2019年01月20日

コメントのし方で、事情に詳しい人かそうでないかはすぐるわかる

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(あなたはネットで誰かの投稿によくコメントを付けますか?)
ネット社会の特徴の一つに、誰でも自由に何かについてものを言えることがあります。
ネット上には、評論家になったつもりで社会的な出来事のニュースに対してコメントを付けている人がたくさんいます。
中には自分の論評こそが正しいのだという姿勢の人もいたりします。
まぁ、日本では表現の自由が許されているのでそれはそれでいいとは思いますが、ただ、私からすれば、コメントのし方で、事情に詳しい人かそうでないかはすぐるわかりますね。
もっとも、わかるのは私自身がある程度事情を知っている分野に限定しますけど。

私は、基本的に、ネット上にあふれているコメントの閲覧にあたっては、事情に詳しい人が的を射たコメントを付けている場合は興味深く読みますけれど、何も知らないのに個人的な感情とか思い付きで付けたようなコメントはほとんどスルーしています。
私のこのブログの記事に対するコメントでも、経験を積んでいるプロの仕事人が付けたコメントとプロ意識のあまりなさそうな仕事人の付けたコメントでは、例え短いコメントでも付け方で違いがわかります。
逆に言えば、誰かの発言や主張にコメントを付ける場合は、それなりに考えて練って付けないと他の人に自分の力量を見抜かれてしまう可能性があるということです。

“たかがコメント、されどコメント”。
コメントは気軽に付けられる一方で、コメントの付け方で相手や他人があなたに対し持つ印象が決まります。
いつもは辛口のコメントが多いのに、たまにうまいジョークコメントが付くと、「へぇ、この人はこんな才もあるんだぁ」と見直したり、あるいはいつもジョークばかり言っている人が時に役に立つ的確なコメントを付けると、「おお、この人は実はすごい人なんだ!」と信頼感が増したりとか。
今朝は、仕事の話題ではありませんでしたが、自分が日々経験しているネット上のコメントについて思うところがあったのでちょっと書いてみました。

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yoron at 09:24|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 世の中を斬る! 

2019年01月19日

自分は正論を言ったつもりでも、相手が「批判されている」と受け止めたら対人関係は負けだ

人を動かす
(私の言い分のほうが正しいといい気になっていませんか?)
大学生の頃、乱読でいろんな本を片っ端から読んでいましたが、本で得た知識を自分の中だけにとどめておくことができず、友人と議論したりする際などによく自分の中の引き出しから出していました。
専門課程になって専門ゼミナールに所属した際は議論する機会が多く、その時は自分の知識、話術を駆使して相手との論戦に挑み相手を負かすことに喜びを感じていました。
当時はテレビで討論番組などを見るのが好きでした。
そして、何かに対して常に批判的な見方をし、批判的なもの言いをする自分をかっこいいと思っていました。
この傾向は学生時代を終え社会人になってもかなり長い間続きました。
上司の指示命令に対し内心では常に批判していたり、時にはあからさまに批判したりとか。

例えば、上司が他部署の人から本来ならその部署がやるべき仕事を人手不足で多忙なことを理由にお願いされたとします。
上司は大局的な観点から、「忙しい時はお互い様。ここはひとつ協力してやろう」と相手の依頼を快く引き受け、そしてその仕事を私にふったとします。
すると私はすかさずこう反論するわけです。
「それは本来うちの仕事ではありません。多忙だからできないというのは職務放棄です。多忙ならその問題を自部署で解決すべきです。多忙を利用にその都度他部署の仕事を引き受けていたのでは組織の意味はないし、会社全体としても効率も生産性も上がらないのではありませんか?」と。
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yoron at 14:11|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2019年01月18日

組織の建前に負けないためには、まずは実力をつけろ、そしてあとはうまく立ち回れ

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(組織で生きるには、実力もうまく立ち回ることも大事)
組織というところは、社内外に対していい印象を与えるためにいい(時にはバラ色のような)情報だけを発信しようとする特徴があります。
それは組織の一員として働いている人なら薄々あるいははっきりと気付いているでしょう。
逆に言うと、組織外の人はなかなか気付きにくいかもしれません。
例えば、就職活動中の学生が企業が発信する夢物語の情報に接した際、その企業内で様々な問題が起きていたにしてもそれらに気付くことはなく、企業から発信された表面的な情報を鵜吞みにしてその企業で働くことに憧れるかもしれません。
また、既に組織の一員として働いている人でも、例えば、その人が現在就いている仕事や人間関係に不満があった場合、人事部門が発信した「能力や実績を公平公正に評価する」とか「本人の希望があれば希望部署へ異動できる」みたいな文書を真に受けてしまうかもしれません。

しかし、組織というところは、いろんな思いというか思惑を持った人たちが集まって仕事が回っているところなので、仕事の現場はけっこうドロドロしているのが現実です。
だから多くの仕事人は自分自身の中でいろんな葛藤が起きるのです。
かつて私自身も経験したし、身近にいた同僚が直面したのも見たことがありますが、会社の制度にあったキャリア形成のための自己申告制度(希望で他部署へ異動できる制度)を利用しようと人事部へ申告したことがあります。
その制度は所属長を経由せず直接人事部へ申告してよいという制度でした。
そういう制度にしているのは、所属長を経由すると妨害されたり、申告を快く思わない上司は以後その人の評価を下げる可能性もあるからということでした。

