってはいい人ばかりなので、変な気遣いもいらず居心地は最高です。
そういう点では、これらのお店は私には“良いお店”です。
これらのお店が他の人にとっても良いかどうかはわかりません。
そもそも、良いお店は人それぞれですからね。
ある人が「このお店は良いお店だ」と感じるのは、その人が求めているものがそのお店で満たされる時です。
私のそれは、簡単に言うと「同じ時間を共有する“人”の雰囲気」ですかね。
私が行きつけのお店に求めているのは、お酒や料理は二の次で、自分に合う店主の接客スタイルや常連さんのキャラです。

ある時期、新橋を中心に東京都内の飲み屋を飲み歩いてブログ記事なども書いていたので(『華麗なる新橋徘徊族』、周囲には私をグルメ人間だと思っている人もいるですが、当時から私が関心を持っていたのは、それぞれのお店にはどんな人がいるんだろう、その人たちによってそのお店はどんな雰囲気になっているんだろうということでした。
この当時は、いろんな人から良いお店を紹介して欲しいと頼まれると気軽に引き受け、場合によっては案内役を務めることもよくありました。
でも、現在は頼まれても適当な理由をつけて断ることが多いですね。
なぜならば、先程も言ったように良いお店の判断基準は人それぞれ違うし、それに今の私はたくさんのお店に行くことにまったく興味がなく行きつけのお店にしか行かなくなったからです。
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