ところが、その制度の趣旨を信じて申告した結果はどうなったのか。
申告を受けた人事部はそのことを該当者の所属長に伝え、結果、本人と上司の間に気まずい雰囲気が漂う結果になってしまいました。
私自身の場合は、その後社内の人間関係を使ってうまく立ち回り何とか希望部署へ異動できましたが、同僚は「こんな会社は信用できない!」と吐き捨てて退職していきました。
これは私も含めた身近な例だけなので、他の会社ではこういった制度がうまく機能しているところもあるかもしれません。
ただ、私が言いたいのは、組織には建前があるので表面的に出回る情報を鵜吞みにしないことが肝心だということです。
こういった事柄の記事はこれまでも何度か書いてきましたが、組織人を長く経験し、そしていろんな組織を内部から見てきた経験を踏まえて言うなら、「組織の建前に負けないためには、まずは実力をつけろ、そしてあとはうまく立ち回れ」ということですかね。

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2019年01月17日

たかがアニメ、されどアニメ。学べる人生訓がある。

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(大人こそアニメから大いに学ぶべし)
現在は日中仕事をしていないので、先日暇にまかせて『日ノ丸相撲』というアニメを観ました。
プロの相撲取りになるには体が小さ過ぎる少年が、夢を諦めず、努力に努力を重ねながら実力をつけ大物に成長していくという物語なのですが、主題歌の歌詞には私自身の現在の仕事人人生に当てはまる部分があり大いに共感してしまいました。
以下にその部分を引用させていただきますね。
〜アニメ『日ノ丸相撲』の主題歌一部引用〜
1つとしてアドバンテージなんてない。「向いてない」、「センスない」、誰もがそう言って笑ってる。なんて事ない。ビビる必要はない。結果1発で180度、真っ白な歓声に変わるぞ。

これは50歳を目前にして無謀にもまったく未経験の料理人の世界に飛び込んだ私のことかもしれません。
ただし、私の場合はまだ修行中で実力は身についていないし結果らしい結果も出せていないので、いまだに周囲からは「向いてない」、「センスない」とばかり言われ続けています。
さらに付け加えるなら、「この世界では生きていけないから(今の仕事は)辞めてしまえ」ともよく言われます。
でも、この主題歌、アニメの主人公同様、私は諦めるつもりはありません、この世界で生きていこうと決めたわけですから。
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yoron at 10:08|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2019年01月15日

どちらにもメリット、デメリットはある。サラリーマン VS 自営業者

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(何でもそうでしょうが、物事は考え方次第、自分次第だよね)
こんな話を聞くことがありませんか?
自営業をやっている人からは、「いいよなぁ、サラリーマンは。勤め先から毎月一定の給料はもらえるし(場合によっては賞与ももらえるし)、保険関係やら福利厚生などは充実しているし。それに本当の意味での商売の苦労はしなくていいんだから」と。
サラリーマンをやっている人からは、「いいよなぁ、自営業の人は。宮仕えの苦労はないし(上下関係等組織の論理で振り回されるといったようなことなど)、商売がうまくいけばサラリーマンよりずっと稼げるしね。それに定年もないので働き続けたければいつまでも働けるしね」と。
私は自営業の経験はありませんが、親は自営業だったので、自分のサラリーマン経験もあわせるとこの両者の見方というか言い分はよくわかります。

私は現在は会社勤めの正社員ではなく会社勤めの非正社員(パートタイム)として働いていますが、正社員が非正社員に比べどれだけ恩恵を受けているか身をもって実感できています。
一般論的な言い方になりますが、まず正社員は雇用面では安定しています。
非正社員は勤め先の業績によっては辞めさせられます。
直接「辞めてくれ」と言われなくて、例えば、私が以前アルバイトで働いた居酒屋ではシフト勤務の日数が減らされ、収入の問題から結果的に自主退職せざるをえませんでした。
さらには、正社員だと給与総額からいろんな保険料などが天引きされますが、それによって自分の口座に振り込まれる手取り金額が多少少なくなったところで、それらの保険料は自分自身の生活を守ってくれるものです。
一方で、非正社員は税金以外に天引きされるものがない代わりに、自分で保険などに加入しないかぎり生活を守ってくれるものは何もありません。
そして、固定給の正社員は日々の生活費はそれほど心配しなくていいかもしれませんが、非正社員は時給制なので休むとその分が収入が減るのでなかなか休めません。
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2019年01月14日

今の仕事の延長でいくか、違う仕事でいくか、40代以上になったらよく考えたほうがいいと思う

ドトールで簿記の勉強2
(あなたの今の仕事は将来もあなたを保証してくれそうですか?)
多くの仕事人は仕事人人生において自分がどういうキャリア形成をしたいか関心を持っていると思います。
私も若い頃から興味があり、そのテーマのビジネス書はかなり読んで参考にしてきました。
で、私の場合は、40代半ばまでは勤め人としてバックオフィス(管理部門)全般の仕事ができるノウハウ・スキルを持つのを自分の強みにしようと努めてきました。
具体的にいえば、人事、総務、経理、秘書、経営企画、営業管理、広報・宣伝、品質管理といった仕事を経験しました。
しかし、40代の転職活動を通して気付いたのは、年を食えば食うほど、こういった事務系職種というのが転職しにくくなるということでした。
技術系や専門職に比べると事務系職種は、求人数に対して応募者が多く、特に中高年者にとっては就職しにくいんですよね。

採用する企業側は自社の収益に直結する仕事をしてくれる人は喉から手が出るほど欲しいけど、非収益部門でどちらかといえばコスト増の要因になるバックオフィスの仕事人は後回しでいいと考えるのです。
特に中小企業はそうです。
だから、中小企業で事務系職種の募集がある場合は、やや差別的ではありますが、採用側は経験は少なくても若くてフットワークのいい(気が利く)女性を望んでいることが多いのです。
本音としては安く雇用し徐々に戦力になってもらえればいいぐらいの考え方です。
ハローワークの求人で「簡単な事務業務、一般事務職、年齢不問」というような案件を見ると、「それなら私もできそうだ」と思い込んで応募する中高年者も多いのですが、先程言ったような採用側の本音とはミスマッチになるので当然採用されることはなく、その結果競争倍率だけが高くなってしまうのです。
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yoron at 08:52|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2019年01月13日

同じことをしても、何かをつかみ取れる人と何もつかみ取れない人がいる

ハローワーク渋谷外観
(あなたと同じことをしても、他人はあなたが気付いていない何かに気付いているかも)
あなたはハローワークという公的機関を利用したことはありますか?
一般的なイメージは、失職者が失業手当の受給申請の手続きをしたり、職探しをしたり、あるいは企業が求人を出すところといった感じでしょうか。
私が最初にこの機関を利用したのは、30歳頃に最初の会社を辞めた時でした。
その時は失業手当の受給申請が主目的で、私自身がこの場所に最初に足を踏み入れた時の印象は、仕事を失った人たちが集まるところという先入観もあって何とかく暗い、息苦しい、できれば二度と来たくないといったようなネガティブなものでした。
しかし、その後も再就職・退職が続いたので、結局何度もお世話になることになりました。
あと、企業の採用担当を何度か経験した際、求人を出す手続きでも利用しました。

50代になってからはパートタイムでいろいろな仕事に就いていますが、その際の職探しに便利なので最近はよく利用しています。
また、仕事に就いていても、この機関の出張所が自宅から近い場所にあるため、世の中の求人動向を知りたいという欲求もあって空き時間を利用してしばしば立ち寄っています。
受付で「求人検索に来ました」と告げればハローワーク登録の求人情報が閲覧できるPC端末が利用できるのです。
かつては、失業手当をもらう手続きのためとか求人情報をチェックするためとか目的が限定的でしたが、最近はそれらが主目的でありながらもハローワーク全体の様子を見ながら情報収集をするようになりました。
例えば、どういった人たちがここに来ているのかと興味を抱いて個々の人の様子や動きを観察したり、あるいは、職業相談コーナーでの係員と相談者のやりとりに密かに耳を澄ましたり。
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yoron at 09:13|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2019年01月10日

「いつまで我慢すればいいのか」と思った時は

雪に覆われた嵐渓荘1
(我慢することも大事だけれど、“いつまで”と期限があると安心できるよね)
仕事人やっていると、必ずと言ってもいいほど嫌な局面というのがあるはずです。
目の前の仕事が嫌になることもあるし、人間関係で嫌なこともあるでしょう。
そうではあっても、多くの仕事人はある程度は我慢してその局面を乗り切り仕事を継続していると思います。
我慢するには人それぞれ理由があり、また「ここは我慢しよう」と自分自身に言い聞かせているのではないでしょうか。
上司にボロクソ言われて頭にきたけど、生活かかっているので給料のために我慢しようとか、せっかく就きたい仕事に就いたので耐えて頑張ろうとか、他社に転職する自信がないので我慢しようとか、まぁいろいろと。
中には、定年規定で退職せざるをえない時までずっと我慢し続ける人だっているかもしれません。

だから、「いつまで我慢すればいいのか」という問いには人それぞれ違うというのが本当のところでしょう。
ただ、私は、我慢するというのは行き過ぎると精神面で自分によくない影響を及ぼすので(例えばうつ病になるとか)、いつかは我慢しなくてよい状態になったほうがいいと思っています。
だから、私なりの答えとしては、「自分がその仕事で得たものがあったと思った時」まで我慢すればいいという考え方です。
つまり、何も得るものがなく我慢し続けるとその期間は無駄な(マイナスの)人生を送ったことになります。
でも、嫌な、辛い仕事だったけど得られたものがあったというのが何かしらあれば、仮にその仕事を辞めるという決断・行動をしても悔いは残らないはずです。

私はこれまで何度も転職をしてきましたが、仕事を辞める際の心理には“嫌だから辞める”という感情の部分は当然ありました。
これは辞める人ならば誰にでもある感情ではないかと思います。
表向きは、「キャリアアップのため」とか、「新しいことに挑戦してみたくなったので」とか前向きな理由を言ったりもしますけどね。
それは、他人が受ける印象を悪くしたくない、自分の気持ちを鼓舞したいといったような思いがあるからです。
言い方はいろいろあるにしても、私の経験を踏まえて言えば、経験した仕事で何かを得たというのがあると後に人生にそれが生きてくるんです。
このブログの記事ネタもそれらの得たものがベースになっています。
どう考えても得るものが何もないと思ったなら、私はそんな仕事はさっさと辞めるでしょう。
だって、一度きりの自分の人生の貴重な時間を無駄にしたくないですからね。
今、あなたは我慢している局面にいますか?

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2019年01月09日

目指すものが曖昧なうちは目の前のことに集中すべし、それが経験になり力になるから

気持よさそうな猫
(あなたは今、目の前の仕事に集中せず、他のことばかりに関心がいっていませんか?)
私は現在50代ですが、若い頃(20代、30代)は思いだけが先行して行動が伴わず、またその思いゆえに目の前のこと(仕事等)に集中できないということがよくありました。
例えば、語学力を身につけ国際ビジネスでバリバリ活躍したいという思いを一旦抱くと、その時の自分の仕事ではほとんど語学力は必要ないのに英会話教材を購入して勉強したり、ビジネスマンたるもの財務諸表ぐらい理解できなきゃ恥だと思い込むと、やたらとその手のビジネス書を買い込んできて読み込んだりとか。
しかし、今自分の仕事人人生を振り返ってみると、現実の仕事で役立っているのは、そういった自己啓発のために勉強して得た知識よりも、実際に自分が担当し経験した仕事で身につけたノウハウやスキル、そしてその仕事をした際に感じた肌感覚のようなものです。

正直言って、実践で使わない知識は宝の持ち腐れで結局どんどん忘れてしまうものです。
かつてキャリアコンサルタントとして人材紹介の仕事に関わったことがありますが、当時読んだ本で面白かったのにこういうのがあります。
ある大手企業の部長職を務めた経験のある人が転職をすべく人材紹介会社のキャリアカウンセリングを受けたのだそうです。
そこでキャリアコンサルタントが質問したそうです、「あなたは何ができますか?」と。
この質問の意図は、その人が仕事上でどうのようなノウハウ・スキルを身につけそれがどれぐらいたしかなものかを確認するものだったわけですが、この元部長氏は何の臆面もなく答えたそうです。
「部長ならできます」と。
彼はこういうことが言いたかったのかもしれません。
「私を部長職に就け、部下をつけてくれたらマネジメントする自信があります」と。
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2019年01月08日

「私は言う人、やるのはあなた」では人心は離れる

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(あなたの発言、どこか他人事になっていませんか?)
会社などの組織はタテ社会だから上下関係があり、どうしても上の立場の人のほうが強く下の立場の人は上の人の言うことを聞かざるをえません。
時には理不尽なことにも耐えて受け入れざるをえないかもしれません。
組織内だけでなく、取引関係においても強者の言うことに従わざるをえない局面が多々あります。
それはある意味しかたがないことではあります。
なぜならば、上の立場の人や強者が下の立場の人や取引先を評価しそれが金銭的な利益につながるからです。
ただ、下の立場の人や取引において弱者側にいる会社も感情面があるので、表面上は従っても腹の中(本音)では反発していることがあります。

それは自分自身の心というのを考えてみるとよくわかると思います。
上司が偉そうな態度で「お前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだよ」みたいなことを言ってきたら内心では「この野郎!」と反発するでしょ?
かつて勤めた会社で、当時直属の上司だった取締役から仕事帰りに飲みに誘われ一緒に飲んだことがあるのですが、その時珍しく愚痴を聞かされたことがありました。
何でも、その日社長と個人的な打合せがあったようなのですが、社長がこの取締役の発言を気に入らなかったらしく、「お前の代わりなんていくらでもいるんだからな」といった趣旨のことを言われたというのです。
まぁね、組織の最高権力者であるトップからこんなことを言われたら黙るしかないわけで、この取締役の心中も察することができるというものです。
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yoron at 08:37|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2019年01月07日

大切にしたほうがいいのは、仕事のリズムではなく自分のリズム

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(あなたの今の日常生活は、仕事のリズムで回っていますか、それとも自分のリズムで回っていますか?)
私はどちらかといえば仕事が好きなほうなので仕事人間かもしれませんが、若い頃と現在を比べて違うのは、仕事のリズムよりも自分のリズムを大切にしているという点だと思います。
どういうことかと言えば、若い頃はガムシャラに仕事をしていましたが、その時は仕事のリズムに自分の生活を合わせるというスタイルでした。
当時から満員電車は嫌だったので極力早起きして早朝出勤を心掛けていましたが、それでもある程度の満員電車は避けられず、また、仕事が終わった後は情報収集や職場の同僚たちとのコミュニケーションの深化をはかる目的でよく一緒に飲みに行ったりしていました。
つまり、起きて早々の時間から仕事を終えて自宅に帰り着く間の時間はほとんど仕事のリズムになっていたのです。

これに対して現在はどういうリズムになっているのか。
以前にもまして満員電車は嫌いなので、満員電車には乗らないという考えに至りました。
そしてそれを実現するためには、仕事場は自宅か自宅から歩いていける場所がいいということになり、その結果、それが可能な仕事に就くことにしました。
ただし、その仕事に就いた結果、収入面は激減し雇用面も不安定になりました。
それでも満員電車に乗る苦痛に比べたら精神面で得たものははかりしれないものがあります。
また、飲みニケーションは長年続けた経験でいうとほとんど生産性がないということがわかったのでやめることとし、加えて飲酒は健康に悪いので極力飲まない食生活を心掛けるようになりました。
ここにあるのは、自分の人生を快適に過ごすにはどういうリズムにするのがベスト、ベターなのかという考え方です。

収入面はきついので日々の生活費のやりくりには苦労していますが、幸いにというべきか、私は独身一人暮らしなので自分の身だけ心配すればいいということもあり、収支面はギリギリであっても何とか生きていければいいだけのものさえ得られればいいと思っています。
昨今は老後の蓄えはこれだけ必要だみたいな話題も多いので気にしないわけではありませんが、今さらジタバタしたところでどうにもならないのでそこは割り切っています。
結局、“足るを知る”という心境になれば、仕事に振り回されるのではなく、自分らしい、自分を大切にする生き方をしたいという思いが強くなります。
歌手・加山雄三さんのヒット曲『君といつまでも』という歌の歌詞の中に、「幸せだなぁ、僕は君といる時が一番幸せなんだ」というセリフがありますが、それを私の現在の心境にしてみると、「幸せだなぁ、僕は自分のリズムで生きられている今が一番幸せなんだ」という感じでしょうかね。

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2019年01月06日

“仕事人の自分=商品”、時代・環境に合わせて変わらなければ売れなくなる

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(あなたも私も商品なんです)
私は、“仕事人=商品”だと考えています。
つまり、やった仕事は対価になり、そして対価の額は変動するのです。
そう考えると、仕事人である自分を売るためには諸々の準備や工夫が必要であり、また売れたら売れたで事後対応(メンテナンス)が必要であり、そして売り続けるためにはさらなる準備や工夫が必要になります。
商品にはライフサイクルがあり、この世に誕生したら成長期、安定期を経て衰退期に入り、何も手を打たなければ最後は消滅してしまいます。
会社勤めの仕事人人生を同様に考えてみるとわかりやすいと思います。
20代である会社に入社し、上司や先輩に教育指導を受けながら成長し、一人立ちしてからはバリバリ働いて会社の成長に貢献しますが、いつしか年を取り考え方が硬直化してきて変化についていけず、50代になったら定年を待つ身となり、周囲からも期待されず定年がきたら会社を去るのみ、と。

会社を去った後は仕事人人生をやめ、余生は趣味や楽しみにすべての時間を使って悠々自適に暮らすんだという人はそれでいいでしょう。
しかし、現実的にはそれができる人は圧倒的に少ないのではないでしょうか。
昨今、国は仕事人人生がもっと長くなるような施策まで検討しているようです。
一昔前なら、60歳ぐらいで定年退職したらあとは子供に面倒を見てもらいながらのんびりと隠居生活みたいな人生を送る人もいたかもしれませんが、今は時代も変わり自分のことは終生自分で面倒を見ないといけない環境になってきたような気がします。
そうなると、一生における仕事のウェイトは以前よりも大きくなります。
これからは、ある会社を一旦定年で退職しても他の会社に再就職して働き続ける人も増えていくでしょう。
自営というスタイルで仕事をする人もいるかもしれません。
若い頃から自営の人は体力が続く限り仕事を続ける人も多いでしょう。
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2019年01月05日

時々、仕事が変わる(を変える)のはとても大事。なぜなら、物事の見方が変わるから

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(あなたが今やっている仕事、どれぐらいの期間やっていますか?)
ずっと同じ仕事をし続けていると、知らず知らずのうちに物事の見方が偏ってしまうのはよくありがちです。
そして、決していいことではありませんが、自分の置かれている立場とか自分の役割を客観的に評価することができずに、どこかで過大評価したり自己正当化したりするようなこともあります。
例えば、ある会社の人事部門や経理部門で長く働いていると、自分(自分の部署)が組織の中枢で会社全体を動かしていると思い込んだり、あるいは営業部門で長く働いていると、営業こそが会社を支えていると思い込んでいたり、技術開発部門で長く働いていると、技術開発ができないと会社の発展はありえないと思い込んだり、そういうことってあるんですよね。
また、世の中には、そう思い込ませてしまうような本を書く人が現れたり、ネットで主張する人もいたりして、それが思い込みを加速させてしまいます。

新卒で入社した大企業で総務部門の一部署である広報セクションに配属された経験があります。
まっさらの状態で初めての職務に就いたので、物事はいつものその視点からしか見れませんでした。
そのセクションには6年間在籍しましたが、在籍が長くなるにつれ、自分の部署の役割を過大評価するようになり、自分の部署の役割は企業活動でとても重要なのでもっと機能強化をし、人員をもっと増やすべきだなどと社内で主張するまでになっていました。
しかし、よく考えてみるとわかることですが、大企業といえども直接収益を生まないバックオフィス(間接部門)の機能や人員を直接収益部門よりも強化・増員するのは本末転倒です。
一段高い視点から見ればそういう当たり前のことはわかるはずなのですが、当時の私は同じ仕事を長く続けていて他の仕事を知らなかったのでそういう見方ができなかったのです。

どんな仕事に就いていてもいえることですが、偏った思考とそれに基づく行動は何かと弊害を生みやすいものです。
人材が大事だと叫ばれている時代なので人事の仕事こそがもっとも大事だ、だから人事の仕事に就いたら誇らしげに仕事をしてもよい、などと考えている人がいたとしたらそれは思い上がりも甚だしいといわざるをえません。
自分の仕事を誇りに思うのは大事なことではありますが、人材が大事なのであれば、むしろそういった人材がそれぞれの仕事で活躍できるように裏に回って(時には気付かれないぐらいの気遣いをしながら)汗をかきながらしっかり支えてあげるのが本来の役割です。
どんな組織にも裏方で苦労している人たちがいますが、そういった人たちをしっかり評価してあげるのは上の人や経営者の役割です。
私はこれまで何回も転職し、いろんな業界、仕事を経験してきましたが、こういう経験は物事をいろんな視点から見る上で大きく役立っています。
もし、あなたが長い間同じ仕事を続けてきたなら、それはそれでりっぱなことではありますが、思考が偏らないようにするためにも時には仕事を変えてみることをお勧めします。

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2019年01月04日

自分自身のことがしっかりできていないうちは、他人のことはほっておけ

池の鯉
(他人のことに関心を払えるのは余裕がある証です)
ここ数年の我が身を振り返ってみると、特に仕事面ではなかなか自分の思い通りにいかないことも多く、悪戦苦闘の連続といったところです。
それは現状においても変わらず、今年もそんな1年になるかなと思っています。
そんな状況だから私は自分自身のことでいっぱいいっぱいで他人のことを考える(心配する)余裕は一切ありません。
そういう状況に我が身を追い込んだのはもちろん自分自身の意思であり、そして自己責任です。
ただ、現在の我が身を嘆いているのかといえばまったくそんなことはなく、逆にむしろ充実感があります。
ただ、現状においては自分自身がしっかりできていないので、申し訳ないけど他人のことにはかまっていられないよということです。

こういう言い方をすると一見冷たく聞こえるかもしれませんが、これってどんな人でもあてはまるというか、同じ状況に置かれたたら誰でも同じことを思い、同じことをするような気がします。
例えば、仕事での稼ぎが少なく日々の生活費のやりくりで精一杯だったとしましょう。
そんな時に、友人知人にお金を使う遊びに誘われても何かと理由をつけて断るでしょうし、世のため人のためと寄付金をお願いされても(他人と同じように寄付したい気持ちはあっても)なかなか難しいでしょう。
しかし、そこそこ稼ぎがあってお金に余裕がある時は、付き合いは大事とばかりにいろんな人の誘いに気軽に応じるでしょうし、寄付金の依頼なども趣旨に賛同できれば気前よく応じることもあるでしょう。
人ってそんなもんです。
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2019年01月02日

仕事とプライベートで人間関係を完全に分けると気が楽だ

『駿』(新橋)オフ会4
(あなたは仕事関係の人とプライベートで付き合うことはありますか?)
私が飲食業界で仕事をし出して5年ほどになりますが、この間いろんなお店や会社で働いてきました。
飲食業界に移る前の業界で働いていた時と大きく違うのは人間関係面です。
以前の仕事でつながった人とはSNS等で現在もつながっていてやりとりしている人がいますが、飲食業界の仕事でつながった人とはプライベートでは関りを持っていません。
現在勤務しているお店の人とはそれこそ仕事時間だけでのつながりだけでプライベートで付き合うなんてことは一切ありません。
要するに、現在は仕事とプライベートで人間関係を完全に分けているのです。

新卒で入社した日系の大企業は歴史のある伝統企業でしたが、当時は仕事上の人間関係がプライベートでも続いていることがありました。
職場の同僚たちとプライベートで一緒に遊ぶことも多かったし、休日に上司宅を訪問するなんてこともありました。
最近の若者たちはそういった仕事とプライベートの人間関係を一緒にするのを嫌う人も多いようですが、私の世代や私より上の世代の人たちは公私混同のような人間関係が当たり前だったような気がします。
古き良き慣習だったのか、古き悪しき慣習だったのか、よくわかりませんが。

日系企業に比べて、外資系企業で働く人は人間関係を仕事とプライベートで分けるというのは昔から聞いていました。
人間関係が日系企業はウェットなのに対し外資系企業はドライというわけです。
でも、飲食業界で働いてみてわかったのですが、会社(仕事)によっては日本企業だって外資系企業のように職場の人間関係がドライなところはたくさんありますね。
最初の会社こそ仕事関係の人とべたべたな人間関係を作りましたが、転職しているうちにそういう人間関係が煩わしくなり、今では人間関係は仕事とプライベートで完全に切り分けています。
で、つくづく感じていることですが、仕事とプライベートで人間関係を完全に分けると気が楽ですね。
あなたは、職場の同僚、仕事つながりの人とはどういうスタンス、距離感で付き合っていますか?

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2019年01月01日

今年は、“さらにシンプルに”が目標。死に向かう道を少しでも幸せに。

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(新年になりましたが、今どんなことを思っていますか?)
『2019年1月1日(元旦)』。
明けましておめでとうございます
いろんな人がいろんな思いを胸に過ごす一日だと思いますが、私は今年の自分自身の目標(生き方)について語ってみます。
私の今年の目標は、一言でいえば、“さらにシンプルに”です。
昨年は、特に私生活においては終活を意識したことをやってきました。
具体的には、部屋にある所有物をどんどん捨てるということをしました。
私は独身一人暮らしで、実家のある郷里からは遠く離れた地に住み、身近にいる近親者といえば私同様独身一人暮らしの弟のみです。
私が部屋で突然死するような状況を想定し、その際身の回りの物は少ないほうが後処理をする人は楽だろうなと思っているのです。
私の死は誰かしらには迷惑はかけてしまうわけだけど、その迷惑もできることなら極力減らしておきたいなと。
私流のそのやり方が生きている間に所有物を減らすということでした。

ある知人が私の現在の部屋の風景写真を見て刑務所みたいだねと冗談半分で言っていましたが、それはある意味何もないという点において私の理想とする究極の姿かもしれません。
私が身内の人間の死に直面したのは、最初は100歳近くで他界した祖母、次いで50代で他界した兄、直近では91歳で他界した父。
こうやってみると、100歳を超えて生きるのは難しいんだなと単純に思います。
そうすると、現在54歳の私は人生の折り返し地点を回って後は死への道を進んでいくことになります。
それは、人生のゴール=死ということです。
これから行く道は、体力・気力・記憶力等いろんな力が衰えながら進まなければならないのでけっこう大変なような気がしています。
実際、60代、70代、80代の人生の先輩たちの言葉からはそのことが汲み取れます。

仕事人人生においては、生涯現役を理想に掲げていますが、ただ、若い頃のような働き方はもうできないので年齢とともに働き方を変えてきています。
新年の始めには飛躍を誓う人もいるでしょうが、率直に言って、年とったら、特に50代以降になったら飛躍というより地道に少しステップアップするぐらいの気持ちのほうがいいかもしれません。
以前居酒屋で働いた時、周囲の同僚スタッフがほとんど20代ばかりだったのですが、フットワークも頭の回転も彼ら彼女らにはまったくついていけないことを思い知らされました。
その時つくづく思ったのです、飛躍という言葉は若い人のためにある言葉なんだと。
そんなわけで、今後は年相応の生き方をしていきたいと思っています。
あなたは、生き方、仕事、私生活、、今年はどんなことを目標にしたいと思っていますか?

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yoron at 14:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 人間バンザイ! 

2018年12月31日

経済は生き物、だから毎日動いている。身近な光景にもっと関心を持て

新宿1
(将来を知りたければ、身近なことにもっと関心を払うべし)
20代、30代の頃は理想高き人間だったせいか、大きなことばかりに目がいきがちでした。
ビジネス書を読みまくり、世界経済や日本経済の動向に関心を持ち、産業論や経営戦略論などが大好きで、その手の話題でよく誰かと語らったりしていました。
今日は大晦日ですが、年末になると必ず次年度の予測本を数冊買い込んできて年末年始の休暇中に読み耽っていました。
そして、それらを読了後、「そうか、来年(将来)はこんなトレンドになるのか。では、私はこんなことを心掛け、こんなことを準備しよう」などと思ったものです。

しかし、50代の今、過去を振り返って思うのは、他人が書いた予測本など読んで世の中の動向を予測することに何の意味もなかったなぁと。
現実的にはハズれていたことも多かったし、それに何より本で得た知識は自分自身の仕事にほとんど役に立ちませんでした。
例えば、株や為替の予測がどうあれ、実際にそれがどうなったかであれ、目の前の仕事にはまったく関係なかったし、自分の待遇に影響することもありませんでした。
私が株などで資産運用していたり、企業経営でもやっていれば影響があったかもしれませんが、たかだかどこかの会社の一勤め人にすぎなかったので何も影響はなかったのです。
今にして思えば、自分に直接関係しない大きなことに関心を持つ時間があったら、もっと目の前の自分の仕事に集中したほうが得るものは多かったかなと。
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yoron at 08:35|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2018年12月30日

他人がやっていることの苦労や面白さを知りたかったら同じことをやってみよ

かまくら体験
(あなたも同じことやってみれば気付くはず)
自分だけの一方的な見方や言動を改め、他人がやっていることの苦労や面白さを知ってみたいと思ったなら、一番いい方法は自分も同じことをやってみることです。
例えば、男性は外で仕事をし収入を得て家計を支える、女性は専業で家事をこなして家庭を支えるといった明確な役割分担がある夫婦関係の場合(昨今は昔ながらのこういう夫婦関係は少ないかもしれませんが)、それぞれが「私はこんなに苦労しているのに相手は私のこと(やっていること含め)を少しも理解してくれない」と思いがちですが、実現可能性は一旦脇に置いておいて、お互いの役割を交替してみると相手の苦労がやっとわかるようになるはずです。
これは仕事にもそのままあてはまります。

私はずっと独身一人暮らしなので、自分のこと(身の回りのこと)は全部自分でやります。
最近は、家庭の台所をあずかる主婦のごとく、家計を気にしつつ(家計簿をつけ)、日々の食事の献立を考えながらスーパーへ行っては買い物をし、掃除洗濯をこなし、その他諸々の家事をやっています。
そして、これも主婦がよくやっていることですが、パートタイムの仕事をしていくばくかの収入を得、家計の足しにしています。
というか、私の場合はパートタイムの収入が家庭の全収入になっています。

こういう暮らし方をしていると、外で仕事して稼ぐことの苦労や仕事することの面白さもわかるし、家事のそれもわかります。
ただ、結婚して子供のいる家庭の人からよく言われるのが、「お前は独身だから既婚者の気持ちや苦労がわからないんだ」とか「家族の良さや家族のいる家庭の楽しさがわからないんだ」ということですが、たしかにそうだと思います。
こればっかりはどうしようもありませんが、理屈で言えば、これも冒頭で言ったのと同じことです。
私はこれまで多くの会社に勤め、いろんな仕事をいろんな立場で経験してきましたが、この私の仕事スタイルは、できるだけ多くの仕事人の思いを知るために自分自身が多くの経験を積んでおこうというのが根底にあります。
もし、あなたが今、相手の思いや言動を理解できず悩んでいるのなら、同じ(ような)ことをやってみてはいかがでしょうか?

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yoron at 09:45|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2018年12月28日

(そのビジネスを)よく知らないのに安易に手を出したら失敗するだけ、肝に銘じておこう

iphoneとビジネスバッグ
(ちょっと待って、その行動は考えが安易すぎませんか?)
かつて勤めた会社は業界の強豪会社で、業界は上位数社が市場のほとんどを占めている寡占状況にありました。
そんな業界に、将来有望な市場だと考えたのか他業界の大手企業が参入を試みたことがありました。
その会社は巨大企業で資本力、人員等においては私が身を置いていた業界のいずれの会社よりも圧倒的でした。
しかし、その会社は数年の挑戦で断念して市場参入を諦めたと聞きました。
なぜか?
理由は、既に業界の先行者によって市場は抑えられていて参入が難しく、またノウハウの蓄積がなかったのでたんなる技術力や人員投入ではどうにもならなかったからです。

このことが何を意味しているかと言うと、(そのビジネスを)よく知らないのに安易に手を出したら失敗するだけということです。
これはビジネスに携わっている人なら肝に銘じておくべきことです。
私は現在飲食業界で雇われ人して働いています。
50代にしてまったくの素人から始めた仕事です。
こんな私なのに、飲食業界の実情をよく知らない、飲食ビジネスの経験のない人たちから、自分のお店を持つことをよく勧められます。
そういう人たちの頭には、「お店を持つのは簡単にできるはず」、「自分で経営したほうが自由にでき儲かるはず」、「流行のお店を出せばうまくいくのでは」みたいな安易な考えがあるような気がしてなりません。
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yoron at 06:51|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び 

2018年12月26日

“幸せ”の道は人それぞれ、他人の視線を気にしたら“不幸せ”の道を行くしかない

農道一本道
(あなたは今、“幸せ”ですか?、あなたは今、自分で選んだ道を歩んでいますか?)
私は40代半ばあたりから「会社組織の中で正社員として活躍し出世する仕事人人生は向いていない」と思うようになりました。
それは出世競争に負けたからとかいうのではなく、仮に出世できたとしてもそのことによりさらなるプレッシャーを受け、毎日ストレスを貯める人生が想像できたのでそれに嫌気が差したのです。
幸い、私は独身で自分の身だけを心配すればよかったので、50歳を目前にしたところで思い切って仕事人人生の方向転換をしました。
経験のない新しい仕事への挑戦は厳しく、辛いことも多いのですが、なぜだか気持ちの面は晴れ晴れとしていて何となく“幸せ”な気がしています。

非正規社員としての働き方は収入が少なく生活は日々もがいている感じではありますが、かといって悲壮感はありません。
もし、私が方向転換によって今の働き方を選んだのではなく、若い時からの延長が今の状態だったのであれば人生に絶望し悲壮感を漂わせていたかもしれません。
しかし、今の私は自分が幸せになる道を見つけ出しその道を歩んでいるところなのでそういうのがないのです。
なぜ大きく方向転換できたのかといえば、それは自分の幸せを考える上で他人の視線を気にしなくなったというのが一番大きいと思います。
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yoron at 09:25|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 仕事人の叫び